第六話
日曜の朝、コーデリアはエレンによって、これまでの人生で一度も袖を通したことがないような、上質で仕立ての良いドレスを着せられた。派手な装飾はないが、深い濃紺の生地はミスト・ヴァレーの霧によく映えていた。
「いいですか。ヴェスパー邸の者として恥ずかしくない振る舞いを。背筋を伸ばしなさい」
礼拝堂までの道、霧の深い朝は空気が冷たかった。隣を歩くヴェスパー卿はまるで行軍でもしているかのように迷いのない足取りで、一度もコーデリアの方を振り返らない。
やがて見えてきた石造りの礼拝堂は、時の流れに削られたような古びた外観をしていた。
コーデリアがその重い扉をくぐり、足を踏み入れた途端、まるで冷たい水がさっと広がったように、それまでの穏やかな話し声が止んだ。並んだ長椅子に座っていた村人たちが、一斉に顔を上げたのだ。
「……おや。どこの子だい、あの娘は。ヴェスパー卿にあんな年頃の子がいたかね」
「あの、例の遠くから引き取られたという……」
隠しきれない好奇と、それ以上によそよそしい視線。コーデリアは思わず足元を見た。緊張が高まると、ドレスの裾から黒い影が今にも這い出し、神聖な床を汚してしまいそうだった。
もし今、この影が飛び出してお説教の席をめちゃくちゃにしたら、わたしはきっと一生この街の嫌われ者になってしまう。
その時、ヴェスパー卿がわずかに彼女の前に出た。彼は周囲を見渡すこともなく、ただいつもの抑揚のない声で近くにいた村人たちに告げる。
「私の親族のコーデリア・レイスだ。しばらく屋敷で預かることになった」
村人たちは顔を見合わせ、それ以上の追及を飲み込むようにして、それぞれの席へと視線を戻した。どうやらこの気難しい館の主が「自分の身内だ」と宣言した以上、あからさまに好奇を向けるわけには行かないようだった。
「行きなさい」
コーデリアがおずおずと通路を進んでいくと、不意に前方の席で誰かが小さく動く。
リーヴァイだった。彼は今日、あの墓地掃除用の姿ではなく、清潔なシャツを着ていた。その両隣には聖書を広げた優しそうな母親と、彼と同じく知的な目元をした父親が座っている。
リーヴァイはコーデリアと目が合うと、一瞬だけ驚いたように眉を上げ、すぐに膝の上でひらひらと小さく手を振って見せた。
誰かと誰かの間に座り、守られるようにしてそこにいるリーヴァイ。その光景はコーデリアにとってこの上なく眩しく、同時に胸の奥を締め付けるものだった。
やがてパイプオルガンの重厚な音が石造りの壁を震わせる。牧師が説教壇に立ち、厳格な声で罪と汚れについて語り始めた。
「──我らの内にある罪と汚れ。それを隠し通せると考えてはなりません。神の光は、魂の隅々に潜む闇を暴き出すのです」
その厳粛な声が、コーデリアの頭の中で嫌な記憶を思い起こさせた。あの薄暗い孤児院の裏庭。子どもたちが「悪魔を追い出すためだ」と口々に叫び、抵抗する彼女にバケツ一杯の冷水を浴びせかけた、凍えるような冬の日。
恐怖と怒りが混ざり合い、喉の奥がヒュッと鳴る。
途端に彼女の足元からどろりとした黒い影が、まるで意思を持った生き物のように這い出した。
影は壁を駆け上がり、色鮮やかなステンドグラスを内側から侵食していく。美しい聖母の顔が、真っ黒なひび割れのような影の蔦で覆い尽くされていく。
「見ろ、ステンドグラスが……窓が真っ黒に!」
「嘘でしょう、あの子……? あの子から出ているの!?」
村人たちが一斉にざわめき、腰を浮かした。前方の席ではリーヴァイが椅子を掴んで立ち上がり、今にもこちらへ駆け寄ろうとしていた。
「牧師様、あの子が……!」
「落ち着いて、一体何が起きているんだ……!」
混乱が頂点に達しようとしたその時、ヴェスパー卿が音もなく立ち上がった。そして震えが止まらず、影を制御できなくなっているコーデリアの細い肩を、大きな手で力強く掴む。
「……お、おじ様……」
ヴェスパー卿はなにも言わなかった。彼はそのまま、怯える村人たちの視線を割るようにして、コーデリアを連れて毅然とした足取りで出口へと歩き出した。
礼拝堂の重厚な扉が閉まると、村人たちのざわめきは遠ざかり、代わりに湿った森の静寂が二人を包み込む。木々の間を縫う小道で、コーデリアは耐えきれなくなって、肩に置かれた彼の手を激しく振り払った。
「ほら、言ったでしょう! どこへ行ったって同じなのよ!」
叫んだ声が、霧の向こうへ虚しく吸い込まれていく。彼女の感情に呼応して足元の影が蛇のようにのた打ち回り、周囲の草木を黒く侵食しようと震えていた。
「わたしは壊れていて、呪われていて、みんなを怖がらせる怪物なんだわ! 放っておけばいいのよ、今までのみんなと同じように、早く追い出せばいいじゃない!」
胸の奥に溜まっていた泥のような言葉を、彼女はヴェスパー卿にぶちまけた。泣き顔を隠そうともせず、憎まれ口を叩くことで、自分を拒絶される前に拒絶しようとしたのだ。
けれど、ヴェスパー卿は足を止めなかった。振り払われた手をゆっくりと下ろしただけで、反論も叱責も、同情すらもしない。彼は前を向いたまま、規則正しい足取りで歩き続ける。
「……何か言いなさいよ! 怒ればいいじゃない、あんなに恥をかかされたんだから!」
追いすがって叫んでも、彼は無言のままだった。そのことがかえってコーデリアの心を激しくかき乱し、この沈黙が彼女には何よりの罰のように感じられた。




