第十一話
墓地に降り落ちた秋の訪れをカサカサと掃き出しながら、コーデリアは深く、深くため息をついた。その溜息の重さに足元の影がずるずると地面を這い、まるで溶けたアイスクリームのように力なく広がっている。
「……ねえ、リーヴァイ。オーロラがまた、何もない空間に向かってガンを飛ばしているわよ」
「表現を改めなよ。読書家を自称する人間の語彙とは思えないな」
立派な体格の成猫になったオーロラは、確かに虚空に向かって毛を逆立て、シャーッと威嚇の声を上げていた。リーヴァイは軍手で汚れを払いながら、隣のコーデリアをちらりと見る。
「明日から新学期だ。そんなこの世の終わりみたいな顔で墓掃除をするのはやめてくれ。悪霊でも呼び寄せそうな面構えだよ」
「だって、明日からあなたはアカデミーへ行ってしまうじゃない。……おめでとう、って言わなきゃいけないのは分かっているわ。でも、あなたのいない学校なんて、スパイスを入れ忘れたスープみたいよ」
「僕がいないと人生の味がしないって? 随分な告白だね」
リーヴァイが口端をあげて意地悪く笑う。コーデリアは膨れっ面で箒を振った。
「味気ないんじゃなくて、毒気が足りないって言っているのよ。ベアトリスだって昨日、嘆いていたわ。『リーヴァイのあの鼻持ちならない皮肉が聞けないなんて、私の新学期は砂を噛むようなものよ』って」
「あいつの情緒はどうなってるんだ。……コーデリア、アカデミーは汽車でたった三駅だよ。これまで通り、毎朝君の館まで迎えに行って、学校の門まではエスコートしてやる。歩く時間は変わらないだろ?」
それは彼なりの最大限の不器用な優しさだった。けれどコーデリアは、掃き集めた落ち葉の山を見つめたまま首を振った。
「それが一番残酷なのよ。門の前で、あなたはわたしに背を向けて、もっと広くて立派な世界へ歩いていくんだもの。わたしはそれを見送るだけ。……まるで、物語の第一章で置いていかれる脇役みたいな気分だわ」
「脇役は影の力で川から靴を釣ったりしないよ。僕がいなくて寂しいなら、そのノートに僕を悪役にして恨み言でも書き込んでおくんだね」
リーヴァイはそう言って、彼女の頭を少し乱暴に小突いた。
オーロラはふいに威嚇の相手を見失ったのか、あくびをしてコーデリアの足元に丸まる。
このミスト・ヴァレーにやって来て二年。十四歳になったコーデリアは、自分でも驚くほど背が伸びていた。
かつては鏡を覗き込むのにも背伸びが必要だったのに、今ではエレンが「そろそろ大人びた仕立ての服を用意しましょうか」と相談してくるほどだ。
一方、十六歳になったリーヴァイの成長はさらに劇的だった。初めて会ったとき、自分よりも背の高い箒を不器用そうに振り回していた彼は、今ではその箒がすっかり手に馴染み、長い柄さえも軽々と扱ってしまう。
「……恨み言、本当に書こうかしら。でも、物語の悪役でいてくれたほうがずっと良かったわ。栞を挟めばそこに留めておけるもの」
◆
新学期が始まってしばらく経つ。分かれ道で手を振って別れるのは、いつのまにか二人の習慣になっていた。リーヴァイの背中が霧の中に溶けていくのを物語の終わりを惜しむように見送ってから、コーデリアはいつも通りの学校の扉をくぐった。
けれど、感傷に浸る時間は一瞬で吹き飛ばされた。教室に入るなり、待ち構えていたミリエルが詰め寄ってきたのだ。
「コーデリア! お願い、あなたにしか頼めないの!」
ミリエルが差し出したのは、香水の良い香りが漂ってきそうな上質な便箋だった。
「あなたのあの、物語を書く力で……ラブレターを代筆してほしいのよ。私、自分の言葉だと『好き!』としか書けなくて。あなたの紡ぐあの霧のように美しい言葉で、彼の心を射抜いてほしいの!」
「わたしが……? でも、わたしはそんな、恋のことなんて……」
「いいじゃない、書きなさいよ」
ベアトリスが横から口を出す。
「あなたのあの大げさで回りくどい空想力は、こういう時にこそ役に立つはずよ」
コーデリアは戸惑いながらも、手渡された真っ白な紙を見つめた。自分の中に渦巻く名づけようのないこのもやもやを、果たして誰かのための情熱に翻訳できるのだろうか。
そこへ、いつもはおっとりしているロザリーまでもが「あら、秘密の会合?」と輪に加わる。
机の上にはミリエルの真っ白な便箋と、コーデリアの愛用のペン。女の子四人が顔を寄せ合い、まるで秘薬を調合する魔女のように賑やかな「恋文作成会議」が幕を開けた。
「まずは出だしよ! 『親愛なるあなたへ』じゃ、パン屋の注文票みたいで味気ないわ」
「『星が瞬く夜、あなたの瞳を思い出します』なんてどうかしら?」
「甘すぎて胃もたれするわよ」
ミリエルの鼻息に、ロザリーがどこで覚えたのか砂糖菓子のように甘い提案を重ねる。ベアトリスは毒づきながらも、ペンを握るコーデリアの指先をじっと見つめていた。
コーデリアは窓から差し込む光に目を細め、脳裏に一人の空想の恋人を描いた。彼女のペン先から、インクが生き物のように滑り出す。
「……街を包む霧が、あなたの足音だけを連れてきてくれたらいいのに。私の心は今、開かれるのを待つ古い本のようです。栞を挟んだままのページを、あなたの指先でめくってほしい……」
「それよ! それだわ!」
ミリエルが机を叩いて絶叫した。書き上げられた手紙は、ミリエルの元気な性格を脱ぎ捨てた、静謐でいてどこか扇情的な名文だった。ミリエルはその便箋を、まるで壊れ物を扱うように両手で捧げ持つ。
「コーデリア、あなたって天才だわ! 読み返すと、自分が本当にこんな綺麗な気持ちを持っているように思えちゃう。……ねえ、もしこれが成功したら、一番にあなたに伝えるわ。世界で一番幸せな報告を届けるって約束する!」
ミリエルの弾けるような笑顔と、友情という名の熱狂。教室の喧騒。コーデリアは自分の紡いだ言葉が友人の勇気に変わっていくのを見て、奇妙でくすぐったい高揚感に包まれていた。
「……うまくいくといいわね、ミリエル」
けれど、夕方の並木道。
アカデミーの難解な教科書を脇に抱え、おしゃべりで遅くなったコーデリアを不機嫌そうに待つリーヴァイの影が見えた瞬間、その高揚感は霧散した。
他人のための愛の言葉はこれほど鮮やかに溢れてくるのに、どうして彼に伝えるための言葉は、「寂しい」の一言さえ喉元でつかえて不格好に濁ってしまうのだろう?




