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時神鈴の夜 『坦々片編』  作者: 九尾
殺人鏡館
7/14

3/鏡の館

 二人に当てられた部屋は、出入り口である鍵のかかるドアが一つ、そしておおおそ八畳の畳部屋が二つの、計十六畳だ。部屋の真ん中にはちょうど襖がある。夜中にお手洗いに行くかもしれないことを考えると、ドアのある方に飛鳥がいては、鈴が出にくくなってしまう。逆に飛鳥が夜中に部屋の外に出る時は、どうせ鈴を起こすだろうからと、そういう場所割りになった。

 ちなみに飛鳥は、年甲斐もなく暗い場所が苦手なので、いつも小さな明かりを点けて就寝している。この宿に電灯があることに、彼女は少なからず安心していた。

 襖を閉めて、各々に割り振った部屋で軽く着替えを済ます。館はおそらく埃だらけだろうから、あそこの調査には汚れてもいい服が適していると二人が考えたためだ。

 鈴はいつもランニングで使用している白いジャージ、飛鳥は学校指定の淡い青のジャージに着替え、鍵を閉めて部屋を出る。


「ばあちゃん、ちょっと外に出かけて来るよ。鍵、ここに置いとくね」


 姿が見えない老婆に向けて、少し大きめの声で鈴は言う。


「受け付け台の上に置いといとくれ」


 どこからか、老婆の返答が聞えた。

 きちんと鍵の確認をしない辺り、田舎らしさを感じる。田舎と呼ばれる場所は基本的に、人の数が少ないため近所付き合いが濃厚で、空き巣などもほとんど現れず、鍵をかける家の方が少ないという。

 田舎のそういうところは、鈴は好きだった。


 飛鳥と共に、鈴は柊木館――鏡の館へと向かう。

 波姫が曰く、あの館の周囲では、戦後から奇妙な事件が起きていたらしい。

 およそ七〇年前から三〇年前にかけての話だ。顔が破壊、身体も傷だらけになる連続殺人事件が十件以上発生している。こんな辺鄙(へんぴ)な集落で同時期に十件以上の殺人とは、明らかに異常である。しかも犠牲者はすべて女性。だが、年齢はまるでバラバラ。

 初期は若い女性ばかりを狙った犯行であったため、同一犯の犯行であると警察は捜査を開始したらしいのだが、結局犯人が見つかることはなかったという。

 そんな事件が、戦後から現代にかけて、特にこれといった周期もなく、唐突に発生するのである。つい一か月前も、一〇代半ばの少女がこの集落を訪れ、そして例によって惨殺されたという。ちなみに“天神”が鏡の館に目を付けたのも、その一か月前の事件がキッカケである。

 警察は当然、捜査のためにここを訪れたそうだ。しかし、犯人の目星は一向に付かず、しかも前回の事件から三〇年、最初の事件から七〇年近くも経過しているということもあり、当時の事件の模倣犯・愉快犯だという結論を出した。だが一か月の間事件が起きなかったことから、集落に犯人はいないと睨み、とうにここを出ている。そのため現在、よそ者と呼ばれる集落外の人間は、鈴と飛鳥の二人だけである。

 もっとも、波姫の手際によって二人は集落出身の子孫である設定なので、あの老婆からしてみれば、よそ者という認識ではないのだろうが。

 なんにせよ、七〇年前と同じ事件が現在でも発生した。これはタタリが起こした事件であると十分に考えられる事件だ。また、被害者の総てが女性であることから、飛鳥がタタリに遭う可能性も十二分に考えられる。

 仮にそうなれば、鈴や飛鳥にしてみたら好都合なのだが――。


        ☆


「んで、ここで間違いないんだな?」


 改めて、鈴は確認。

 集落の入り口にある鏡の館を指差して、飛鳥に問う。


「うん、やっぱりここみたいだね」


 開いた雑誌を肩掛けのポーチに仕舞って、飛鳥は頷いた。

 じゃ、行くか。

 早速館の扉の前に立った鈴は、ぎいと館の扉を開いた。

 ちなみに鈴は、波姫から、人が住んでいないこと、鍵がかかっていないことは確認済みである。鍵くらいかけろよ、とは思うのだが、そこは先ほどのとおり、鍵をかけないという田舎の認識を聞けば納得できなくはないことだ。

