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122 青空の下のラーメンです

 レディオン・パスタが豚肉を買い占めたゆえに、豚肉の市場価格が高騰した。

 だから冒険者は一攫千金を狙って、ジャイアント・ブラック・ピッグの生息域に集まってくる。


 社長が率いる屋台は、それら冒険者たちに薬草パスタを売るため、ここまでやってきた。

 護衛の冒険者は五人も雇った。


 しかし、社長が想定していた以上にジャイアント・ブラック・ピッグは大きく、そして数が多かった。

 今、社長は、雇った護衛や他の冒険者と一緒に、追いかけてくる巨大な豚から逃げ回っている。


「お、お前ら逃げてばかりいないで戦え! それでも冒険者か!」


 社長は怒鳴ってみたが、誰も戦う気を出してくれない。


「無茶を言うな! まさかあんなにデカイとは思わなかったんだよ!」


 護衛に雇ったうちの一人が情けないことを言う。


「ジャイアント・ブラック・ピッグはCランク。お前らもCランク。戦えるはずだぞ!」


「Cランクと一口に言っても、Dランクから上りたての奴と、もうじきBランクに上がれそうな奴まで色々だからな! そして俺たちはDから上がりたてのほうだ!」


「威張って言うことか!」


 冒険者ギルドは酷い連中を斡旋してくれたものだ。

 あとで文句を言ってやる。

 しかし、それは生きて帰れたらの話である。


 そう。

 下手をすると、というより、このままでは死んでしまう。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 おとなしく王都の中でパスタを売っていればよかったのに、調子に乗ってラン亭の真似をしたからだろうか。

 それとも豚肉を買い占めるなんて卑怯なことをしたから、天罰が下ったのか。


「こうなったら、それぞれ別の方向に逃げた方がいい! まだ助かる確率が高い!」


 社長は苦し紛れに叫ぶ。

 それに従い、全員がバラバラに逃げた。

 だが、どういうわけか、五匹のジャイアント・ブラック・ピッグは、全てパスタ屋の屋台を追いかけてきた。


「な、なぜだぁ!」


「社長、もしかしてこの屋台にある食材を狙ってるんじゃ……?」


 一緒に屋台をひっぱっていたバイトが疑問を口にする。

 その瞬間、周りにいた護衛の冒険者がバラけてしまった。

 なのに、豚たちはそれに目もくれず、ひたすら屋台だけを追いかけてくる。


「うひゃあ、やっぱり! 社長、この屋台を捨てましょう!」


「そ、そうだな……! くそ、高価な薬草がまだまだ残っているのに!」


 いくら薬草が貴重でも、命には代えられない。

 社長とバイトは屋台を捨てようとする。

 が、一歩遅かった。


 ジャイアント・ブラック・ピッグの前足が屋台を蹴飛ばした。

 それにより、社長とバイトは吹き飛ばされる。

 草原の上を転がっているところに、一緒に飛ばされたパスタや薬草が降ってきた。


「く、食われる!」


「だ、誰か助けてくれぇ……!」


 と、社長とバイトが叫んだ瞬間。


「「「てりゃあああ!」」」


 というかけ声とともに、三人の少女が現われた。


 一番小さな女の子が、大きな土の召喚獣を呼び出し、ジャイアント・ブラック・ピッグを踏み潰した。

 それから金髪の少女が、強力な攻撃魔法で豚を焼き焦がしていく。

 続いて赤髪の少女が、大きな剣で、焼けた豚たちを斬り裂いていく。

 小さな白いドラゴンも、口からピィィィィと光線を吐いて、豚肉を輪切りにしてしまう。


 あっという間にジャイアント・ブラック・ピッグの群れは全滅してしまった。


「き、君たちはラン亭の店員……!」


 社長は震える声で呟いた。


「パスタ屋さん、無事でしたか」


「危機一髪でしたわ」


「生きててよかったよかった」


「ぴー」


 少女たちはこちらの無事を喜んでいるらしい。

 そして更に、ラン亭の屋台も現われた。


「皆、流石であります。ハク様も素晴らしい光線だったであります」


「パスタ屋さんは屋台が壊れてしまって残念アル。でも生きていれば、いくらでもやり直せるアル。元気出すアル」


 ラン亭の店主と思わしき女性の言葉に、社長は驚いた。

 レディオン・パスタにとってラン亭が目障りだったように、ラン亭にとっても、こちらは邪魔な存在だったはず。

 真向かいに出店して不当な値段で客を奪ったのだ。

 おまけに豚肉を買い占めたのがレディオン・パスタだと、勘づいているだろう。


 なのに助けてくれた。


「な、なぜだ? ワシはラン亭を潰そうとしていたんだぞ。あのまま放っておけば、ワシらは豚に食われていた。ライバルがいなくなってラン亭は安泰じゃないか」


「それはそれ。これはこれアル。ラーメンとパスタ、どっちがお客さんの舌を唸らせるか、正々堂々と勝負するアル」


 ラン亭の店主は、さも当然のように言う。

 信じられない。

 豚肉の買い占め作戦など、自分がやられたら相手の首を絞めてやりたくなる。

 なのにこの女性は「それはそれ。これはこれ」で片付けてしまった。

 周りの少女たちも、店主の発言に疑問を持っている様子がない。


「……ワシは自分が恥ずかしい。自分の店のパスタが売れればそれでいいと思っていた……許してくれぇ」


「許すアル。でも、もう豚肉を買い占めるようなことをしないで欲しいアルよ」


「しない。これからは正々堂々、味で勝負する!」


「よかったアル。皆で王都を盛り上げていくアルよ」


 皆で盛り上げる。

 社長にはなかった発想だ。

 しかし王都そのものが盛り上がれば、人口が増える。

 つまり客が増える。


「……ワシは目先の利益にとらわれて、スケールの小さい人間になっていたらしい……ラン亭の若き店主よ。あなたは立派な経営者だな」


「照れるアル。私はただラーメンを皆に食べて欲しいだけアル」


「そうか……ワシも昔はパスタを皆に食べて欲しいだけだったな……忘れていたよ。そうだ、ワシらにもラーメンを作ってくれないか?」


「かしこまりましたアル。今、豚肉を調達するから待って欲しいアル」


 すると、少女たちが豚肉の破片を持って走ってきた。


「もう斬っておきましたよ!」


「チャーシューじゃなくてただの焼き豚だけど」


「なかなか美味しいですわ」


「ぴぃ」


 もう既に食べているようだ。


「これはこれでラーメンに合いそうアル。早速作るアル」


 そして社長とバイトの前に冒険者ラーメンが出てきた。

 実のところ、今までラーメンを食べたことがなかった。

 単純に、客の入り方だけで脅威だと決めつけていた。

 しかし、こうして実際に食べてみると――。


「美味い……!」


 思っていた以上の脅威だった。

 もし事前に食べていたら、もっと苛烈に攻撃していただろう。

 だが、もうラン亭を潰そうとは思わない。


「ラン亭の店主よ。次はワシのパスタを食べに来てくれ。このラーメンに負けないものを作ってあげよう」


「それは楽しみアル。美味しい物は何でも歓迎アル」


 やがて、さっき逃げていった冒険者たちが帰ってきた。

 社長たちを見捨てて逃げたことを後悔し、戻ってきたらしい。

 彼らは社長とバイトが無事なのを見てホッと胸をなで下ろした。


 いつもの社長なら、彼らを絶対に許さない。

 しかし、今はとても穏やかな気分だった。


「お客さんが沢山来たアル。冒険者ラーメン、いかがアルか?」


 そして青空の下、皆が冒険者ラーメンを注文した。

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