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時神鈴の夜 『坦々片編』  作者: 九尾
殺人鏡館
10/14

6/秘密

「やっぱ、何も見つからなかったな。さて、どうしたもんか」

 

 ――その夜。

 老婆が寝付いたことを確認した鈴と飛鳥はひっそりと宿を抜け出して、もう一度鏡の館へ足を運んだ。しかし昼同様にめぼしいものが見つかることはなく、また、タタリと遭遇することもなく。

 何も得るものがないまま、葵荘へ戻ってきていた。

 波姫から情報を何も得られず、また老婆からも情報を得られない。昼過ぎに十蔵にもう一度話を聞いてみたが、彼は館の内側で死者が見つかっていたことについては何も知らないようだった。情報が欲しい。館に、何か新しい情報がないものかと考えたのだが……その結果は、先述の通りである。


「ただいま」


 鈴は小声で言って、玄関の引き戸を、なるべく音が立たないようにカラカラと開いてみれば。

 受付の椅子には、タミコが仏頂面で座り込んでいた。

 鈴は思わず、「げ」という顔をする。

 鈴の後方――飛鳥からも「あ」という声がした。


「あんたら、こんな真夜中に、一体どこ行ってたんだい」


 どこに行ったのか。それを問うたタミコの目から感じるものは、威圧だ。

 おそらく彼女は、どこに行っていたのか、とうに察している。


「いや、えっと……トイレに」


 それでも鈴は、嘘をついた。

 タミコは、ハンと笑う。


「あの館に行ってたんだろ」


「……」


 鈴も飛鳥も、何も言えなかった。

 しばらくの沈黙の後、タミコが口を開く。


「あそこに行くのはもうやめな。まだ行くってんなら、もうウチには泊めないよ」


 タミコが受付の椅子から立ち上がり、自分の部屋に戻ろうと歩き出した。


「なあ、ばあちゃん。」


 思わず、鈴はその背中を引き留める。


「なんだい」


 タミコは、振り向かなかった。


「ばあちゃん、あの館のことなんか知ってんだろ」


「知らないね。あたしゃ、何も」


「教えてくれ、頼むよ。少しでもいいからさ」


「アンタもくどいねえ、何度も言わせないどくれ。あたしゃあね、あそこには行くなと言ったんだ。なんにも知らないクソガキが、これ以上、余計なことに関わるんじゃないよ。郷に入っては郷に従え、だ。あたしの言うことが聞けないんなら、もうこっから出てってもらうからね」


「だったら。出ていくなら、教えてもらえんのかよ」


「尻の青いクソガキが、目上に生意気なこと言ってんじゃないよ」


 タミコが、鈴を睨み付けた。

 鈴も負けじと、タミコを睨む。

 タミコがなにを思うのか、鈴には分からない。何を知っているのかわからないのだから、どうしてタミコが鈴たちをあの館から遠ざけようとしているのかもわからない。しかし、彼女なりの譲れない何かがあるのだろう。

 ――けれど、鈴にだって、譲れないものがある。

 殺人事件は、また起こるかもしれない。また誰かが、死ぬかもしれない。警察では、どうすることもできなかった。けれど鈴なら、止められるかもしれない。

 人が死ねば、誰かが泣く。

 当たり前のことだ。けれど、大切なことだ。とても、大切なことだ。

 父が。母が。友人が。子が、孫が、恋人が。

 大切な人を失った人たちが、ただ一人人間の死を悲しみ、悼み、傷つき、泣く。

 そうして泣く人たちを、前にして。無力な自分を呪いながら、拳を握って。もし、ああしていれば。もし、こうしていれば。取り戻せない過去を願って、取り零さなかったという仮定の世界を夢想して。そんな後悔だけは、もう、したくない。

 だから、時神鈴だって、譲れない。


「教えてくれ、頼むよ。あの館で何があったんだ」


「くどいよ! あたしゃ関わるなと言っているんだ!」


「……くどいのは、どっちだよ! いつまでもくだらねえこと言ってないで――」


 さっさと教えろ。

 鈴がそういう前に、パン! と、乾いた音がその場に響いた。

 驚愕したのは鈴もだったが、直前まで怒りを露わにしていたタミコですら、予想外の出来事に目を丸くして黙り込んでいた。

 飛鳥が、鈴の頬を叩いたようだった。


「あす、か――?」


 何も言えなくなった鈴の代わりに、飛鳥が前に出た。


「すみません、この話は終わりにしましょう。――あの、部屋に戻っても……いいですか?」


 問いかけた飛鳥に、タミコは、ぎこちなく頷いた。


      ☆


 部屋に戻った鈴は、布団を敷いて、その上に寝ころんだ。


「……悪いな、飛鳥。ちょっと熱くなってた」


 鈴は赤くなった頬に触れた。少しだけ痛んだ。


「ううん。わたしも、ごめん。ちょっと強く叩きすぎたかも」


「ちょうどいいくらいだ、気にするな」


 どうにも、焦りすぎてしまったらしい。

 遅いのはよくないが、かといって焦って道を間違えてしまっては、目的地にたどり着けなくなってしまう。急がば回れ、千里の道も一歩から。

 ゆっくりでも、確実に。自分の走れる速度で向かっていくべきだ。

 焦る心に、鈴はそう言い聞かせた。


「もう一度、整理しよう」


 あの鏡の館にはかつて、二組の夫婦が住んでいた。柊木夫婦、その息子、そしてその妻である。夫婦は病死、ほぼ同時期に息子も病死。残された妻は、何かしらの出来事によって失踪。