 鈴は、館の中に足を踏み入れた。

 つんと、カビの匂いが鼻につく。人の侵入によって起こる風、舞う埃。

 鈴の眼前に広がるのは、大広間だ。しかし、暗くてよく周りを見渡せない。館に設置された窓は埃が溜まっているせいか、外の光を受け付けない。ただ一つ、広間の中央にそびえる階段を上った先に存在する、鏡のついた扉だけが、埃の隙間から零れる光を映して、妙に輝いているように見えた。

 眉をしかめた鈴だったが、考えても詮無きことだと、周りを見渡した。

 大きな窓には埃が降り積もり、外界からの光を阻害している。

 足元を見れば、これまでも何人か心霊スポットということで人々が訪れたのだろう、足跡が多少ながら、降り積もる埃の上に残っていた。


「えと……どうかした?」


 暗い館の中、鈴が立ち止まっていると、ビクビクしながら付いて来た飛鳥が、ようやく隣までやってきた。


「……いや、結構人も来てるんだなって」


「そりゃあ、心霊スポットだもん……」


 声を震わせながら近づいた飛鳥は、鈴の腕をがしりと掴んだ。

 その手は、小刻みに震えている。


「なんだよ、怖いのか」


「わたしが暗いの苦手って知ってるでしょ」


 頬を膨らませながらも震える飛鳥と共に、鈴は先へ進む。

 そうして二人で、館を調査した。


 しかしながら、これといって何も見つかることはなかった。

 ここに人が住んでいたのは、実に七十年ほど前の話だ。とうに生活の匂いは消えているし、ガスも水道もなにもない。物音など、たまに聞えるネズミなど小動物や虫のたてる足音・羽音らしきものだけである。


「となると、あとはあの部屋だけか」


 一階にある総ての部屋を確認した鈴は、最後に、大広間の中心に構える階段――その上に存在する、鏡の張り付けられた扉を見た。

 それを聞いた飛鳥の緊張が、鈴の腕を掴む彼女の腕から伝わった。

 鈴が見た限り、総ての足跡は、誘われるかのように鏡のついた扉へと続いている。先ほど感じた違和感は、もしかしたらそのためだろうか。まるで他の場所に興味を持たなかったかのように、そのドアに向かう以外の足跡が存在しないのだ。

