第五章 医療カプセルと、鳥マニピュレーターの理不尽な介護
戦闘が終わって、あたしは、アーマッドに言った。
「これって、ヒーロー映画みたいね!」
『あいにく俺は、ヒーローじゃない。ただの辺境便利屋だ』
「便利屋ってレベルじゃないわよ!」
ファミリーの部下たちは、地上で大人しく拘束されていた。
そのとき――背後から、黒い影が飛び出してきた。
「危ない!」
あたしが叫んだときには遅かった。
影――さっき森の中で見かけた“奇妙な小動物”が、アーマッドめがけて跳躍していた。
だがアーマッドは冷静だった。一歩だけ横に動き、影を回避する。
その姿勢は、まるで風の流れを読んでいるようで無駄がなかった。
『お嬢さん。あれに当たるほど俺は老いてない』
「いや、かっこつけるとこじゃないでしょそこ!」
シラトリのドローンが同時に飛び出し、その奇妙な小動物をホールドして、どこかへ回収してしまった。
「なんだったの……?」
アーマッドはゆっくりと歩いてきて、あたしの真正面で足を止めた。
黒い雪が彼の肩に落ちるたび、白いコートに点々と黒いシミがついていく。
『さて、お嬢さん。迎えに来た』
「それ、さっきも聞いたわよ? そもそも、あたし別に待ってたわけじゃ……というか、あんた急に登場しすぎなのよ!」
『すまない。だが急いだつもりだ。氷点下で眠っていたお嬢さんを放っておくほど冷たい男じゃない』
「ハードボイルドぶるのやめて!」
そう言った直後――視界がぐらりと揺れた。
「あ……れ……?」
緊張が切れたのか、意識が急速に遠のいた。
アーマッドに、すかさず抱き止められる。
『大丈夫だ。治療する。船に運ぶぞ』
「待って……勝手に……連れてかないでよ……っ」
『連れていかないと死ぬ』
「……それは……困る……」
そこまで呟いて、あたしの意識は真っ暗になった。
――次に目を覚ましたとき、 ぼんやりと視界が白く霞んで、鼻に機械油と消毒液の匂いが漂った。
「ここ……どこ……?」
そう言いかけながら、もう分かっていた。
そう、医療カプセルの中だ。身体は暖かく、内部のゲルが心地よい。
だけど、すぐ近くに“不気味な影”があった。
視界をクリアにすると――鳥の形をしたマニピュレーターが、こちらを覗き込んでいた。
「ちょ、ちょっと!? あんた誰!?」
鳥は一切返事せず、首だけをカクンと傾けた。
それから、鳥は、無言で口元にカプセルごしの薬ノズルを押し付けてくる。
「ちょっと待って待って! 飲むってば! 自分で飲むから押し付けないで!」
鳥は無慈悲にノズルを押し付ける。
完全に“投薬優先・患者の意志は無視”の仕様らしい。
「……ごくっ。ごくっ……。はいはい、飲んだ! 飲みましたから!」
鳥は、満足したのか、ピッと音を鳴らして、カプセル内の背後に下がった。
すると、カプセルが開き、あたしは上体を起こした。
その目の前に、アーマッドが腕を組んで立っていた。
『ようやく起きたな』
「……あんた……」
『命が助かったんだ。文句を言う前に礼を言ってもいい』
「いや礼は言うけど! 礼より先にツッコミが出るのよ!」
彼は微笑を浮かべた。
どこか疲れていて、でも余裕のある笑みだ。
『安心しろ。白馬の王子じゃなくてすまないが――助けに来たのは本気だ』
「だからその台詞やめて! ちょっとカッコいいと思っちゃうでしょ!」
アーマッドは、軽く肩をすくめる。
『お嬢さんは元気だな。なら次は、父親の救出とファミリーの残党掃討だ』
「ちょっと待って、休ませて! 医療カプセル出たてよ! 鳥型マシンに薬ゴリ押しされた直後よ? まだ口の中薬味残ってるんだけど!」
『安心しろ。その薬は苦味ゼロだ』
「味の問題じゃないのよ!」
シラトリの船体が振動し、どこかのエンジンが動き出した音がした。
***
アーマッドの宇宙艇“シラトリ”内部は、意外と質素だった。
もっとこう、銀河の果てを股にかけた冒険者の秘密基地みたいな、怪しげな装甲や爆発物が山積みの部屋を想像していたのに、実際は白を基調にしたクリーンな空間だ。
床は光沢のある素材で、壁はシンプルな収納と計器類だけだ。
「もっとこう……散らかってるんじゃないの? あんたみたいな仕事してるなら」
そう言うと、アーマッドは無表情に近い薄い笑みを浮かべた。
『戦闘艇の中を散らかす奴はプロとは言えない。作業場を汚す職人は信用できないのと同じさ』
「いや、かっこいい理屈で誤魔化された気がするんだけど……」
『誤魔化してない。これは経験則だ。ちなみに、この船は、新造だ』
「なるほど、だから綺麗なのね」
単に、まだ散らかっていなかっただけか、と思った。
***
シラトリは滑らかに上昇し、雲層を抜けて軌道上へ出た。
眼下の惑星は、灰色の雪雲がもやのようになって、まったく地上が見えない。
景色を見下ろしながら、あたしは、ため息をついた。
「なんか、こうやって見ると……この星って、本当に古のタイタンみたいね。見通しがきかないわ」
『そうだな。先が見通せない。『ウィッチーズ・ファミリー』が権力を握っていたせいで、治安が壊滅していた』
「それ、ほぼ、うちの継母のせいじゃん……」
『部分的には、だな』
部分的?
