0/残留怨嗟
――どうしテ。
女が、問うた。
何度も、問うた。まるで、少女を責めるように、どうして、と。
けれど少女には、彼女が言っている意味がわからない。どころか、疑問が頭に浮かんだ。
どうして自分は、こんな目に合っているのだろう。わたしは、あなたを知らないのに。
「どうしテ、どうしテ」
その女は、綺麗な女だった。汚れ一つない白い肌に、整った顔の女。けれどどこか、歪な女。まるでマリオネットのように、カクカクと不自然な動きをする、異常の女。
女が少女に問う度に、女の長く赤い爪が、少女の身体を深く傷つける。
少女の柔肌に、吸い込まれるように。ナイフのように、女の赤い爪が入っていって。とろりと、樹木から溢れる蜜のように、赤い液体が零れだした。つうと、赤が垂れる。
「どうしテ」
少女の顔に刻まれた傷。それが、女の顔にも刻まれた。まるで視えないナイフが女の顔を傷つけるように、つつ、と。
爪が少女の顔を傷つけて。同時に、女の顔にも、傷がついて。
その様はまるで、鏡のようで。
少女は、自分が切り刻まれる様を、見ているようで。
恐怖はなかった。ただ、あまりに現実離れした状況に脳が追いつかず、自分自身の事なのに、テレビでも見ているかのような心持ちだった。あまりに客観的に、その女の事を見ていた。
少女はこれから、自分が死んだ後も、女の爪によって、心身共に傷ついていくのだと思った。
自分の身体が傷つくように、目の前の女の身体も傷ついていく。本当に痛いのは自分自身のはずなのに、どうしてか、女が可哀相だと思った。
そんな少女の想いに気付いてか、気付かずか。女は、少女の身体に爪痕を残すばかり。
かつて自分がされたように。自分の憎しみを、自分の怒りを、その肉に刻むように。傷つく度に流れる少女の血を見るほどに、ギリギリと歯を噛みしめて。
――わたし、死ぬんだ。
どうして、と責められて。女に、身体を切り刻まれて、顔を傷つけられて。誰だかわからなくなるほどに、肉を削がれて、そうして死に体になるのだと、少女はそう思った。
―― 暗 転 。
わたしは、かのじょをみる。
かのじょは、しんでいた。ちにまみれて、しんでいた。
まるで、むかしのよう。まるで、むかしのわたしのよう。
わたしのからだは、きずばかり。きずついてばかり。このうでも、このあしも、むねも、おなかも、このかおも。ぜんぶぜんぶ、きずばかり。あまりにもきずばかりなものだから、もう、じぶんがダレなのかも、わからないほど。わからないほどに、きずばかり。
どうして、こうなったんだっけ。
どうして、こうなったんだっけ。
ねえ、おしえて。だれか、おしえて。どうしてわたしはこんなにも、わたしとはちがうものになっているのかしら。
わたしは、かのじょをみる。
かのじょは、しんでいた。ちにまみれて、しんでいた。
まるで、かがみのよう。まるで、かがみにうつったわたしのよう。
かのじょのからだは、きずばかり。きずついてばかり。そのうでも、そのあしも、むねも、おなかも、そのかおも。ぜんぶぜんぶ、きずばかり。あまりにもきずばかりなものだから、もう、かのじょがダレなのかも、わからないほど。わからないほどに、きずばかり。
――わたしって、だれだっけ。
――かのじょって、だれだっけ。
もしかしたら、しらないひとなのかもしれない。
けれどそんなこともぜんぶ、どうでもいい。ただわたしにのこった、かつてのきおくが、そうするべきだと、ささやきつづける。
やつらの、ちを、みろ。やつらの、ちを、みせろ。もっと、もっと。
そのけがれた『ち』を、みせろ。
そう、ささやきつづける。
そのこえにしたがって、わたしはきょうも、ひとをきる。
そのこえにしたがって、わたしはきょうも、ひとをころす。
まるで、にんぎょうのように。いとにつながれた、にんぎょうのように。
――どうして、わたしをころしたの。