 鈴と飛鳥は、階段を登る。

 一歩踏み出すごとに、ぎちぎちと、今にも穴が空きそうなほど軋む。館もずいぶん古いものだ、階段が抜けても不思議はない。


「飛鳥、転ばないようにな」


 階段のみならず、暗い視界も大概悪いが、何より埃に足を取られて転ぶかもしれない。大人しく冷静そうな見た目だが、案外どんくさい飛鳥に、鈴は一言告げておく。


「馬鹿にしないで、子供じゃないの」


 一段、また一段。

 踏みしめるように階段を登る鈴に、身体を小刻みに震わせながら飛鳥は。


「おうち帰りたい……」


 早くも弱音を吐くのだった。

 ちなみに、まだ五段程度上がっただけである。


「今から館の外に出てもいいんだぞ」


「鈴くんは?」


「俺はまだここを調べる」


「レディを一人で待たせるの?」


「ここまで来て、何もせず帰るわけにもいかないだろ……」


「正論だからムカつく」


 眉をしかめた飛鳥の頭に手を置いて、鈴は笑った。


「なに、大丈夫。幽霊が出ても俺が守ってやるさ」


 しばらく唖然としていた飛鳥は、一層眉をしかめて、「ずるい」と静かに呟いた。


「ん、何が」


「全部」


「だから、具体的に何が」


 問うが、飛鳥はそれ以上は頬を膨らませて何も答えなかった。

 仕方なしと、また鈴は一歩踏み出す。飛鳥もまた、離れないようにと鈴の後を踏み出していく。

 階段を登り終え、鏡のついたドアの前に立った。

 これといって装飾はない。ただ、人の半身が映る程度の縦長の鏡が取り付けられているだけだ。

 けれどその鏡は、冷静に見てみれば周囲とは異なり、あまり埃が付いていなかった。

 誰かが拭いたのだろうか、疑問に思ったが、そのままドアノブに手を伸ばす。

 伸ばした手を、飛鳥が掴んだ。


「ホントに、開けるの?」


「ああ、開けるけど」


「ホントに?」


「おう」


「開けても大丈夫? もしこの扉を開けたら変な妖怪が出たりとか――」


「くどい」


 飛鳥のセリフを遮って、鈴は一気に扉を開こうとしたが、ガタンと音がするだけだった。

 音がするだけで、開かなかった。


「あれ?」


 ガタガタと、鈴はドアノブを回し、ドアを幾度も引っ張った。

 何かが挟まっていたりするのかと思い、ドアノブを持ち上げて引っ張ってみたり、逆に下へ向けて引っ張ってみたり。何度か試行錯誤してみるも、開かない。


「ふーむ、これは開かずの扉ですね!」


 仕方ないので帰りましょう! と満面の笑顔で飛鳥がいうものだから、「うるせ」鈴はその額にデコピンをくらわせた。


「あう……」


 頬を抑えてしゃがみ込む飛鳥を尻目に、鈴は足を壁にかけて引っ張ってみる。

 ドン、ドン。

 大きな音がする。

 ドン、ドン。

 幾度も繰り返してみるも、響くのは大きな音ばかり。本来のドアならば鍵ごと壊れて開くだろうに、丈夫な作りなのか、どうにもドアは開かない。

 まるで、この先の部屋が彼らを拒絶しているかのようだった。


「おかしいな……」


「だから、きっと開かずの扉なんだよ帰ろうよ……」


「だからいつの時代の都市伝説だよ、それは」


 ガタガタと扉を揺らす鈴に、飛鳥は「無駄無駄」と言わんばかりに首を振った。

 鈴は飛鳥に見向きもせず、不動のままの扉を睨む。

 どうして開かない。どうして動かない。

 まるで、扉が自分たちを拒絶しているかのようだった。


「……しゃーない」


「お帰りの時間ですか?」


 キラキラと目を輝かせている飛鳥に、鈴は笑顔で告げた。


「蹴り破る」


「ぅぇ……」


 潰れたヒキガエルのような声を出した飛鳥を見て、鈴はため息をついた。


「お前、女の子なんだからそういう顔は止めろよ」


「……どんな顔してる?」


「とても人様には見せられない顔してる」


 そう言って、鈴は思い切り扉を蹴りつけた。器物破損に当たるだろうが、捜査のためだ、仕方ない。

 鈴の蹴りによって、これまでびくともしなかった扉が、一気に解放される。どうやら、鍵がかけられているらしかった。

 むわっと、埃が舞った。

 そして、その先に。


「なに、これ……? なんだか、気持ち悪い……」


 鏡を所狭しと張り付けた、小さな体育館ほどの部屋が、存在していた。

 ただ鏡が張り付けられただけ、ではない。

 そこは確かに、異質な空間だった。無数の鏡が中央に向けて並べられており、まるで何かを晒し上げるかのような配置である。心霊雑誌の記事にあるように、ナルシストが自身を舐めるように見るため――ではなく。もっと、何かしらの悪意がこもった何かを感じた。

 飛鳥も、鈴と同じものを感じたからこそ、気持ち悪いと思ったのだろう。


「こりゃすげえ」


 凄いというのは、鏡の数だとか、鏡の配置だとか、そういう人為的なものではなく。

 それは――異質度、とでもいうべきものか。

 先も述べた通り、病院や墓といった死の場所には『異質』を感じるものだ。しかし人が異質を感じるのは何も死に対してだけではない。人の悪意、或いは狂気といったものにも、人は異質を感じるものだろう。

