124 赤い瞳の少女と出会いました
夜間は外出禁止だが、日中は問題ない。
休みの日、いつもの四人と一匹で、ラン亭にお昼ご飯を食べに行く。
「今日は冒険者ラーメンじゃなく、普通のラーメンにします」
「確かに、冒険していないのに冒険者ラーメンを食べたら太ってしまいますわ」
「私は食べても太らないので冒険者ラーメンであります!」
「妬ましい……」
そんなことを語り合いながらラン亭に行くと、店の前に小さな少女がいた。
美しく整った容姿。
黒く長い髪。
それと対照的なゾッとするほど白い肌。
そして血のように赤い瞳。
その少女を見たローラたちは、一瞬、固まってしまう。
なにせ、物語に出てくる吸血鬼のイメージと、どうしても重なってしまうのだ。
「も、もしかして、あれが噂の吸血鬼でありますか……!?」
「でも、五人も襲った吸血鬼が、白昼堂々とラーメン屋の前にいるのは変な話ですよ」
「とりあえず、話しかけてみたら? ジッと店の中を見ていて怪しいし」
「ああいうお可愛らしい子はわたくしにお任せですわ!」
「シャーロットさん、抱き枕にしちゃ駄目ですよ」
「そんなことはしませんわ!」
シャーロットは心外そうに言う。
しかし本当だろうか?
日頃の行いのせいで、あまり説得力がない。
「私が思うに、ここはロラえもん殿が適任であります。歳が近いので、向こうも警戒しないはずであります」
「なるほど。じゃあ私が行きます!」
ローラはてくてくと少女に近づき、声をかける。
「あのぅ……さっきから店の中を見つめていますが、どうかしたんですか?」
すると少女はローラに視線を向けてきた。
こうして正面から改めて見ると、本当に絶句するほど綺麗だった。
目は大きいし、まつげは長いし、髪がサラサラだし。
おまけにローラよりも更におでこ一つ分小さい。
シャーロットでなくてもお持ち帰りしたくなる。
そんな少女は、
「この店から、美味しそうな匂いがするから……」
と、鈴が鳴るような声でローラの問いかけに答えた。
「確かに、つい店に入りたくなる匂いですよね! じゃあ、私たちと一緒に食べませんか」
「いや、でも、お金がないし……」
少女は悲しげに呟く。
なるほど。お金がないと店には入れない。
それでさっきからここに立っていたのか。
「お父さんとお母さんはどうしたんですか?」
ローラの質問に、少女は無言で首を横に振る。
もしかして、迷子なのだろうか。
だとしたら、親を探してあげないと。
しかしローラたちがウロウロするより、大人に相談したほうがいいかもしれない。
と、ローラが悩んでいたら、少女のお腹から、ぐぅぅと音が漏れてきた。
「あ」
少女は恥ずかしそうにうつむく。
親探しの前に、まずはご飯を食べさせないと。
「ふふふ、そういうことでしたら、わたくしが奢りますわ!」
少し離れたところから見守っていたシャーロットが、颯爽と近寄ってきた。
「え……でも、そんな……」
少女は戸惑いを浮かべる。
「遠慮することはありませんわ! 単純にこのわたくしが、あなたと一緒に食事をしたいだけですから!」
そう言ってシャーロットは、少女の手を握ってラン亭に入っていく。
ローラたちも慌ててそのあとを追いかけた。
お昼時だけあって店内は賑わっていた。
しかし立地が悪い上、かつての熱狂が落ち着いてきたので、店主のラン一人でも何とか回せる程度で済んでいる。
テーブルも一つ空いていた。
「いらっしゃいませアル! おや、ローラちゃんたちアルか。その黒い髪の子は誰アル?」
「なんかお店の前にいたんですが、お腹が減っているみたいなので、ラーメンを奢ってあげることにしたんです」
「むむ? 迷子アルか?」
ランはしゃがみ、少女と目線を合わせる。
「……迷子じゃないわ。私はニーナ。一人で旅をしているの。こう見えても十八歳よ」
「ちゃんと名前を言えて偉いアル。でも十八歳という冗談には無理があるアル」
「冗談じゃないんだけど……まあ、信じてもらえるとも思っていないわ」
小さいくせに、随分と大人びた口調だ。
背伸びしたいお年頃なのかもしれない。
ローラもこないだ、背伸びして難しい小説にチャレンジし、三ページだけ読んで図書室に返却したからよく分かる。
「よく分からないアルが、とりあえず全員ラーメンでいいアルか?」
そうランが言うと、ミサキだけが別のものを注文する。
「私は冒険者ラーメンのヤサイマシマシであります!」
「ミサキちゃんは大食いアルなぁ」
「それだけラン亭が美味しいであります!」
「褒め上手アル、照れるアル」
というわけで、ミサキだけ冒険者ラーメン。
それ以外は普通のラーメンということになった。
「……私、結構あちこちを回ってきたけど、ラーメンなんて初めて聞くわ。見慣れない棒を使って食べてるし」
ニーナは他のお客さんがラーメンを食べる様子を見て語る。
「あれは箸と言うんですよ。最初は難しいですが、慣れると便利です」
ローラは箸を持って、パカパカ開いたり閉じたりしてみせる。
「ふーん……」
気のない返事だが、ニーナは興味津々な様子で箸を見つめた。
