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砂地舞うオンライン

作者: 双葉れごと


 そこは一言で表すならば砂漠だった。

 詳しく言うならば『静熱の星』ノクティスの僻地にある、最長距離が三千キロの徒歩で踏破するには一週間もかかるという、この星では〈一番小さな〉名もない砂漠だ。

 砂漠は簡単に言うなれば大きな砂場であるが、その苛酷さは幼児の遊び場などとは比較にならない。

 気温は50度を超え乾燥しているため雨どころか雲もないため日射しはサンサンとどころかザクザクと肌を突き刺し、たとえ暑かろうが長袖を着ないと火傷するほどだ。

夜になって日が沈むと今度は逆に極寒の土地となる。砂という物は普通の地面に比べると冷めやすく、昼には火傷してしまうほどでも夜はすぐに冷たくなり間接的に気温も下げるのだ。


 そんな土地であるからこそ人間どころか他の動物などおらず、日光を糧とする植物すらもほとんど存在しない。いるのは猛毒を持つサソリなどの昆虫類ぐらいだが、それすらも遭遇するのは稀である。


 命が生存しえない極限の大地とも呼ぶべき動くものは雲すらない砂漠の中を一つ動くものがあった。

 砂が風にさらわれる音すら聞こえる砂漠に爆音を響かせながら砂を盛大に巻き上げ時速50キロオーバーで砂の上を滑るように走行するそれは浮遊原付〈ホヴァーバイク〉だった。


 普通の原付二輪(バイク)で砂漠を走ろうものなら砂に足を取られて横転し下手をすると空回りして埋まってしまう。どころか止めている時に砂が排気管から入りこんでしまえば動かなくなる。

 しかし、ホヴァーバイクには排気管どころか車輪すらもない。形もバイクとは似ても似つかない平べったい形で、スクーターの車輪を外して全体的に平べったくさせたようなフォルム。


 車輪もないのにどう動いているのかというと、底面から空気を噴出することで宙に浮かび、後部に取り付けられスクリュープロペラを回すことで進む。

 浮いているので砂の悪路でも問題なく車輪がないため空滑り(スタック)することもなく、さらに地面との接触で起こる摩擦がないためにこんな場所でも猛スピードが出せてしまう。静電気で机の上を滑る下敷きのように、まさに正しく地面を滑っているのだ。形状と相まって砂の海を走るジェットスキーのようだ。

 砂地という悪路をものともせずにホヴァーバイクは砂漠をつっきって行く。正確にはバイクではなく、彼が、である。


 どんな高い技術が詰め込まれていてもバイクはバイク。乗り手がいてアクセルを踏まなければ1センチも動かない。当然、ホヴァーバイクの座席に運転手はいる。

 日射し避けのために薄手のココナッツブラウンの長袖コートを着てフードまですっぽりかぶさっている。顔面にはレイブンブラックのゴーグルを付けているため傍からは年齢はわからないが男であるというのは認識できる。

 肌が隠れているのは上半身に限ったことではなく、下はカーゴパンツに長靴のようなブーツ、手には分厚いグローブがはめられていて、日射対策にしてもやりすぎである。

三時間以上もホヴァーバイクを走らせ続けている彼の目的はとある〈クエスト〉で荷物を別の街まで届けることである。


 砂漠という厳しい環境では常人では装備を充実させていても長い距離を踏破するのは難しいために、『プレイヤー』である彼に依頼されたのだ。何より、もっと直接的な脅威が存在する――――――――


 一向にたどりつく気配どころか変わることない景色に溜息をついた、その時。砂が彼を呑こんだ。

 ホヴァーバイクごと姿が砂の中に消えたが、彼が地面の下に落ちたのではない。地面が盛り上がって文字通り彼を飲み込んだのだ。地面が急に盛り上がるなど自然現象ではなく、元よりそれは地面ではない。

 地中から出てきた巨大生物にバクンと食われたのだ。


 ミミズを1万倍ぐらいに巨大化させたような化物の先端は裂けるように割れていて口の中にはずらりと肉食獣のような牙がずらりと並んでいた。ミミズに牙が生えているわけがない、それは《モンスター》だ。