 とりわけこの部屋には、不特定多数の悪意、そして一際大きな憎悪が存在しているように思った。

 鈴は霊能者ではない。ただそう感じただけだ。けれど、一般の感覚ですらそれを感じるのだから、その悪意、そして憎悪の濃度は尋常ではないと言える。

 これまでに幾つかの心霊スポットを巡ってきたが、ここまでのものに出会ったことはなかったほどだ。

 しかし鈴は臆することなく、通称『鏡の間』に足を踏み入れた。連なるように、飛鳥もまた、鈴の腕を抱いたまま踏み入る。


「……鏡地獄」


 不意に、飛鳥が言った。


「鏡地獄?」


「うん。江戸川乱歩の作品、なんだけど……」


 飛鳥が言うには、この部屋――特に鏡の集中する部屋の中央の部分がそれであるという。

 では、鏡地獄とは何かと鈴が問う。

 とある男がある時を境に、鏡に夢中になった。そして鏡に自分の肉体を映しては、自分の姿に酔いしれた。そんな男は次第に鏡にのめり込み、やがて、鏡を内側に張り巡らせた球体を創り上げたという。その鏡に入り込んだ男は、自分のみが映る鏡の世界で発狂する。

 簡潔に言えば、そんな文学作品であるらしい。

 飛鳥の言いたかったことは、鈴にも何となくだが、わかる気がした。この部屋は男が発狂するほどの鏡の世界――まさに地獄のようなところである。いつまでもこの場にいては、本当に頭がおかしくなりそうだ。


「……もう、出よう?」


 顔を青白くした飛鳥が言った。

 鈴は黙って頷いた。

 タタリが出ないのなら、これ以上この空間に居る必要はない。

 鈴も、一刻も早くこの鏡の間から抜け出したい気持ちだった。


        ☆


 太陽が、沈もうとしていた。

 鏡の館を出た鈴と飛鳥は、どうにも気分が優れなかったので、すぐに宿へ戻ることにした。その途中、集落の老人と軽く顔を合わせた。

 行きの途中にも集落の老人とすれ違ったが、挨拶をしても軽く流されてしまった。しかし今度の老人は、鈴と飛鳥を見て言った。


「おう孫たち。五作のジジイはまだ元気かね」


 どうやら、鈴と飛鳥は、五作という人の孫という設定らしい。

 老人の名は十蔵(じゅうぞう)。彼はどうも五作という人の旧友らしく、五作の話が聞きたいと、鈴と飛鳥は彼の家に招かれてしまった。

 彼の家は決して新しいとは言えないが、少なくとも葵荘よりも生活感があるし、なにより老人の対応が快いことがとても好印象だった。「若えモンに合うかわからねえが、こんなもんしかねえんだ、勘弁してくれな」と、お茶だけでなく、幾つか漬物も出してくれた。


「あ、美味しい……」


 お茶と共に出されたキュウリの漬物を齧って、飛鳥は手で口を抑えた。


「ははは、当然だあ。こりゃオラ特製の漬物だからな、マズいワケがねえ」


 鈴もかじってみると、確かに美味い。店で売られているものよりも、手作り感、なにより、野菜への愛情を感じた気がした。


「ところで、十蔵さん。聞いていいことかわからないんですけど……」


「どうしたい。若えんだ、遠慮せずに聞けばええ」


「今は、一人暮らしをされているんですか?」


 鈴の問いに、十蔵は一瞬、動きを止めた。

 彼の表情から笑顔が消えて、目を伏せてしまった。

 鈴の隣にいる飛鳥から、「なんてことを聞くの」という小声の非難が飛んできたが、鈴は心の中で謝罪しつつも、何でも聞けばいいって言ったから、つい……と言い訳をする。


「すみません、失礼なことを聞いてしまって……」


 飛鳥がすぐに頭を下げる。彼女に合わせて、「すみません」と鈴も頭を下げた。

 しばらくの沈黙の後、「ええ、ええ。気にすることじゃねえ」と十蔵は口を開いた。


「そういやお前らは、民族学について調べに来たんだってえな。タミコのババアが、そんなことを言っとった」


 そういえば、ここへ来る仮初の理由は、民俗学のなんたらを調べる云々だったような気がする。どうやら、宿の婆さん――タミコという名前のようだ――から、鈴たちの事を聞いているらしい。だからこそ、彼は五作の孫だと声をかけてきたのだろう。