 その数ヵ月後、麻木という最初の被害者が現れた。続くように、麻木に関係する者達から、やがては集落の若い女性立ちまでが襲われる。年齢、出身、いずれにしても、襲われている女性に、これといって共通点は見られない。

 もしタタリがいるとするならば、最初に殺された麻木という女が、自分の不幸を他人にも味合わせようと強く願ったためにタタリと成った可能性が最も高いと思われる。

 しかし、鈴と飛鳥がタタリと出会うことはなかった。

 タタリとは、この世に未練を残した者の感情が、何かしらのキッカケを得てこの世に留まり、異常な災害を振りまくものの事である。

 もっと分かりやすく、一言でいってしまえば――そう、『幽霊』ということになるだろう。

 しかしタタリと“天神”が呼称しているものには、一般に幽霊と呼ばれるものとは違って、自我がない。タタリというものは、一時の感情のみがその場に残留し、そして形を成すものだ。残留思念とも呼べるモノから生まれたタタリに感情と呼べるものはなく、ただ存在するだけで周囲に害を振りまくだけの非日常的・超常的な災害――すなわち、異常災害に他ならない。

 ちなみにこのタタリには、大きく分けて五つの種別がある。浮遊型、地縛(じばく)型、憑依(ひょうい)型、人工型、生霊(いきりょう)型。ちなみにこれら五種は、一般の幽霊にも存在する概念である。

 中でも今回のものは、地縛型であると推測される。地縛型の大きな特徴は、自身の領域に不特定の何者かが現れた場合、例外なく排斥しようとすることだ。多くの心霊スポットと呼ばれる場所には、大方この地縛型のタタリが存在する。しかし、今回の場合は少々特殊なようだ。

 雑誌を読む限りでは、幽霊の目撃証言――すなわち、タタリを視認した者が存在している。地縛型のほとんどは、攻撃対象を目で見るというよりは、感じる。一定の区画を自身の領域として、その場に侵入した者総てを五感でいう触覚のように、敏感に察知するのだ。地縛型のタタリに遭遇して逃れられるものは、そうはいない。

 だがこのタタリの場合は、タタリの姿を目撃しながら、生きながらえている者が少なからず存在しているようだ。

 死ぬものと、生存する者。

 この差は、何だ? タタリの目的は、なんだ――?

 一度、死者を洗ってみることにする。

 最初の事件は、波姫から貰った資料を見る限り七〇年以上前。被害者は女性である。それから数か月でおよそ五人が死亡。また、その年の年末年始には、また数人の被害者がいるようだ。

 このことは、十蔵から聞いたことと一致しており、ほぼ間違いはないだろう。

 それから現在(一か月前)に至るまで、被害者が不定期的に現れている。年齢には縛りが無く、十代の娘から七〇・八〇の老婆までもが祟りの対象となっているようだ。唯一の条件は女性であることのようなのだが――しかしそれならば、どうして飛鳥では駄目だったのだろうか。


「狙われているのは、やっぱり女性ばかりだね」


「そうだな」


「女性、そして鏡――か……」


 ――まるで、白雪姫みたいだね。

 ぽつりと、飛鳥が言った。


「白雪姫?」


 白雪姫というと、魔女に騙されて赤いリンゴを口にしたあの白雪姫だろうか。


「うん。正確には、白雪姫に登場するお妃さまかな」


 鏡よ鏡。人ならざるものに問いかけたお妃は、鏡の言により、己よりも美しいモノの存在を知る。そしてある時、一人の狩人に、白雪姫を殺し、その肺と肝を持ち帰るように命じた。結局、白雪姫を殺せなかった狩人は、代わりにイノシシの肺と肝を持ち帰る。

 お妃はその肺を。肝を。――喰らった。

 美しい顔を歪め。憎しみを飲み下すように。貪った。残さず。欠片らも。一滴も。

 そして告げる。これで白雪姫の美貌は私のものだ、と。


「もしかしたらこのタタリは、美しい人を食べて、その美しさを自分のものにしようとしているタタリなのかも」


「なるほどな……」


 綺麗な女性ばかりが狙われている、ということか。

 資料では顔が載っていないため何とも言えないが、可能性はある。また、被害女性の総ては、全身――特に顔は、判別ができなくなるほどに切り刻まれていた。美しさを喰らう、或いは美しさをひがむという意味合いがあるなら、その行為も頷けるというものだ。


「けど、変な話だな」


「変っていうと、何が?」


 鈴は、飛鳥をじっと見る。

 彼女とは生まれた時からの付き合いと言えるほど長い間の時間を過ごしてきて、もはや幼馴染というよりは家族のような存在だ。偽りとはいえ双子という設定も、あながち間違いではないほどのものである。

 そんな鈴から見た飛鳥は、贔屓目が少なからずあるにしても、十分綺麗な女性の部類に入ると思うのだ。


「……いや、こっちの話」


 綺麗な女性が襲われているなら、どうして飛鳥が襲われなかったんだろうな。なんてことを本人を前にして言うのは恥ずかしかったので、鈴は何度も読み返した心霊雑誌に目を落とした。

『――この鏡の館には、女の幽霊が出現すると言われている。目撃証言によれば、その女は雪のような肌を持った、とても美しい女性であったという。その女が、別の女の顔を、全身を、赤い爪で切り刻むというのだ。なんとも不気味な話である――』

 そう、細かな文字で書かれていた。


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