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時神鈴の夜 『坦々片編』  作者: 九尾
殺人鏡館
11/14

7/飛鳥と老婆

 鈴と飛鳥が葵荘に宿泊を初めて、二度目の朝を迎えた。

 時刻は午前五時頃。太陽はまだ、昇りきってもいない時間である。

 タミコは早朝から、受付の椅子で何かしらの雑誌を読んでいる。

 いつもは自分の部屋に篭っているのに、どうして今日は受付にいるのだろう。不思議に思いながら、飛鳥はタミコの方へ歩いていった。


「おはようございます」


 雑誌から顔を上げたタミコは、老眼鏡を少しずらして飛鳥を見た。


「おや嬢ちゃん。こんな早くからどうしたんだい」


「そろそろ朝食の手伝いをと思いまして」


「そうかい。助かるよ」


 

 飛鳥を連れて台所へ向かったタミコは、「これは昨日貰って来たんだけどね、十蔵ンとこの漬物は美味いんだ」とキュウリのぬか漬けを飛鳥に見せてくれた。


「昨日いただきました。美味しいですよね、十蔵さんの漬物」


「……ハン、もう女の子に手を出したのかい、あいつは。相変わらず若いモンには見境いがない男だあねえ」


「手を出したっていう言い方は、ちょっと……」



 そんなこんなで、二人は調理を切り始めた。

 飛鳥は、並べられているキャベツを、トントンと子気味よく切っていく。


「上手いね、あんた」


「家ではわたしが食事を作っているので、これくらいは」


「いい嫁さんになるよ、あんたは。ちなみに、旦那はあの坊主かい」


「え、はい!?……えと、そういうのは、まだ……その」


 散々動揺した後に、双子設定であったことを飛鳥は思い出す。


「あの、姉弟なので!」


 さりげなく自分を姉にしておいた。

 しかしタミコは豪快に笑って、ストンと、大根の葉の部分を切り落とした。


「嘘なんだろ、それ」


「えと……」


「いいよ、もう。一度泊めちまったからね、乗り掛かった舟ってやつさ。それで、――あの坊主とは、一体どんな関係なんだい」


「幼馴染です……」


「好きなのかい」


「え、いや……」


「ははは、何赤くなってんだい。若いね」


 タミコがトントンと大根を切っていく様を見て、飛鳥は自分の手が止まっていることに気が付いた。おそらく真っ赤になっているであろう自分の顔を誤魔化すように、トントンとキャベツを切っていく。


「ところで、あの坊主はどうしたんだい」


 少しの沈黙の後で、タミコから口を開いた。

 昨日のことを、彼女も少なからず気にしているらしい。


「鈴くんは部屋に篭ってます」


「なんだ、もしかして昨日のことで拗ねてるのかい? だったら小さいねえ。あたしにあーんな啖呵切ったくせに」


「いえ、そういうのではなくて。少し調べたいことがあるみたいなんです」


 タミコは、すぐに何のことか察したらしい。

 優しげだった目つきが、鋭くなった。


「悪いことは言わない。あれに関わるのはやめときな。それとも、本当にここから追い出されたいのかい」


「こんな山奥に放り出されるのは困ります。でも……」


 ドサドサと、タミコは棒状に切った大根、人参を片手鍋に放り込んで、コンロに火をつけた。

 飛鳥は千切りにしたキャベツを皿に盛りつけて、今度は豚肉を切り始めた。


「『でも』、なんだい」


 続きを言わずに豚肉を切っている飛鳥を、タミコは片手におたまを持ちながら見た。

 飛鳥は適当に切った豚肉を、油をしいたフライパンに放り込んだ。


「――それでも彼には、助けたい人がいるから」


 一瞬の静寂の後、じゅうじゅうと、静かな台所に、肉の焼ける音が広がった。


「助けたい人、かい?」


 タミコは鍋を混ぜることも忘れて、飛鳥を見た。

 タミコの瞳には、驚愕が見えた。その驚愕は、すぐに黒く染まった。

 それ以外にも、多くの感情が、入り混じったためである。

 飛鳥が入り混じった瞳から強く感じたものは、怯え――だろうか。


「この辺りに、知り合いでもいるのかい」


 目を逸らすように、タミコは視線を鍋に向けた。

 混ぜていなかったことを思い出したのだろう。タミコがボコボコと激しく音を立てた鍋を掻き混ぜると、鍋の沸騰は収まった。


「知り合いはいないですよ。でも彼は、助けたいんだと思います。これ以上、あそこで起きる事件の被害者を、出したくないんだと思います」


 それを聞いて、馬鹿なヤツだね、とタミコは鼻で笑った。


「警察にも犯人は見つけられないんだ。子供にどうこうできるわけないだろ」


「だとしても、ですよ」


 飛鳥は苦笑する。けれどその苦笑には、確かに喜びの感情もあった。

 タミコは、大きなため息をついた。


「そりゃ、なんだい。あの坊主は、知らないヤツを助けるために、一生懸命になるってのかい」


 笑い飛ばそうとしたタミコ。

 しかし飛鳥は、「はい」と、真面目な顔で頷いた。


「もしそいつが、悪いヤツでもかい」


「はい。そういう人ですから」


「そんなの、ただのバカだ」


「よく言われてますよ」


 フライパンの上の肉を焦がさないように掻き混ぜながら、飛鳥は笑った。

 そんな彼女の笑顔が、眩しくて。タミコは、小さく泡立つ鍋を見た。


「……悪いヤツでも、かい」


 誰にも聞こえない声で、タミコはぽつりと言った。


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