 体をくねらせ口の中のエサをもぐもぐと咀嚼していた巨大ミミズが何かに気になるものでもあったのか体の先端(首?)を曲げる。その先に、彼は立っていた。


 口の中にいたはずのエサが目の前にいる―――だなんて思考をした訳ではない。新たなエサを発見したという原始的な考えで軽く5トン越えの巨体が彼に向かって飛びかかる。

 末路は考えるまでもない。男にしては小柄―――少年としては平均的な彼がその大質量に抵抗できるわけもなく押しつぶされ喰われるにきまっている。だが、彼が口にしたのは叫び声でも辞世の句でもなく、異形の怪物の名だった。


「《Sand Eater》…………チッ、出現ポイントが変わったのか」


《Sand Eater》――――砂地の捕食者といったところだろうか。しかし、怪物の名前がわかった所でそれが息の根を止める剣になるわけもなく、倒せるわけがない。

 彼が取りだしたのは二丁の拳銃(スナイパー)だった。


 右手にあるのは実銃(アンティーカ)、『トカレフ』シリーズの中でもとりわけ貫通性を重視した五十四式(モデル)黒星(ヘイシン)』。

 左手にあるのは光銃(ブラスター)、『ロータス』シリーズの欠点である威力の低さを無視し長所である連射性を極めた器銘(モデル)『9pG』。


 両者ともに拳銃(スナイパー)には変わりはないが実銃(アンティーカ)光銃(ブラスター)は別物である。

 実銃(アンティーカ)は銃弾に限りがあり弾倉を持ち歩く必要があるが、威力に優れている。

 光銃(ブラスター)は威力調節ができて、弾丸自体に重さがないため予備を持ち歩きやすい。しかし実銃に比べ威力は劣る。

 どこからともなく取り出した二つの武器を構えて彼は言った。


「――――――――吹き飛べ【ズィベリヒ・レーゲン】」


 間断なくある種の音楽かのように感じられるリズムで二丁の拳銃は火を噴いた。吐き出すのは鉛の弾丸と質量を持たない光弾。流線形の弾丸と光の尾を引いて迸る光弾は次々とミミズの巨体を穿ち穴を空けていく。


「GyaaaaaaaaaaOHhhhhoooooooo!」


 近づくほど降り注ぐ量が多くなる弾丸の雨についに巨大ミミズは悲鳴を上げる。ぱっくりと開いた口の中にも弾は撃たれて体内をズタズタにする。実際の時間は10秒にも満たない時間だったが、怪物の命を削りつくすには十分だった。

 怪物はズサァァァァァと命が途切れた後も殺せなかった突進の勢いで砂漠の上を滑る。

 そして爆散した。

 砂時計の中の色砂がこぼれるような音とまばゆい光と共に、その体がまるで一瞬で灰になって風で吹き飛ばされたように消え去ったのだ。


 モンスターは死亡すると爆散して骸を残さないが、ほのかに輝く残滓が空中に漂い蛍のように舞う《残り(スペクトル)》をしばらく残すのだ。モンスターの体が大きいほど残り星の数は多くなり、それは死んだモンスターの弔いのように幻想的である。


「っと、ホヴィーは無事か」


 幻想的な光を気にせず進む彼の先には、怪物に喰われたはずのバイクが何事もなかったかのように鎮座していた。


「こんな所で足を破壊されたら笑うしかねーな」


 ざくざくとブーツに踏まれた砂が鳴る。真っさらに自然の力でならされた砂はカーペットのように綺麗で足跡を残すのは絵画に泥を塗るようで少しばかり気がとがめた。

だがそれは杞憂だった。5歩ほど歩いた所でその足跡は源泉のように吹き出た砂の濁流にのまれて消え去ったのだから。


「KyyyyySyaaaaaaaaaahhhhhhhhh!」


 砂ではなくそれは捕食者。またもや彼を飲み込んだのは巨大ミミズの怪物だった。先端が裂けて牙がのぞく口も、体色どころか大きさも全くウリ二つ。当たり前だ、それは体重、体長、原始ポリゴンの数に至るまで全て同一に設計されているのだから。


 しかし、今度は避けられなかったのかココナッツブラウンのコートの袖が巨大ミミズの口からのぞいている。喰われてしまったのだろうか? だが響いた声が彼の無事を証明した。


