153 本は凄いのです
そしてローラは、学長室の扉をノックする。
なんと驚くべきことに、中から「はーい、どうぞ~~」と大賢者の声が返ってきた。
何かの罠かと思いつつ、「失礼します」とドアノブを回す。
すると、本当に大賢者がそこにいて、椅子に座ってイチゴパフェを食べているではないか!
「が、学長先生が昼寝もしないで起きてる!?」
「事件ですわ!」
「体の具合でも悪いの……?」
「ぴー!」
全員で飛び上がるほど驚いた。
目をゴシゴシ擦って、見間違いじゃないかと確かめたほどだ。
「酷いわね。私だってお昼寝しない日だってあるのよ」
「なんと……それは知りませんでした」
「流石は大賢者……一本取られましたわ……」
「いや、待って。本体はどこかで寝てて、これは魔法で作った幻覚かもしれない」
「本物よ。イチゴパフェを幻覚に食べさせるなんてもったいない。そもそも何の目的であなたたちを騙さなきゃいけないのよ」
「いやぁ、学長先生なら、面白がってやるかなぁと」
「あのね、私はちゃんとした大人なのよ。そんな子供じみたことはしないの」
大賢者は少し立腹した様子でイチゴパフェを食べ続ける。
あまりちゃんとした大人には見えなかった。
もっとも、わざわざイチゴパフェを食べる幻覚を用意する理由もなさそうなので、本当に大賢者が起きてそこにいるのだろう。
「それで皆、何の用かしら?」
「ズバリ! 浮遊宝物庫のことを聞きに来たんです!」
「浮遊宝物庫? 随分と懐かしいわねぇ。私も何度か行ったことがあるわぁ。最後は五十年くらい前だったかしら?」
「おお、やっぱり行ったことがあるんですね。この本に学長先生と思わしき人物が登場していましたよ!」
ローラは図書室から持ってきた『戦闘メイドは見た! ご主人様のお供で浮遊宝物庫に向かった私は、超古代の秘密を知る!? お宝を巡る冒険者同士の血肉の争い!』をズバーンと突き出して見せた。
「あら、有名なシリーズじゃないの。そう言えば、メイド服を着た冒険者にサンドイッチをご馳走になったことがあった気がするわ」
「まさにそのエピソードです!」
「へえ、あの子が戦闘メイドの著者になったのね。見せて見せて」
「どうぞー」
ローラは大賢者に本を渡す。
と、そのとき、図書委員長に『貸し出しカード』を提出せずに持ってきてしまったことを思い出した。
まあ、明日にでもこっそり返しておけば、バレないはずだ。
「へえ、ふぅん、懐かしいわ……あのサンドイッチでお腹いっぱいになったから、あのあと日当たりのいい場所にいってお昼寝したのよねぇ。懐かしいわ」
「なんだ。やっぱり学長先生は隙あらば寝ちゃうんですね」
お昼寝と聞いて、とても安心したローラであった。
「それで学長先生。そんなに何度も行ったことがあるなら、今から簡単にひょいっと行く方法とか知らないの?」
アンナが質問した。
「今から? それは無理よ。だっていつどこに出現するか分からないんだもの。ああ、でも。次元倉庫の魔法は、浮遊宝物庫を見て思いついたのよー」
「やっぱりそうだったんですね。似てるなぁと思ってたんですよ」
「でも、私たちの次元倉庫の空間に、浮遊宝物庫は入ってないから……きっと、また別の世界にいるんでしょうね。古代文明はまだまだ未知で一杯だわ」
「はえ~~……学長先生がそう言うんだから、本当にそうなんですねぇ」
ローラは感心して呟く。
三百年近くも生き、そして最強の魔法使いとして君臨している大賢者でも分からないことだらけ。
ならば普通の人間が古代文明の謎に迫るなど、不可能に思える。
しかし――。
「私がいくら長生きしたって、しょせんは一人の人間だもの。でも、百年生きる人が十人いたら、千年分。百人いたら一万年分よ。私なんかよりもずっと凄いわ」
大賢者はイチゴパフェを食べながら、不思議なことを言い始めた。
それはローラにとって、新しい考え方だった。
「百年生きる人が十人で千年……えー、でもですよ。その十人が情報交換しているとは限らないじゃないですか。百人になったらもっと大変ですよ。バラバラに行動したら、一万年分にはならないと思います。そもそも死んじゃったら記憶が消えちゃいます。学長先生みたいにずっと生きてるなら話は別ですけど……」
「あら。死んだら確かに記憶は消えるかもしれないけど、記録は残せるわ。例えば、ほら。こういうのとか」
と言って大賢者は、本をかざしてみせる。
さっきローラが渡した、戦闘メイドの本だ。
それを見たローラはハッとする。
「この本の作者がまだ生きてるのかどうかは知らないけど、本を開けば、戦闘メイドさんが何を見て何を感じたのかを知ることができるわ。十人や百人どころじゃなく、何千人も何万人もの人と知識を共有できるのよ。たとえ本にならなくても、言葉で語り継いでも知識は残る。そして自分が死んでずっと経ってから、誰かが本にまとめて、世の中に発信してくれることもあるでしょう」
「ふふ……では、わたくしやローラさん、アンナさんのことも、いつかは本になるということですわね!」
シャーロットは目を輝かせて声を出した。
「そうねぇ。あなたたちなら、本になるくらいの冒険者になっちゃうでしょうね」
それを聞き、ローラは思いをはせる。
自分たちが、名物生徒としてそこそこ有名なのは知っていた。
だが、自分たちが死んだあとも、その記録が残り、誰かに読まれ続けるなんて、想像もしていなかった。