表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/270

131 こんなときでもオムレツです

 もう遅い時間なので、学食の営業は終わっていた。

 しかし、こちらには学食のスタッフであるミサキがいるのだ。

 勝手に調理場にお邪魔して、四人分のオムレツを作ってもらう。


「ミサキさん、前は皿洗いばかりやっていたのに、最近は料理もするんですね」


「一生懸命、仕事を覚えているであります。一流の学食のおばちゃんを目指すであります」


 ミサキは胸を張る。


「……おばちゃんになるには三十年くらいかかりそうですね」


「そ、そんなことはないであります! 頑張れば、もっと早くなれるはずであります!」


 学食のおばちゃんと呼ばれるには、もっと老ける必要があると思うのだが、ミサキは老けたいのだろうか?

 学食のミサキちゃんと呼ばれるほうが、可愛らしいのに。


「じゃあ、立派なおばちゃんになるために、オムレツにはチーズをたっぷり入れてください。今日はチーズオムレツを食べたい気分です!」


「了解であります。これでまた一歩、学食のおばちゃんに近づいたであります!」


 そして、できあがったオムレツを、それぞれがお盆に入れてテーブルまで運ぶ。

 オムレツにナイフを突き刺した瞬間、溶けたチーズがトロリとあふれてくる。

 口に入れるとチーズと卵のオーケストラ。


「美味しい……こんな美味しいオムレツを食べるの初めて……!」


 ニーナはパクパクと凄い勢いで食べていく。

 流石、昨日のお昼から何も食べていない人だ。


「褒められると照れくさいでありますよぉ」


 自分の作ったオムレツが好評なことにミサキは顔を赤くし、耳をピコピコさせる。


「それにしてもニーナさん。吸血鬼は人の血を飲むのでしょう? その他にも、普通の食べ物が必要なのですか?」


 シャーロットが尋ねる。


「人の血だけでも大丈夫だけど……血はあまり飲みたくないから、普通の食べ物で補ってるの。でも私、お金ないから……」


「それは大変ですわね……王都に来るまではどんな生活を?」


「い、言わなきゃ駄目……?」


 ニーナは小さな声で呟き、目を泳がせる。


「吸血鬼の生活というものに興味が尽きませんわ!」


「私も気になる」


 アンナまでが話をせがむ。

 するとニーナは観念し、とつとつと語り出す。


「……お金が落ちてないか探し回ったり。どうしてもお金が見つからないときは、その辺の畑からダイコンを引っこ抜いて食べたり。血が飲みたくてどうしても我慢できなくなったときは、路上で寝ている人の指先を針でチクッと刺して、ちょっとだけもらったり……あ、直接噛みつかずに飲むと、相手を吸血鬼にしないで済むのよ」


 なるほど。そういう裏技があるのか。

 しかし、それにしても。


「ほ、ほとんど犯罪でありますな……」


「ニーナ、出頭しよう」


「悔い改めるのですわ……」


「し、仕方ないでしょ! お金ないんだもん! それに、やっぱり、たまには血を飲まないと動けなくなるし……」


 ニーナはプルプル震えながら反論する。


「お金がないなら働きましょうよ。ニーナさん、私よりも小さくても、実際は十八歳なんでしょう? 駄目ですよ、それじゃニーナじゃなくてニートさんです」


「こんな姿の私を雇ってくれるところなんてないでしょ。それに両親を探して旅をしなきゃいけないし」


「そんなときこそ冒険者ギルドですよ! 自由業の王様! いつでもどこでも、自分のやりたいペースでクエストを受ければいいのです!」


「一応、ギルドに登録してるけど。でも私、夜しか戦えないから……夜にモンスターを狩って朝一番にギルドに持って行くってのを繰り返してたら、吸血鬼じゃないかって疑われたのよね……あんまり多用はできないわ」