「装備解除系の不意打ちとか、こんなウザいモンスターだっけか?」


 砂地の捕食者が首か頭かわからないが先端を出したとこから数メートル離れた地点へ彼は逃れていた。

 コートを剥ぎ取られたせいで今までフードに隠れていた彼の水銀のように鈍いアッシュグレイの髪がこぼれ出していた。ゴーグルを額に上げたことで色素の薄いオフブラックの瞳が怪物をにらんでいるのもよくわかる。

 無骨なゴーグルとやぼったいコートがなくなり彼は少年―――ナハトとしての姿を見せた。


 ちらりとナハトは視線を動かす。うねうねと長い筒のような体を動かす怪物―――にではない、その怪物の体に重なるようにして表示された《Sand Eater》という文字を見ていた。もっと言うなれば、その文字の下、マンダリンオレンジ色の横棒(バー)を見ていた。さらに言うなれば、視界の端にもあるマンダリンオレンジの横棒(バー)も見ていた。


 二つの横棒は同じ色であるが、全く同じという訳ではない。比べると視界の端の横棒はわずかではあるが短く、今も注視しないとわからないぐらいではあるがじりじりと短くなっている。

 日除けコートがなくなったことでむき出しの二の腕が灼熱の太陽にさらされ〈地形熱ダメージ〉を受けているのだ。


 その事実に眉をけだるげに歪めると、彼は右手の薬指で親指の腹を二回タタンと叩いた。驚かないことに、手元の空中に長方形の紙のような仮想情報画面―――ウィンドウが現れた。厚さ1ミリもないウィンドウは見えない譜面台に置かれているかのように宙に浮かんでいる。

 それを目で確認することなくナハトはその画面を鍵盤のように叩く。

 それはあまりにも現状を理解していない行為だった。


「GOOOOOOOhhhhhhhhhhhhhhShhhhhhhhyyyyyyyyy!」


 怪物が剥き出しの牙をむいてナハトへ向かって発条(バネ)じみた瞬発力で一直線に襲いかかる。悠長に何かをするよりも先に背中を見せて走るか二丁拳銃で再び撃退するべきだった。もう遅い。重量と全長ともに自動車を軽く上回る砂嵐を止めることなど、二つの火ぐらいでは結果を考えるまでもない。


 彼もそれがわかっているのかその手には二丁の拳銃はない。諦めたのだろうか? 確かにここでこのモンスターに倒されても死ぬわけではないのだから従容と運命を受け入れるのも悪くない。


 だが彼の意見は違った。ウィンドウを叩いていた、グローブに包まれた何も掴んでいない手を怪物に向けた。まるでその手が怪物の猛進を阻むことが出来る城壁かのように、彼の瞳に諦めは浮かんでいなかった。

 しかし、たかが少年の手では―――というのは関係ないだろう、たとえ大男でも―――考えるまでもなくあの巨体を押しとどめるのは不可能だ。

 だから彼が呟いたのは運命をののしる悪態でも敵へ向ける罵倒でもない、至極単純な一言。


顕在化(オブジェクト)


 しかし起きた現象は複雑怪奇。

 光だ。どこからともなく光が火に群がる纏い蛾のようにナハトの手に集まりだす。日が沈み徐々に輪郭を得始める夕闇の月の如く、それは明確な形を取りはじめる。だが光とは波長でありそれ自身が形をとるなど有り得ない。その正体は仮想分子(ポリゴン)だ。眼を凝らさないと立方体だとわからない砂のような無数の粒が、輝きながら積みあがる。輝きが収まると、それは完成した。


 出来上がったのは砂の楼閣ではない、鋼鉄の刃。

 刃長92センチ、幅20センチ、鍔長40センチ、プラチナの輝く反りのない刃筋と両刃は剣の証。剣先は尖らず切り落としたように平坦で、まるで十字架。それよりも特徴的なのは柄や刃の腹からはチューブケーブル・ネジ頭・歯車などが見受けられ、まるで原始的な武器が近代的な機構で拘束されているようだ。