アーマッドは操縦席に座り、画面を操作しながら言った。
『おまえの継母は、ギャングの中でも比較的“小物”だ。しかし、今回の件は、小物を野放しにしていた背後勢力が悪い。その掃除も、俺の仕事だ』
「いや、小物であれだけやられたんだけど? あれで小物? 何が“大物”なのよ?」
『おまえが遭遇する前に、いくつか片付けておいた』
「え? いつ? どこで? なんで教えてくれなかったのよ!」
『戦闘中に、話す暇はなかった。説明していたら、おまえがまた死にかけていた』
「ぐぬ……正論だからムカつく……!」
***
アーマッドがスクリーンに開いた画面には、ファミリーの構成員リストが表示されていた。
継母の顔を見つけて、あたしは思わず睨んだ。
「うわ……ほんと悪人顔ね。鼻からして悪人よ!」
『鼻で悪人判断するのはやめておけ』
「いやでもこの顔よ? どう見ても詐欺師の顔よ!」
『詐欺もしていたな』
「やっぱりかーーー!」
そこへ、画面の一番上に別の顔が表示された。
巨大なサングラス、逆立った金髪、紫のスーツ、胸元がギラギラのチェーンで埋まっている。
見るだけで悪人度100%、むしろデザインしたやつが悪い、って感じの男だ。
「誰これ。悪人のテンプレを全身でやってるんだけど?」
『ファミリーの本部、惑星テロイドの拠点で上位幹部を務める“グリム・バーロック”、今回の黒幕だ』
「名前からして悪そう! どういう育てられ方したらそんな名前になるのよ?」
『知らん。だが彼は危険人物だ。おまえの父親を攻撃したのも、彼の命令だろう』
あたしは、唇を噛んだ。
「……パパ、まだ生きてるのよね?」
『昏睡状態だが生きている。おまえの継母が“マインド・コントロール装置”を仕込んだ痕跡も見つかったが、あれは下手な真似だった。バーロックなら、もっと痕跡を残さずにやるだろう』
「やっぱり黒幕はそいつ……!」
アーマッドは頷いた。
『父親の保護施設はファミリーが包囲していたが、シラトリが数発威嚇射撃を行ったら逃げていった。おまえが気絶している間に、父親はこの船の医療ブロックに移送してある』
「え? いつの間に?」
『気絶していた間だ』
「そりゃそうだけど! じゃあ会えるの?」
『ああ。だがその前に――』
彼は、座席を回し、真っ直ぐあたしの目を見る。
『一つ聞きたいことがある』
「な、何よ……?」
『どうして戦うんだ? おまえが、継母に対抗せずに逃げていれば、もっと安全でいたはずだ』
質問が、妙に真剣だった。
ふざけていない。茶化してもいない――そのまま心にぶつけてくるような問いだった。
あたしは、腕を組んで、ちょっとだけ考えた。
「……だって、この星、パパとあたしの家でしょう?」
彼は、瞬き一つもしない。
「家を乗っ取られて、そのままにしておくような娘じゃないの。『ウィッチーズ・ファミリー』に“負け逃げ”なんて、絶対に、嫌!」
アーマッドは一拍置いてから笑った。それは薄いけど、確かに温かい笑みだった。
『……いい答えだ』
「べ、別に褒められるために言ったんじゃないわよ!? ほんとに!」
『そういう強情なところ、嫌いじゃない』
「なにそれ口説き文句? 反応に困るんだけど!」
『違う。ただの事実だ』
なんなのこの男。
ハードボイルドに軽口混ぜてくるの、ずるい。
……と思っているところで、船内アラートが鳴り響いた。
(警告:『ウィッチーズ・ファミリー』残党、迎撃態勢で接近)
アーマッドは、立ち上がった。
『来たな、残りカスどもが。丁度いい、全部まとめて片付ける』
「え、やばくない? あたし医療カプセル出たてなんだけど?」
『心配ない。おまえは後ろの座席にいろ。俺とシラトリの“お掃除タイム”だ』
「お掃除って言い方!」
だが、彼の口調は一切揺れない。この状況が“日常業務です”と言わんばかりだ。
そのとき、医療ブロックへ続く通路から、微かな呻き声が聞こえた。
「……う……うう……」
「っ! パパ!」
あたしは、反射的に走り出しそうになったが、アーマッドが肩を掴んで止めた。
『落ち着け。医療AIが監視している。安全は確保してある』
「でも……!」
『まずはファミリーの残党を潰す。さもなくば父親もまた狙われる』
言われて悔しいが、正論だった。
あたしは拳を握りしめ、頷いた。
「……わかった。やりなさい。でも終わったらパパのところに行くわよ!」
『もちろんだ。それに――』
彼はにやりと笑った。
『お嬢さんの大事な家族だろう。大事なものは守らないとな』
「……っ!」
変にドキッとしたじゃないの。
やめてよほんと……。
シラトリが旋回し、武装システムが作動する。
すると、アーマッドは、こちらを振り返った。
『白馬の王子じゃなくてすまないが――今は俺が前に出る番だ』
彼は、そう言い残して、戦闘モードの操縦席へ歩いていった。




