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宇宙の冒険者アーマッド 〈先住者〉の謎  作者: 謎村ノン
Vol. I『黒雪姫』長編版

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6/8

第六章 白い宇宙艇、黒い請求書、そして王子様は不在のまま

 ……シラトリの艦橋は、戦闘後の独特の静けさに包まれていた。

 外では黒い雪がゆっくり散り、ファミリーの残党が完全に無力化され、拘束ドローンにぶら下げられている。

 壮絶な戦いの直後だというのに、アーマッドはコーヒーを片手に壁にもたれ、すっかり気楽な雰囲気だった。

「……あんた、命の危険から帰ってきた直後とは思えない態度ね?」

 そう声をかけると、アーマッドは目だけをこちらに向け、口元をわずかに上げた。

『辺境で仕事をするなら、このくらい慣れていないとな。いちいちビクついていたら心臓がいくつあっても足りない』

「えらそうなこと言って……結局は、ただの無茶苦茶じゃない」

『ただの無茶苦茶だが、結果は出した』

 それは確かにそうだった。

 パパは救出され、継母は拘束され、ファミリーの幹部連中はまとめてシラトリ内部の拘束室へ送られた。

 あたしはというと、その横でパパの手を握っている。

 パパは、まだ寝たままだが、心拍も呼吸も安定していて、医療AIが復帰プロセスを進めている。

 時間が経てば目を覚ますだろうと、アーマッドに言われた。

「……ほんとに、ありがとうね。命を救ってくれて、パパも助けてくれて!」

 アーマッドは肩をすくめた。

『礼は、言わなくていい。これは仕事だ』

「いや言わせてよ! 仕事でも! あたしの人生二回は救われてんのよ!」

『二回ではない。三回だな。気密スーツが凍りついた時、ファミリーのメカに狙われた時、あと、医療カプセルから出たとき、鳥型マニピュレーターに薬を飲まされて窒息しかけた時、だ』

「最後はあんた関係ないでしょ!」

『あれを放置しておけば死んでいた』

「え? 死ぬの? あの鳥そんな危険物なの? あんたの医療設備怖すぎ!」

 アーマッドは、静かに笑った。

『医療とは時に暴力的なものだ。鳥が悪いわけではない』

「いや悪いでしょ。あいつ絶対、性格悪いAIだわよ!」

 アーマッドはコーヒーを飲み干し、カップを置いた。

『さて、そろそろ行かなくてはな。辺境は広い。ファミリー以外にも火種はいくらでもある』

「え……帰っちゃうの?」

 意図せず、声が震えた。

 アーマッドは動じず、マントをひるがえしてエアロックへ向かう。

『ヤボ用ができたんでな、すぐに対応しに行く。ここには、もう俺が必要な仕事はない。おまえと父親がいれば、この星はまた立ち上がれる』

「でも……!」

 口が勝手に動く。寂しいとか、もっといてほしいとか、そんな言葉が喉まで出かかった。

 アーマッドはエアロックで立ち止まり、振り返った。

 黒い雪が船内照明に照らされて煌めく。

『白馬の王子様じゃなくてすまないが――』

 軽く笑う。

『俺は救助屋で、冒険者だ。恋に落ちる暇はない。落ちたら、落ちたで面倒だ』

「言い方がハードボイルドすぎるのよ! いいからちょっとくらい足止めされなさいよ!」

『悪いが、俺の性分ではない』

 エアロックが開き、船外ハッチへ続く細い通路が展開される。

 その先にはシラトリの母艦――軌道上の白い巨影が待っていた。

 アーマッドは最後に片手を上げた。

『シラトリは、自動操縦で、私の拠点のバリジット星系まで航行するから、君たちが帰ったら、ちょうどいいときに、AIに合図してくれ。じゃあな。ハッハッハ――』

 その笑い声を残して、彼は宇宙へと飛び出していった。

 ほんとうに、あっさりと。

 アーマッドを収容すると、アル・サファーとかいう名前の母船のエンジンが始動して、あっという間に遠ざかって行った。


 シラトリは、自動で降下シークエンスに入った。

「――ああ、もう! あたしの王子様はどこにいるのかしら! あのハードボイルド男じゃ絶対違うし!」

 その時、ポケットの中で、兄の渡した薄い金属片が指に当たった。

 兄は、GDCの山師で、宇宙を股に掛けて稼いでいる。だから、帰ってきてくれれば、こんな田舎惑星の権力闘争なんて、笑って蹴散らせる……はずだ。

 なのに、ここのところ、連絡は途切れがちだった。忙しいのか、それとも、どこかで“厄介な遺跡案件”に踏み込んでいるのか……。

 考えていると、突然、シラトリの端末がピコンと音を立てた。

 嫌な予感しかしない。

 メッセージが表示される。


『【辺境警備サービス請求書】

 依頼番号:ALR-99837

 作戦名:『ウィッチーズ・ファミリー』摘発・救難支援

 請求額:8,900,000 クレジット

 支払期日:14日以内

 担当:アーマッド・L・ラッシード』


「はああ? 請求書! あたし依頼してない! 無料じゃないの? あれ慈善活動じゃなかったの?」

 画面の横に小さく注意書きがあった。

〈※救助対象者の意思に関わらず、現場状況に応じて発生した作業費用は、全額請求いたします〉

「悪徳商法じゃないこれぇぇ!」

 そのとき、医療ブロックの奥から、かすかな声が聞こえた。

「……ひ、姫……?」

「パパ!!」

 パパが、ゆっくり目を開けた。

 あたしは駆け寄り、パパは弱々しく微笑んだ。

「……お前が……助けてくれたのか……?」

「うん……まあ、半分はあたしで、半分はあの変な男で……」

 パパは、周囲を見渡し、端末を指さした。

「……請求書……?」

「見ないで! いまは絶対に見ちゃだめ!」

 パパは苦笑し、頭を抱えた。

「……鉱山の投資を……増やさなきゃいけないな……。資源価格……今どうなってたかな……。いや、その前に、ファミリー残党の後処理が……」

「なに、変なのにまた騙される気? やめてよパパ、あんた人生で、あたしのママの後、二回も女選び間違ってるのよ?」

「う……それは……耳が痛いな……」

 パパが、しょんぼりしたので、あたしはとりあえず尻を軽く蹴っておいた。

「痛っ? おい、娘に蹴られる父親ってどうなんだ……」

「今後、変な女に騙されたらもっと強く蹴るからね!」

 パパは、苦笑しながらベッドに横になった。

 あたしは、窓に額を押し付けて、ポツリと呟いた。

「……ほんとに行っちゃったわね」

 彼は王子様じゃない。白馬でもない。たぶん恋人候補にも向かない。

 でも――

「まあ、またどっかで会ったら文句のひとつでも言ってやるわ。請求書の件とか絶対に!」

 窓ガラスに写る、あたしの顔が、にやりと笑った。

 そう、あたしの物語は、まだまだ続く。


(第一巻、おわり)

ここで、『黒雪姫』パート終わりです。次は、アーマッド視点で別の話にないます。

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