 機工鍛冶師(メカニスタ)鋼鉄生花(アイアンメイデン)の最高傑作である磔刑剣『クルシフィクショナー』がナハトの手に収まっていた。


 この間、約一秒。

 そして次の動作も刹那(いちびょう)


 アッシュグレイとプラチナシルバーが鋭く迸った。ただその場で一回転、球を打ちもらした打者のように回っただけだというのに、あまりの速さで流星の尾のように輝きの線が引かれる。たとえ大剣を構えようとも止められないだろう巨体が迫るが、そも、それは巨体を止めるための動作ではない。


 空ぶったのは体の軸をずらして怪物の軌道から逃れるため。

 回ったのは怪物の軌道に合わせた大剣に威力を乗せるため。


「シッ――――――ン!」


 宙に身を躍らせている怪物は避けるすべなく自分から大剣へ飛びこんで通り過ぎていく。重量と速度が今となってはあだとなった。砲弾のような威力を上乗せしたシルバーの刃はたやすく筒のような怪物の口に食い込み、突風のような勢いは止められることなく大剣は巨体をチーズのように裂いていく。


「GYYYYYYYYYYYYYYYYY!」


 断末魔を上げるしか出来ることのない砂地の怪物は、皮肉にも止められることなく軌道通りに進むが、砂の海にたどりつくことはできずに空中で泡のようにあっけなく弾けて大量の残り(スペクトル)となった。


「ふう……………いっちょ上がり」


 ふわふわと漂う残り(スペクトル)に囲まれた中でナハトは再び手元に表示させたウィンドウを叩く。二回触れただけで簡単に操作すると水に溶ける砂糖(シュガー)のように大剣はどこへともなく消え去った。代わりに怪物に喰われたはずの日差し避けコートが、袖に腕を通すまでもない着こんだ状態で現れた。


「よし、〈スナッチ〉されたコートも取り戻せたし、灼熱砂漠の一人耐久レースに戻るか」


 奇怪な現象に慣れた様子でコートフードを被りながらナハトはホヴァーバイクに近寄る。

 彼の趣味なのか猫のような熊のような生き物のキーホルダーがついている、刺しっぱなしのキーを回す。


 通常エンジンが稼働しヴゥゥゥォォォオオオという音を出しながら上部から吸い込んだ空気を底面へ吐き出す。空気をはらんだ空衝保有幕(スカート)は風を受けたヨットの帆のようにふくらむと、裾から空気が噴出して、数センチではあるが確かに浮上した。

 連動して補助動力である非対称コンデンサの小型イオン系エンジンが稼働する。イオンエンジンは排気ガスや騒音を出さない代わりに軽い気圧の変動を起こす。それによる耳の奥に空気が詰まっているような感覚を引きおこすが、馴れてしまえばどうということはない。


 しかしナハトはその感覚に眉を潜めた。


「………………………マジ?」


 座席に乗ろうとハンドルを握った手からエンジンの振動が伝わってくる。体重をかけると大きなクッションに飛び込んだ時の吸い込まれるような不安定な触感を味わえた。既に何百と―――まではいかないが何十回も乗っているナハトにとって感慨深いものではない。問題なのは手ではなく足から伝わってくるホヴァーバイクのものではない微かな振動。具体的に言ならば足の下の地面で何かが蠢いているような。


 地面の底からお友達の仇を討とうとミミズ君が飛び出してきた。


「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいいいいいいいいいいいい!」


 無論、喜びの声ではない。ヤケクソの声である。

 にょきにょきと生えるように砂地から現れた《Sand Eater》。その数、20。

 二回も不意打ちをかわし二匹の怪物を秒殺したナハトといえど笑うしかなった。20もの怪物が掘り当てられた源泉のように地中から空高く飛び出て、降り注ごうとしているのだ。


 局地的豪雨に見舞われそうなナハトの行動は早かった。ぱらぱらと前振りのような砂粒を無視してホヴァーバイクに飛び乗る、よりも前にハンドルを握りアクセルを全開に引きしぼる。