「むむ……確かに制約が多いですね」


 ローラたちは冒険者学園の制服を着ているから、モンスターを倒せても、それほど不思議には思われない。

 しかしニーナのように、普通の子供が一人でモンスターを倒していたら、かなり珍しい。


 それも夜限定で戦う少女。

 怪しすぎる。


 おまけに、本当に吸血鬼なので、調べられたらアウトだ。


「もしかして、吸血鬼の都市伝説の一部は、ニーナさん……?」


「そうかも」


「凄い! 握手してください!」


「い、いいけど……」


 ローラはニーナの手を取り、ぶんぶんと上下に振る。

 するとテーブルの上で座っていたハクが、ぶんぶん動く二人の拳の上に、ぴょんと飛び乗ってきた。そしてトランポリンのようにぶんぶんぴょんぴょん跳ね回る。


「ぴー」


 ローラの腕が疲れてきた頃、ようやくハクは満足したらしく、またテーブルの上に戻った。


「握手するだけでこんなに疲れるとは思わなかったわ」


「あはは……それにしても学長先生、遅いですねぇ」


「学長室で待っているのではありませんか?」


「いえ、学長先生なら推理力を発揮し、暇を持て余した私が皆をオムレツに誘ったと察するはずです」


「確かに、それは私でも推理できる」


「お腹が減ったからオムレツではなく、暇だからオムレツというのも凄い話でありますな」


「オ、オムレツを食べることほど有意義な時間はないから、いいんですよ!」


 ローラは苦し紛れに弁解する。


「駄目ですわローラさん。そんなに食べてばかりいたら……体が大きくなってしまいますわ!」


「それの何が駄目なんですか!?」


 育ち盛りのローラは、いつだって栄養を欲している。

 早く大きくなって、大人っぽいファッションとかしてみたいのだ。


 なのにシャーロットは、ローラの抱き心地のことしか考えていない。

 酷い人だ。ぷんすか。


「あなたたちって、いつもそんなコントみたいな会話してるの?」


 ニーナが呆れたように言った。

 しかし会話がコントのようになってしまうのは、シャーロットのせいであり、ローラの言動はまともなはずだ。

 多分。


「さて。オムレツを食べ終わってしまいました……次は何をしましょう?」


「それは無論、皿を洗うでありますよ」


「なるほど。皿を洗ったら、何をしましょう?」


「学長室に戻って、学長先生が帰ってきていないか確かめるべき」


「ふむふむ。正論ですね、アンナさん。しかし学長先生がまだ帰ってきてなかったらどうしましょう?」


「こういうときは……皆でお風呂に入るのがよろしいですわ!」


「シャーロットさん、それです! 皆で洗いっこです! なんなら学長先生も誘いましょう」


 今後の方針が固まった。

 それぞれ、自分で使った皿を綺麗に洗い、勝手に学食を使用した痕跡を隠滅する。

 そして学長室に向かうが、大賢者はまだ帰ってきてなかった。


「……随分と苦戦してるんですね」


「吸血鬼ってそんなに強いんですの?」


 シャーロットが質問してくる。彼女とアンナは大賢者の魔法で飛ばされていたから、吸血鬼の墓地での暴れっぷりを見ていないのだ。


「まあ、再生力と回避が凄いので、強いと言えば強いんですけど……杭という攻撃手段を得た学長先生が苦戦するのは、ちょっと不自然ですね」


「ねえ。次元倉庫ってどんな場所なの?」


 ニーナが尋ねてきた。

 そう言えば、この中でニーナだけが、次元倉庫に入ったことがなかった。


「真っ暗で、もの凄く広い空間です。どのくらい広いのかは、私もよく分からないです」


「ふぅん……じゃあ、逃げに徹したら、大賢者が相手でも時間を稼げるかもね」


「そうでしょうか? やる気を出した学長先生の強さは、そういうレベルじゃないと思うんですけど……」


 とはいえ、それはローラのイメージに過ぎない。

 現にこうして大賢者はまだ次元倉庫にこもったままだ。

 ニーナの言うように、追いかけっこを続けているのかもしれない。


 なんて話をしていたら、大賢者が帰ってきた。


「おかえりなさい学長先生!」


「早くローラさんとエミリア先生に、吸血鬼の灰を飲ませるのですわ!」


 苦戦しようが時間がかかろうが、目的を達成したなら問題ない。

 これで王都の吸血鬼騒ぎは解決。

 ローラとエミリアも助かり、ニーナの旅も終着。

 そのはずなのに、どうしてか、大賢者の表情は曇っていた。


「どうしたんですか学長先生?」


 ローラの質問に答える代わりに、大賢者はニーナを見つめ、申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんなさい、ニーナちゃん。約束を果たすのは、もうちょっと待ってちょうだい」