そんなニーナを、シャーロットが「ああああ、お可愛らしいですわぁ!」と言いながら恍惚とした表情で撫で回す。
すっかり不審者だ。
ニーナは嫌そうな顔をしているが、ラーメンを奢ってもらう手前だからか、文句を言わずにジッとしている。
「シャーロットさん。ニーナさんが嫌がってますよ。やめてあげてください」
「そ、そう言われましても……このツンとした感じがローラさんとはまた違って……お可愛らしいですわ!」
「ニーナ殿。嫌なら抵抗したほうがいいでありますよ。たかがラーメン一杯で、そこまでサービスする必要はないであります」
「……別にそんな嫌なわけじゃないから」
ニーナはツンとした表情のまま呟く。
「シャーロットさんは撫で上手ですからね。分かります」
ローラも毎晩、抱きしめられて撫で回されている。
それが気持ちよくて、ぐっすりと安眠できるのだ。
「ねえ……ところで、さっきから気になってたんだけど……あなた獣人?」
ニーナはミサキを見つめて呟く。
「そうであります。この耳は本物であります」
ミサキは狐耳をピコピコ動かして見せた。
「獣人が人間と一緒に暮らしているなんて凄い。王都は随分と進んでいるのね……今まで知らなかったわ」
「まだまだ珍しいであります。しかし、いずれは普通のことになるはずであります。ミサキが流行の最先端であります」
そう言ってミサキは尻尾もピコピコさせる。
「ミサキって言うのね。覚えたわ」
「あ、そう言えば私たちはまだ自己紹介してませんでしたね! 私はローラ・エドモンズです!」
「わたくしはシャーロット・ガザードですわ」
「私はアンナ・アーネット」
「ミサキであります!」
と、人間と獣人の自己紹介が終わってから、ローラは頭の上に座っていた神獣を、テーブルに下ろす。
「そして、この子はハクです」
「ぴぃ!」
ハクはバサッと翼を広げて自己主張する。
すると予想通り、ニーナが目を丸くした。
「動いた! 本物のドラゴン!? 変な形の帽子だと思ってたわ……」
「ふふふー、ハクを見せると皆びっくりしてくれるので楽しいです」
「ぴー」
ハクもどこか嬉しそうだ。
「ロラえもん殿、ハク様をイタズラの道具にしては駄目でありますよ」
「別にイタズラじゃないですよ。ちょっとしたオチャメです」
「言い方を変えただけでありますなぁ」
そんなローラとミサキのやりとりを見て、ニーナはクスリと笑った。
それが本当に可愛らしくて、ローラたちは見とれてしまった。
「な、なに……? 私の顔に何かついているの?」
「いえいえ。可愛いなぁと思っただけですよ」
「ラーメン百杯分の価値がありますわ! 奢って差し上げますわ!」
「いや、ありがたいけど……そんなにいらないし……」
ニーナはシャーロットのノリを受け止めきれず、困惑した表情を浮かべる。
そうしているうちに、ランがラーメンを持ってきた。
ニーナに箸の使い方を教え、そしてズズズと皆ですする。
「お、美味しい!」
ニーナはびっくり仰天という顔で、ラーメンをあっという間に食べてしまった。
「ごちそうさま。美味しそうだとは思っていたけど、まさかここまでだとは思っていなかったわ。奢ってくれて、ありがとう」
「ふふふ、ニーナさんの笑顔が見られるなら、千杯でも奢りますわ」
「だから、そんなにいらないし……えっと、このお礼は、いつか、きっとするわ。今はちょっと余裕がないけど……あれが片付いたら、必ず」
そう言ってニーナは椅子から立ち上がる。
何やら急いでいる様子だ。
しかし、アンナがその腕をガシッと掴んだ。
「待った。迷子を放置するわけにはいかない。一人で行っちゃ駄目」
「え、別に迷子じゃないけど……」
ニーナは戸惑った声を出す。
「ローラより小さい子が、ラーメンを食べるお金もなく、一人でウロウロしてるなんて変。迷子じゃないというなら、おうちはどこ? そこまで連れて行ってあげる」
「そ、そう言われても……」
アンナの質問に、ニーナは答えてくれなかった。
答えられないのか。
答えたくないのか。
「もしかして、迷子じゃなくて家出?」
アンナは小首をかしげる。
「ははぁ、それなら家の場所を言えないのも、お金がないのも納得ですね。駄目ですよ、家出は。特に今は、吸血鬼騒ぎで夜が物騒です。ちゃんとお家に帰りましょう」
ローラは相手が同年代なので、ちょっと偉そうに言ってみた。
「ほ、ほっといてよ。ラーメンを奢ってくれた人にこんなこと言いたくないけど……私には私の事情があるんだから!」
すると、思ったよりも激しい反応が返ってきた。
ローラたちは顔を見合わせる。
ニーナが迷子なのか家出少女なのかは分からない。
いずれにしても、このまま返すわけにはいかない。
だが、彼女は自分がどこから来たのか教える気がないらしい。
どうしたらいいのだろうか?
分からないときは、頼れる大人に相談だ!
「よし、ニーナさんを学園まで連れて行きましょう!」
「え、ええ!?」
戸惑うニーナを学園まで連行する。
途中、逃げられてしまったので、追いかけているうちに夕方になってしまった。
しかし、二度目はない。
がっちり全員でホールドし担いでいく。