 体が置いていかれそうなほどのホヴァーの急加速に引きはがされまいとハンドルに噛みつくようにしがみつく。


「ぅんぎゃあああああああおおおおおおお!?」


 耳の後ろから聞こえると錯覚してしまうほど大きく何よりも近いドドドドドドという音にナハトの背筋は本当に水をかけられたかと思うほどに冷える。加速の風圧でコートフードがずり落ちて銀髪があらわになったことを気にする間もなく、アクセル全開にしたナハトを乗せたホヴァーは全速力で怪物たちから離れようとする。


 浮遊原付(ホヴァーバイク)個人輸送車両(パーソナル・トランスポーテーション)という点から鑑みるとかなり劣等生だ。理由はいくつか挙げられる。燃費が異様に悪いこともその一つだ。道楽としてたまに乗るならともかく、本格的な足として乗るには少しばかり頭が痛くなるだろう。


 実用的な面で言うなら環境にかなり左右されるのもかなりの欠点だ。名称の通りホヴァーは飛ぶのではなく浮かんでいる。簡潔に言うと段差に弱い。コンクリートで固められ整備された道路や海上などの平坦な〈道〉ならば問題ないのだが、草木が茂る道や斜面といった凹凸の激しい〈道〉ではイオンエンジンなどによる浮遊高度の補助がないと大事故にすらつながるのだ。

 環境には天候も含まれる。地面との摩擦がないために横風のあおりがかなり受けてしまいうので、悪天候下でも使用不可である。慣性の力を利用して走る以上、仕方のないことであるが。


 似たような話になるのだが、圧縮空気(エアクッション)の上を滑るという仕様上、慣性の力に振り回されてしまう。氷の上で走るのをイメージするとわかりやすい。ブレーキを踏んでもすぐには止まらずずるずると惰性で滑り、方向転換しようにも滑ってしまうので曲がるのも苦手である。同じ原付であっても二輪と四輪とは全く別の運転技術が要求される。


 ここまで説明すると納得してもらえるだろうが、滑るのが主要なためどうしても初速がおそろしく遅い。最高時速が180キロに対して、初速はなんと30キロ。原動付きとは思えない遅さである。


 何が問題かというと、この速さではモンスターの好戦範囲(アクティブ)から逃れるのはかなり難しい。何よりも轟音ともいえる空気を吐き出す音がモンスター共の注意をひきつけおびき寄せる。


 豪雨となって降り注いだ巨大ミミズ達も例外ではない。兎を追う肉食獣のように迷いなくホヴィーを追いかけ始めた。ただの動物ならば走ろうにも砂に足がとられるだろうが、怪物は砂地が海であるかのように泳ぎトビウオのように跳ねる。


「つまり、ぶらり一人旅がにぎやか大旅行になるってわけで旅は道づれというか土の下まで道連れにされるう! 誰だよこんな近所迷惑な乗り物で旅しようとか思ったヤツはアアアアアアアアアアアアア!」


 説明するまでもないが、ナハト本人である。知り合いがこの扱いの難しいデカブツに処遇に困っていたので安く買い叩いたのであった。逆に過剰なチューンをほどこされて膨大な借金を背負わされたが。


 ハーメルンの笛吹きよろしく一台のホヴィーがぞろぞろと20もの巨大な怪物を引き連れる様は壮観である。追いかけられている本人の顔はひきつっているが。


「ああ、もう付いてくるなっ!」


 ヤケクソ気味に取りだした拳銃――――それも二つ―――をのけぞるようにして背後に向ける。そうするとハンドルから手を離すことになるが、ホヴィーは意思をもつかのようにまっすぐ走る。安定感のあるホヴィーならではの芸当だ。


 爆音の中で二つの音がはじける。それはコンサートでかき鳴らされるエレキギターの前でトライアングルを鳴らすくらい悲しくなる音量差であったが、威力に変わりはない。灼熱の太陽の下でも鮮やかに輝く光弾が次々に怪物に被弾して、道連れ旅から離脱していく。

 変わりがあったのは弾道だ。


「やっぱ駄目―――――かよっ!」


 斜め後ろからあの発条(バネ)じみた爆発力で飛びかかってきた怪物を、行儀悪く付きだした足で手の代わりにハンドルを操作して避ける。方向転換が難しいホヴィーでも「曲げる」のではなく「逸れる」動きなら問題なくできるのだ。

