第八章 ガーディアン
警報音は、短い間隔で繰り返して発せられた。
私は、モニターに映る追跡ベクトルを見て、これは、まずいと思った。
相手は一直線に突っ込んでくるのではなく、こちらの進路変更に合わせて角度を調整している。つまり誘導だ。魚雷に似た挙動だが、通常の魚雷よりも反応が速い。
(接近速度、五十ノット超。推定質量、百キロ以上。金属反射、異常に強い)
艦載AIが淡々と告げた。淡々としているのが、逆に恐怖心を煽る。
私は、操縦桿を握り、深度を変えながら横へ逃げた。しかし相手は追尾を続け、距離を詰めてくる。私は、軽く舌打ちした。深海では速度が命になる。しかしここは氷殻惑星の海だ。周囲の温度が低く、水の粘性が高い。推進効率は、地球海より悪い。逃げ切れる気がしなかった。
「デコイ散布」
私は、まず、音響デコイと、それに続けて、磁気デコイを散布する。こちらより魅力的な標的を演出するデバイスだ。普通の兵器なら、それで目を誤魔化せる。しかし相手は、デコイのすぐそばで軌道を変えた。迷いがない。まるで「デコイ」自体を理解しているようだった。
「くそっ、学習知能型か」
私は、即座にプランを切り替えた。防御用のウルトラキャビテーション・ミサイルを一発だけ発射する。先端に気泡の泡を作って、水中で、超高速の高速機動するタイプだ。
爆発の光が一瞬だけ海を白く染めた。しかし、相手は止まらない。火花にも似た微細な光が散っただけで、突進は続く。相手の外皮は、衝撃波を「逃がす」構造になっているらしい。私は、歯を食いしばった。これは「武器」であり、しかも古い文明の武器だ。
「これで避けるっ!」
距離が十メートルを切る。私は、操縦桿を強く倒し、コープニックを急旋回させた。慣性が身体を引っ張り、腹の奥がふわりと浮く。深度を変え、回転し、相手の突入角をずらす。しか、し相手は追随し、こちらの背後へ回り込もうとした。
ライトに相手の輪郭が映った。
タコ型の機械だ。中心に核のような胴体があり、そこから触手が八本伸びている。触手の先端には吸盤に似た接触パッドが並び、微小な棘が生えている。棘はおそらく、外殻に刺して固定するためのものだ。さらに恐ろしいのは、その動きが生体のように滑らかだという点だった。関節が見えない。触手全体が波を打ち、海流の抵抗を最小化している。
私はその瞬間、初めて「狩られる」感覚を理解した。こちらは、獲物だ。相手は番人であり、捕獲者であり、場合によっては解体者でもある。
次の瞬間、触手が広がり、コープニックに絡みついた。
衝撃は大きくない。むしろ静かだった。だからこそ不気味だった。触手が外殻に貼りつくと、吸盤のようなパッドが真空を作り、強い圧で固定する。機体がじわじわと引かれ、姿勢制御が乱れた。私は即座にドリルを回転させ、触手の一本へ当てた。しかし、切断感がない。刃が滑っている。触手表面が位相をずらしているのか、ドリルの干渉を避けるように、形状が微妙に逃げる。
「超音波ビーム、最大」
私は、近接防御用の超超音波を撃った。水中を媒体として通すギリギリのレベルの暴力的な微細振動のエネルギーで、対象を共振させて破壊する兵器だ。ところが、触手は、ビームの経路に合わせて内部構造を変化させた。振動を受け止めて散らす。こちらの攻撃が効かないだけではない。相手は、どんな攻撃をされているのか分かって対応している。
私は、焦りを押し殺し、冷静に状況を整理した。相手の目的は、即時破壊ではない。そうであれば、このコープニックを捻って爆散させるはずだ。しかし、相手は絡みつき、機体を停止させようとしている。つまり捕獲だ。捕獲して、識別し、必要なら排除する。番人として合理的だ。
ならば、番人の「目」を潰す。
私は、船外ロボットハンドを伸ばし、触手の隙間から、胴体へアクセスした。ライトの反射から、胴体の一部だけが微妙に違う材質をしているのが見えた。そこがセンサー部だろう。私は、量子ドリルを、マニピュレーター経由で作動させるピンセットモードで起動した。
「いけ……!」
マニピュレーターが触れた瞬間に刃が立ち、分子レベルで結合を切り裂く。量子ピンセットがセンサー部へ刺さる。
確かな手応えがあった。次の瞬間、相手の動きが一拍だけ止まり、触手の波が乱れた。
「よしっ! 出るぞ!」
私は、その隙を逃さず、推進器を全開にし、機体を捻るようにして触手から滑り出た。
触手が追ってくる。しかし、さきほどより反応が遅い。視覚か磁気か、主要センサーの一部を潰したのだろう。私は、旋回し、デコイをもう一度散布した。
私は、相手を誘い込み、相手の進路を海底にぶつけるように誘導した。
海底の岩盤が近い。最後の瞬間に急上昇するた。相手は追随しきれず、岩盤に触手が擦れた。金属音が聞こえ、相手の動きがさらに乱れる。
「いくぞ!」
私は、すかさず二発目のキャビテーション弾を撃ち込んだ。今度は外皮の防御が整う前だった。泡がまとわりつき、衝撃波が触手の根元を叩く。
相手は、黒いオイルのようなものを吐き出した。視界が濁る。私はライトを切り、センサーの波長を変え、濁りの中でも輪郭を拾えるモードへ切り替えた。黒い噴出は「煙幕」ではなく、私のセンサーを飽和させるための粒子散布だと分かった。古い番人が、こちらの探知方式まで想定しているのだ。私は、緊張に、頭皮が硬くなるのを感じた。
しかし、相手は撤退を選んだ。触手を丸め、闇へ溶けるように消えた。
私は、ようやく呼吸を整えたが、そこで別の警告が目に入った。
バラストタンクの破損。微小亀裂による圧力漏れ。推進器の片側出力低下。量子ドリルの位相リングに偏摩耗――いずれも致命的ではないが、このまま深海を進めば、帰還が難しくなる。私は、手袋越しに操縦席の縁を握った。
「修理素材がいる。金属沈殿か、遺物の破片か……」
独り言は、密閉された艦内に吸い込まれて消えた。
私は、自分の声が少し震えているのに気づいた。指にも力が入っている。恐怖というよりも、判断の重さが震えになっている。
コープニックを直立歩行形態へ変形させ、海底を歩いて探索する方針に切り替えた。歩けば、推進器の負担を減らせるし、地形の陰に身を隠せる。私は海底へ着地し、足裏の圧力センサーで地面の硬さを測った。硬い堆積層だ。金属沈殿は薄いかもしれない。
そのとき、センサーが別の反応を拾った。
今度は近づく速度が遅い。しかし、迷いがない。こちらへ真っ直ぐ向かってくる。「人型」に近い体積と、尾鰭のような形状の揺らぎが見える。
私は、武装をオンにしながらも、撃つべきか迷った。未知の対象を撃つのは簡単だ。しかし撃った後に取り返しがつかないことも、私は知っている。
私は、ライトを向け、相手の姿を確認した。
暗がりから現れたのは――人魚だった。




