第六章 白い宇宙艇、黒い請求書、そして王子様は不在のまま
……シラトリの艦橋は、戦闘後の独特の静けさに包まれていた。
外では黒い雪がゆっくり散り、ファミリーの残党が完全に無力化され、拘束ドローンにぶら下げられている。
壮絶な戦いの直後だというのに、アーマッドはコーヒーを片手に壁にもたれ、すっかり気楽な雰囲気だった。
「……あんた、命の危険から帰ってきた直後とは思えない態度ね?」
そう声をかけると、アーマッドは目だけをこちらに向け、口元をわずかに上げた。
『辺境で仕事をするなら、このくらい慣れていないとな。いちいちビクついていたら心臓がいくつあっても足りない』
「えらそうなこと言って……結局は、ただの無茶苦茶じゃない」
『ただの無茶苦茶だが、結果は出した』
それは確かにそうだった。
パパは救出され、継母は拘束され、ファミリーの幹部連中はまとめてシラトリ内部の拘束室へ送られた。
あたしはというと、その横でパパの手を握っている。
パパは、まだ寝たままだが、心拍も呼吸も安定していて、医療AIが復帰プロセスを進めている。
時間が経てば目を覚ますだろうと、アーマッドに言われた。
「……ほんとに、ありがとうね。命を救ってくれて、パパも助けてくれて!」
アーマッドは肩をすくめた。
『礼は、言わなくていい。これは仕事だ』
「いや言わせてよ! 仕事でも! あたしの人生二回は救われてんのよ!」
『二回ではない。三回だな。気密スーツが凍りついた時、ファミリーのメカに狙われた時、あと、医療カプセルから出たとき、鳥型マニピュレーターに薬を飲まされて窒息しかけた時、だ』
「最後はあんた関係ないでしょ!」
『あれを放置しておけば死んでいた』
「え? 死ぬの? あの鳥そんな危険物なの? あんたの医療設備怖すぎ!」
アーマッドは、静かに笑った。
『医療とは時に暴力的なものだ。鳥が悪いわけではない』
「いや悪いでしょ。あいつ絶対、性格悪いAIだわよ!」
アーマッドはコーヒーを飲み干し、カップを置いた。
『さて、そろそろ行かなくてはな。辺境は広い。ファミリー以外にも火種はいくらでもある』
「え……帰っちゃうの?」
意図せず、声が震えた。
アーマッドは動じず、マントをひるがえしてエアロックへ向かう。
『ヤボ用ができたんでな、すぐに対応しに行く。ここには、もう俺が必要な仕事はない。おまえと父親がいれば、この星はまた立ち上がれる』
「でも……!」
口が勝手に動く。寂しいとか、もっといてほしいとか、そんな言葉が喉まで出かかった。
アーマッドはエアロックで立ち止まり、振り返った。
黒い雪が船内照明に照らされて煌めく。
『白馬の王子様じゃなくてすまないが――』
軽く笑う。
『俺は救助屋で、冒険者だ。恋に落ちる暇はない。落ちたら、落ちたで面倒だ』
「言い方がハードボイルドすぎるのよ! いいからちょっとくらい足止めされなさいよ!」
『悪いが、俺の性分ではない』
エアロックが開き、船外ハッチへ続く細い通路が展開される。
その先にはシラトリの母艦――軌道上の白い巨影が待っていた。
アーマッドは最後に片手を上げた。
『シラトリは、自動操縦で、私の拠点のバリジット星系まで航行するから、君たちが帰ったら、ちょうどいいときに、AIに合図してくれ。じゃあな。ハッハッハ――』
その笑い声を残して、彼は宇宙へと飛び出していった。
ほんとうに、あっさりと。
アーマッドを収容すると、アル・サファーとかいう名前の母船のエンジンが始動して、あっという間に遠ざかって行った。
シラトリは、自動で降下シークエンスに入った。
「――ああ、もう! あたしの王子様はどこにいるのかしら! あのハードボイルド男じゃ絶対違うし!」
その時、ポケットの中で、兄の渡した薄い金属片が指に当たった。
兄は、GDCの山師で、宇宙を股に掛けて稼いでいる。だから、帰ってきてくれれば、こんな田舎惑星の権力闘争なんて、笑って蹴散らせる……はずだ。
なのに、ここのところ、連絡は途切れがちだった。忙しいのか、それとも、どこかで“厄介な遺跡案件”に踏み込んでいるのか……。
考えていると、突然、シラトリの端末がピコンと音を立てた。
嫌な予感しかしない。
メッセージが表示される。
『【辺境警備サービス請求書】
依頼番号:ALR-99837
作戦名:『ウィッチーズ・ファミリー』摘発・救難支援
請求額:8,900,000 クレジット
支払期日:14日以内
担当:アーマッド・L・ラッシード』
「はああ? 請求書! あたし依頼してない! 無料じゃないの? あれ慈善活動じゃなかったの?」
画面の横に小さく注意書きがあった。
〈※救助対象者の意思に関わらず、現場状況に応じて発生した作業費用は、全額請求いたします〉
「悪徳商法じゃないこれぇぇ!」
そのとき、医療ブロックの奥から、かすかな声が聞こえた。
「……ひ、姫……?」
「パパ!!」
パパが、ゆっくり目を開けた。
あたしは駆け寄り、パパは弱々しく微笑んだ。
「……お前が……助けてくれたのか……?」
「うん……まあ、半分はあたしで、半分はあの変な男で……」
パパは、周囲を見渡し、端末を指さした。
「……請求書……?」
「見ないで! いまは絶対に見ちゃだめ!」
パパは苦笑し、頭を抱えた。
「……鉱山の投資を……増やさなきゃいけないな……。資源価格……今どうなってたかな……。いや、その前に、ファミリー残党の後処理が……」
「なに、変なのにまた騙される気? やめてよパパ、あんた人生で、あたしのママの後、二回も女選び間違ってるのよ?」
「う……それは……耳が痛いな……」
パパが、しょんぼりしたので、あたしはとりあえず尻を軽く蹴っておいた。
「痛っ? おい、娘に蹴られる父親ってどうなんだ……」
「今後、変な女に騙されたらもっと強く蹴るからね!」
パパは、苦笑しながらベッドに横になった。
あたしは、窓に額を押し付けて、ポツリと呟いた。
「……ほんとに行っちゃったわね」
彼は王子様じゃない。白馬でもない。たぶん恋人候補にも向かない。
でも――
「まあ、またどっかで会ったら文句のひとつでも言ってやるわ。請求書の件とか絶対に!」
窓ガラスに写る、あたしの顔が、にやりと笑った。
そう、あたしの物語は、まだまだ続く。
(第一巻、おわり)
ここで、『黒雪姫』パート終わりです。次は、アーマッド視点で別の話にないます。