 二丁の拳銃を素早くしまうと、風圧によって髪が乱れシートに背中が押し付けられるのを、力づくで逆らってナハトは体を元に戻してハンドルを握る。


 運転に専念することにしたのは、拳銃が焼け石に水だったからだ。始めの一匹をたやすく撃破した二丁拳銃といえども〈一丁〉ではたかが知れている。乱れるのは髪だけではなかったからだ。

 実銃(アンティーカ)光銃(ブラスター)

 質量をもたない光弾を打ち出して怪物たちに傷を負わせた光銃と違って、実銃(アンティーカ)の鉛玉は走行による風の影響でまったく別の方向へ飛んでいってしまったのだ。

一丁、それも威力の低い光銃だけでは焼け石に水、鉄板に水滴、中学生に午後のおやつである。無駄だろうけど数撃てば当たる、と考えてはいたがホヴィーの代金をまだ完済してなかったのを思いだして諦めたのだ。弾もタダじゃない。完済まであと二百万、がんばれナハト。こっちも弾丸の節約くらいでは焼け石に水だということに気付け。


 なまじ手を出すよりかは早いとこ最高速を出して振り切ろう、と運転に専念する。だが勢いは未だ最速には程遠く、個体値(ランダム・パラメータ)が高く設定された怪物は並走すらしている。巨大ミミズの飛来を避けるにはどうしても蛇行せざる得なく、スピードが思うように乗らないのだ。尻を追いかけるようにして泳いでいる怪物もどんどん近付いてきている。

 追いつかれて池の鯉に与えられたエサのようにつつかれるのは時間の問題だ。


「やばい、どうしよ神頼みしか残ってないや。我が都合の良い時だけ信仰する神様お願い助けて」


 信仰心どころか感謝の念さえないのがみえみえなナハトの祈りが通じたのか、天変地異のごとき予想外なことが起きた。

 あれほどまでにナハトの肌を焼いていた太陽が陰ったのだ。


「………………か」


 雲ひとつない青空の中心となっていた太陽を隠したのは巨大な影。

 龍。

 比べてしまえば巨大ミミズがまさしくミミズにも見える、巨大ならぬ虚大。大きさを表現するのも馬鹿馬鹿しいほどの規模でそれは現れた。

 大きさは表現できないが、姿形を言うならば、それは龍に見えたが違う。羽毛を奪われたような骨ばった十何対もの翼。か細さとは無縁な鋼鉄のロープのような体。あまりにも体は長く、地中から飛び出て日が隠されるくらい高く飛び上がったというのに尾はまだ地中に隠れたままである。


「………………か」


 直射日光に瞳を焼かれることなく見上げたナハトの視界には白縁黒字の無機質な文字が飛び込んでいた。


《Sole Shader》―――ただ一つ陰らせるモノ。灼熱の砂漠で、唯一の安息(かげ)を作るモノ。


「………………か」


 名称表示。それはモンスターの証し。

 祈りが通じたのは、死に神だったようだ。


「神様と十秒前の俺バカヤロオオオオオオオオオォォォォゥゥゥゥ………!!」


 涙交じりのナハトの絶叫に答えるように、WooooooWAOOOOOOOOOOOOO! と死に神から派遣された《Sole Shader》は甲高くない地響きのような深い唸り声を上げた。


 筒のように開けた大口にずらりと乱杭歯を並べた、巨大ミミズをさらに巨大化させたようなよく似た超巨大ミミズが縄張りに入ってきた愚者(ごはん)をいただきますしようと地中から飛び出て来たのだ。

 しかし、久しぶりのご馳走にはしゃいでしまったのか超巨大ミミズは高く飛び過ぎていた。虹色ではない砂色の孤を空に描いて落ちて来るのは見えるのだが、遠すぎて落ちて来るのに時間がかかるのだ。


 まあ、見えているかといって隕石を避けられるかといったら答えるまでもない。

 いきなり自分最後の日を絶望的な気持ちで待つことになったナハトは辞世の句をわめく。


「《徘徊彗星(コメット)》と出食わすとか神様は俺のことそんな嫌いか! 俺も嫌いだごめん嘘大好きだから助けてええええええええええええ!」


 神様へ向けて面倒くさい彼女のような事を訴えたが、神様が機嫌を直すことはない。それでもナハトは泣きそうになりながら許しを請う。なぜなら、このままだと「死」んで死亡罰則(デスペナ)を受けるだけでは済まないからだ。