「オラの嫁はよ、もう五〇年くれえ前に死んじまったよなあ。アレだよ、アレ。この柊木に出てきた、殺人モンにやられちまったんだ」


「殺人者……ですか?」


 飛鳥が言った。

 鈴は、また余計なことをいうのが嫌だったので、黙って聞くことにした。


「いや、あのころは大変だったなあ。次々と女子(おなご)が殺されて行ってよお。しかも犯人も捕まらねえもンだから、お巡りさんも大変そうだったんだあ。オラたちは殺人モンって思ってたけどよ、お巡りさんもそう言ってたしなあ。でも、女子たちは違ったなあ。呪いだ、祟りだ、ちゅうとったわ」


「――呪い、祟り……ですか」


「ああ、話変わっちまうな、これじゃあ。嬢ちゃんが聞きてえのは、民族の話だっけか。しっかし、民族の話って言われてもなあ。オラぁ、ご先祖様が何処から来たのかってのもよう知らんでなあ!」


 十蔵は豪快に笑う。

 鈴にはさっぱりだったが、飛鳥はどうやら、情報の祖語に気付いたらしい。


「あの、民族学ではなく、民俗学……ええっと……わたしたちが調べたいのは、祖先の歴史ではなくて、先ほどおっしゃった、その呪いや祟りの事なんです」


「んん、そうかい。んなら、今の話でええんかい」


 飛鳥が頷くと、そうかえと十蔵は話しを始めた。


「最初のはなあ……もう七〇年も前かいねえ。麻木(あさぎ)ってえ、ええとこの娘が亡くなった。その後で、麻木のとこの使用人、んで、麻木と仲ようしとった……なんて名前だったかなあ。ええと……タカコとかいうのが亡くなったんだあ」


 最初に事件が起きたのは、やはり七〇年前であるらしい。

 そうして話を始めた老人に相槌を打ちながら、しかしたまに言葉を的確に挟むことによって、飛鳥は上手に聞きたいことを聞き出していった。

 人から話を聞き出すことが苦手な鈴は、少し悔しく思いつつも、飛鳥の聞く力に感嘆するほかなかった。

 

 以下、十蔵の話を整理する。


 鏡の館――柊木館について。

 今回のタタリに関係があるかどうか不明だが、あの館にはかつて、二組の夫婦が住んでいたらしい。ここら集落の代表的な家であった柊木家夫妻、そしてその息子夫妻である。

 どうも、その息子は結婚と同時に柊木館を建てたとか。またその妻となった娘は、集落の出身ではなく、突然集落へやって来た余所者だとか。しかし間もなく夫妻は病死、ほぼ同時期に息子も病死。残された妻は、ある時を境に行方不明になってしまったそうだ。

 呪いというのは、この頃から噂されていたとか。


 殺人事件について。

 事件現場は常に鏡の館付近で、初期の事件――七〇年前の被害者は、おおよそ六・七人。麻木、その使用人、またその友人、その他(昔のことだからか、十蔵は名前を覚えていなかった)が主な被害者である。調べにもある通り、被害者は全員女性で、また遺体のどれもが顔を大きく傷つけられ、全身も傷だらけであったという。

 それ以降の事件は、何年か経過した後に、不定期に発生したらしい。老人の記憶なので確定とは言えないが、どうやら合計で十五・六人程度の女性が死んでいる。またその多くが、十蔵と近い世代の女性たちであったそうだ。

 もし、これがタタリの仕業だというのなら、最初の被害者である麻木という女性が無念の死を遂げ、タタリと成った可能性が高い。それならば、館の内部ではなく、館の周囲で事件が起きることも頷けるからだ。

 動機も十二分にある。他人の不幸は蜜の味――自分の被った不幸を他人にも……というものは、タタリには良くある話である。決して、快い話ではないが。


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