「え、えっと……どういうこと?」


 大賢者に謝られたニーナは、戸惑った声を上げる。

 ローラたちも首をかしげてしまう。

 まさか大賢者は吸血鬼に負けたのだろうか。いや、それにしては戦闘をした形跡すらない。

 一体どうしたのかと全員が大賢者を見つめていると、彼女はぽつりと呟く。


「……いないのよ」


 それは大賢者にしては珍しく、自信のない声色だった。

 ただならぬ雰囲気を感じ、ローラたちは慌てふためく。


「い、いないってどういうことですか!?」


「だから、次元倉庫のどこを探しても、あの吸血鬼が見つからないの。ローラちゃん、ゲートを開いたりしてないわよね?」


「開いてませんよ! もしかして、私と学長先生以外にも、次元倉庫を使える人が……?」


「どうかしら……でも、他に考えられないし……」


「と、とにかく、私も次元倉庫を見てきます!」


 ローラはハクをミサキに預け、次元倉庫に行き、暗闇の空間を飛び回った。

 吸血鬼が放っていたあの禍々しい魔力を探しながら、「吸血鬼やーい」と呼びかける。

 だが、吸血鬼は見つからない。


 そもそも、次元倉庫に収納した物を取り出す際、こうしていちいち探し回ったりしない。

 なんとなく、どこに何があるのか瞬時に把握し、元の世界に召喚するのだ。

 だから、このように見つからないという時点で異常事態。


「大変です! 本当にいませんでした……どうしましょう!」


 学長室に戻ったローラは、大賢者にすがりつく。


 さっきまでは、すっかり解決した気分になっていた。

 だから呑気にオムレツを食べる余裕があった。


 しかし、このままでは、ローラもエミリアも吸血鬼になってしまう。

 自我を保っていられるなら、まだいい。

 ニーナのように生きていくこともできる。

 だが、自我を失ってしまったら……人を襲う醜い怪物と化す。


「落ち着いてローラちゃん。とにかく、原因は分からないけど、吸血鬼は次元倉庫の中にいない。つまり、こっち側の世界にいるってこと。私とローラちゃんとニーナちゃんの三人で探しましょう。あとの皆は学園で待機」


「なぜですの!? ローラさんとエミリア先生のピンチなのですわ。わたくしたちも吸血鬼を探しますわ!」


「気持ちは分かるけど、あなたたちが吸血鬼を見つけても、何もできないでしょ? はっきり言ってしまえば足手まといだから」


 大賢者はいつになく真剣な口調でシャーロットを突き放した。

 それを聞いたシャーロットは、唇を噛みしめ、泣きそうな顔になる。

 しかし、事実だった。


 ローラは既に噛まれているから、もう一度噛まれても問題ない。ニーナはなおさらだ。

 そして大賢者なら、何時間も全身を防御結界で包み続け、吸血鬼の牙から皮膚を守るということも可能だろう。ローラだってしんどいが、やろうと思えばできなくもない。


 だが、シャーロットとアンナには無理だ。

 単純な戦闘力の問題。

 おそらくシャーロットとアンナは、あの吸血鬼の前に立ったら、数秒で殺されてしまう。

 だからこそ、大賢者は墓地から二人を排除したのだ。


 多分、シャーロット自身、力不足を分かっているはず。

 しかし、意地を張らずにいられない。

 そんなシャーロットの袖を、アンナが引っ張る。


「シャーロット、今日のところは、引こう。いつか強くなって、足手まといにならないようになろう……!」


 アンナの言葉に、シャーロットは絞り出すように呟く。


「……分かりましたわ」


 足手まといだから来るなと言われ、それに頷くというのは、どれほどの屈辱だろうか。

 ローラが無人島で味わった無力感。あれを何倍にもしたものが、シャーロットの中で渦巻いているに違いない。


「シャーロット殿、元気を出すであります。なんなら……少しくらいなら尻尾をモフってもいいであります」


「ありがとうございます、ミサキさん……でもこれは、ミサキさんの尻尾でも解決できない悩みですわ……」


 そう言いながらも、シャーロットはしっかりミサキの尻尾を触っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