徘徊彗星(コメット)》。

 超巨大で超強力なその地域(フィールド)に一匹しかいないモンスター。普段はフィールドを規則性なしに徘徊しているため遭遇することはかなりまれであり、そんなものに遭遇したナハトのリアルラック値はかなり低い。

 御大層な分類をされているのは他のモンスターとは別格の証左であり、数人で出会ってしまえば死ぬのを覚悟するしかなく師団(ネブラ)規模でさえも蹴散らせるほどの恐ろしい存在であり自然災害の扱いをされている。


 別格なのは強さだけではなく、普通のモンスターには出来ない『施設破壊』をするのだ。自然災害と評したのはそのためである。

 徘徊彗星はその名の通り移動する。砂漠の僻地でこのように旅人を襲うだけならともかく、人が生活を営む『都市』の近くにそれが現れたら大変である。都市があれば、存在するのは人だけではない。街の人々のために野菜を作っている『耕作田畑』や、美味しくいただかれるための動物を飼った『養育牧場』もある。

 施設破壊とはそれらを破壊することが出来るのだ。愛情を込めて作った飼育環境や丹精込めて育てた作物を容赦なく軒並み破壊するのだ。強いので阻止することもほとんどできず通り過ぎるのを待つしかない。まさに災害である。


 その『施設破壊』の中にはもちろんバイクなどの大型アイテムも含まれている。

 まだローンが200万クルほど残ったホヴィーバイクも、だ。


「まずいまずいまずいまずい¬――――――――――っ!」


 もはや追いすがってくる巨大ミミズなど眼中になく悲鳴を上げるナハトにかまわず、どんどん大きくなり視界を占領していく超ミミズ。その大口は空に出来た落とし穴のようだ。先が見えないほど深く光すらも飲み込んでいるかのように暗い。先が見えなくとも未来は見えているのが、より悲劇である。

 巨大すぎるゆえに蛇行した程度では落下地点から逃げることが出来ず、ホヴィーゆえに急に止まることもできない。自分だけ逃げようと離脱しても慣性に則ってホヴィーさんは滑って行き美味しくいただかれる。大型ゆえにアイテム欄に入れて逃がすこともできない。


 八方ふさがりで上方からは隕石が。

 誰もが諦め嘆き悔しがるだけしか出来ない不可避の災難。だが歴戦、というほどでもないがそれなりに険しい戦いをしてきたナハトは最後まで諦めなかった。


「お、俺を食べてもきっとマズいよ?」


 諦めず命乞いをしたマズいらしいナハトの悲鳴と、ホヴィーが撒き散らしている轟音ごと大食漢は呑みこんだ。

 音は落雷、地面に墜落した衝撃は地球が揺れたと思うほど、舞いあがった砂は津波のよう。

 頭から突っ込んだ超巨大ミミズは犠牲者一名では足りないとばかりに砂も飲み込んでいく、というよりまるでナハトはただ通り道にいただけかのように砂の海面下へ潜っていく。


 言ってしまえば単純な地面への【体当たり】、ただお日様を浴びようと地上に出てきてまぶしすぎて早々に戻っていっただけだというのに巻き起こした被害は尋常ではない。生きている限り動物は動かなければならない、移動すれば戦車の轍のような跡が残る。まさに人知を越えた天災という他に無い。


 天災は悲しき少年が消え去ったのにも気づいていないのか、虚大で蛇長な体を針穴に糸を通すようにズズズズズと砂海へ潜らせていく。長すぎるためにまだ体の3分の2以上が飛翔の軌跡として砂色の虹のように残ったまま。

 燦々と輝く太陽も音は出さず、荒涼とするも全く涼しくない砂漠ではそれ以外はもう何も聞こえない。


 まるで少年の悲鳴とホヴィーの轟音はオアシスの蜃気楼のように、跡かたもなく霞となったのだ。



残念! ナハトの冒険はここで終わってしまった!

というより自分の気力がここで尽きた。続きは未定。

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