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時神鈴の夜 『坦々片編』  作者: 九尾
殺人鏡館
6/14

2/葵荘

 柵をくぐって、おおよそ二〇分を歩き、二人は目的地にたどり着く。

 波姫があらかじめ宿の予約をしておいたという、『葵荘』なる場所だ。

 こちらもまた、鏡の館に負けず劣らずのボロ屋で、なんというか、幽霊でも出そうな、廃家になる一歩手前にしか見えない建築物だった。


「……ここ?」


 思わず葵荘を指差して、鈴は飛鳥を見る。

 飛鳥は肩にかけていたポーチから紙切れを取り出して、震える身体で頷いた。


「……マジで?」


「……」


 再度頷いた飛鳥は、泣きそうな顔だった。


 二人が葵荘の玄関口へ入ってみると、外見も予想通りというべきか。剥がれた土壁に、色褪せた内装、人の気配のしない受付、その他、目を疑うような状況だ。広さだけはあるものの、あまりにボロすぎて、本当に人を泊めるための宿泊施設なのかと怪しくなる。靴箱には当然、客の靴が一つも入っていない有様である。

 大丈夫なのかと、鈴は疑わずにはいられなかった。


「すみませーん」


 飛鳥が言った。

 しかし、何も起こらない。物音ひとつしない。


「すみませーん」


 飛鳥が、もう一度言った。今度は、少し大きめに。

しかし結果は言わずもがなだ。何も起こらない。


「なあ、ホントにここなのか?」


「だって、お母さんの書いた地図にはここだって……」


 飛鳥の見せた紙には確かに、それなりの地図が描かれていた。宿の位置も、これまで辿って来た道を考えればこの辺りだ。この他、周囲に建築物が無かったことを思えば、ここを除いて他にはあり得ない。


「すみませーん!」


 飛鳥がこれまで以上に声を張り上げた時だった。


「……五月蠅(うるさ)いね、聞えてるよ」


 長い廊下の奥から、齢七〇ほどと思われる老婆が、雑巾を片手に姿を現した。

 聞こえてるなら早く出て来いよ。鈴は思ったが、黙っておく。


「あたしに用かい。なら、ちょっと待ってな」


「わかりました」


 雑巾を片手にどこかの部屋へ去った老婆を待つこと、実に数十分。


「……なあ。女性の感覚では、ちょっとって何分だ?」


 立ち尽くした鈴は、思わず飛鳥に問うた。


「……」


 飛鳥は何も言わなかった。代わりに、小さく苦笑した。

 それから数分。ようやく老婆が再び姿を現した。


「なんだい。まだ居たのかい」


「お前が待たせたんだろ」という喉まで出かかった言葉を力の限り抑えた鈴は、飛鳥の肩に手を置いた。

 それが「この場は頼む」という意図であると察した飛鳥は、「あの」と口を開く。


「先日、ここに予約を入れていた水無月という者なのですが」


 あー。しばらく唸った老婆は、そんなのも在ったね、そういえば。と呟いた。

 そのあと、吟味するように鈴と飛鳥を見る。


「……確かに予約は承ったけどねえ。あんたたち、学生かい」


「はい。高天原高等学校の一年生です」


「男女七歳にして、席を同じうすべからず。男女の学生が同じ部屋で泊まりってのはいただけないね。帰りな」


 ここまで言われても尚、表情を崩さない飛鳥を本気で尊敬しながら、「こんだけ待たせてそりゃねえぞクソババア」と、鈴は背後で引きつった笑顔と共に拳を強く握りしめていた。


「許可はあります」


 そう言って、飛鳥はポーチから一枚の小奇麗な紙を取り出した。

 そこには、『高天原高等学校一年。水無月鈴。水無月飛鳥。民俗研究のため上記二者の同部屋宿泊の許可をする云々』と書かれている。

 学校長から直々に渡された書類のようだった。こんなものまで準備させるとは、流石は“天神”。――否、学校長に圧力をかけたのはおそらく波姫だろう。

 流石というべきか、恐ろしやというべきか。冷静に考えて同部屋の宿泊の必要性ってなんだよ、とか思ってしまわなくもないが、波姫には波姫の考えがあるのだろう。

 なんにせよ、これで宿泊ができる――と、鈴はホッと胸を撫で下ろそうとした時だ。


「あたしゃこんな紙切れには騙されないよ。こんなもの、どうとでもなるからね」


 頑固な老婆は譲らなかった。

 緩んだ心臓がギュッと締め付けられて、心筋梗塞にでもなりそうな思いだった。


「えっと……」


 飛鳥は再度、ポーチを漁る。次に取り出したのは、先ほどの書類のように大層なものではない。ただの紙きれだった。

 メモ書きでもあるのだろうか。飛鳥はしばらく紙切れを見て。


「先ほどお婆さんが出てきた奥の部屋、仏壇がありますよね?」


 そう問うた。


「ああ、あるけどね。それがどうかしたかい」


「そこの中――少し、見ていただけませんか?」


 しばらく席を外した老婆は、今度は数十分と待たせることはなく、数分で姿を現した。

 そして、驚くべきことを告げた。


「……ほらよ。アンタらの部屋の鍵だ」


 一体、どんな心境の変化が起きたのやら。


        ☆


 何時間もかけた移動、そして一時間近くかかった老婆の説得の結果、ようやく二人は部屋入ることができた。まずは、二泊分の着替えの入った荷物を降ろす。

 それから座布団を出して、その上に座り込んだ。

 鈴はあぐら、飛鳥は斜めに崩した山座りだ。


「しかし、何だったんだろうな。さっきのは」


 鈴が問いかけると、飛鳥は無言だった。


「飛鳥?」


「……多分、だけどね」


 どうかしたか?

 鈴が言う前に、飛鳥が続ける。


「お母さんが前に来たとき、仏壇に何か仕掛けておいたんじゃないかな。ほら、普段は見ないところにメッセージを隠しておくとか……」


「神のお告げ、みたいな感じで?」


 信仰心煽るなあと、鈴は冗談半分で言う。


「……」


 しかし飛鳥は、神妙な面持ちで頷き肯定を示した。


「……」


「……」


「……なんていうかさ」


「……はい」


「前から思ってたけど、お前の母さんって本当に恐れを知らないよな」


「身内の恥です……」


 これは後でわかった話だが、波姫はこっそり、鈴と飛鳥の二人は村出身の者の子孫、その双子であると、仏壇に隠されている住民票に書き込みをしていたとか、していないとか。

 学校の書類における鈴の明記が、『時神鈴』ではなく『水無月鈴』であったのは、そういう理由であるらしい。



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