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宇宙の冒険者アーマッド 〈先住者〉の謎  作者: 謎村ノン
Vol. IV『宇宙の魔法人形』

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第三十九章 ログの穴、名前の縁、そして席が増える

 ――一段落は、終わりじゃない。次の始まりを折り畳む場所だ

(視点:ナルディア)

 医療区画の白い光は、目に優しくない。

 優しくないのに、ここにいると安心してしまう――安心してしまう自分が怖い。

 ファナークは、安心の顔をした罠が多すぎる。

 美優は、ベッドに横たわっていた。

 横たわっているのに、寝ている感じじゃない。

 目を閉じていても、どこかが起きている。

 機械の身体だから、ってだけじゃない。彼女は、おそらく、意識の置き場所をまだ探しているんだ、と思った。

「……痛い?」

 あたしが聞くと、美優はゆっくり首を振った。

「痛みは……あまりないけれど、変な感覚が残っているわ」

「変な?」

「……引っ張られた感じ。……中身が、椅子ごと動いたみたいな」

 椅子。

 バーロックが言っていた“座席”か、と思った。

 その言葉が、また胸を刺す。

「……ごめん。あたし、間に合わなくて」

 美優は、少しだけ眉を寄せた。

「謝らないで。……ナルディアがいたから、戻れたよ」

 戻れた。

 その言い方が、人間の帰宅みたいで、喉の奥が熱くなる。

 ドアの外で、ぶっきらぼうな声がした。

「泣くな。泣くと説明が長くなる」

 源一郎だ。

 いつもの言い方だが、今日は、それがありがたい。

「泣いてない!」

「目が赤い」

「宇宙の粉塵!」

「ファナークに、粉塵はねえ」

「言い返せないのが腹立つ!」

 アーマッドが、部屋に入ってきた。

 淡々とした表情をしている。

 でも、手にはデータパッドを持っていた。

 淡々に見えて、仕事は増えている。

「ログ解析が終わった」

「早い……」

 口から出たのは、感心じゃなくて、ちょっとした恐怖だった。

 早い仕事は、次の現実を早く連れてくる。

 アーマッドが、パッドを置く。

 投影されたのは、フランケン一家の内部ネットワークの断片だった。

 暗号化の癖、プロトコルの癖、妨害の波形が示される。

 そして、追撃戦で見た“媒介反応”に似た痕跡があった。

「同じだ」

 あたしが言うと、アーマッドは、頷く。

「同じ系統の干渉だ。追撃と誘拐は、繋がっている可能性が非常に高い」

 美優が、小さく呟いた。

「……グラブール人?」

 源一郎が首を振り、ぶっきらぼうに言った。

「グラブールが直で来たとは限らねえ。バーロックが“持ってる”だけで、使ってるのは下の連中だ」

「下って、フランケン一家?」

「そうだ。下部組織だ。雑魚は雑魚なりに働く」

「言い方が、ひどい!」

「ひどくないと、死ぬ」

 嫌いな現実。

 ……でも、現実だ。

 アーマッドが続けた。

「バーロックの精神体離脱の方向も、シラトリのログに残っている。外壁側。そこに、微弱なシャドー・マター反応が残留していた」

「追える?」

「いまは追えない。追うためには、準備がいる」

 準備……準備って言葉は大事だ。

 でも、準備って言葉は“先延ばし”にもなる。

 嫌なバランスだ。

 源一郎がパッドを覗き込み、ぶっきらぼうに言った。

「……これ、識別子が変だな」

「変?」

「名付けの癖が古い。……古いっていうか、地球の古い工学屋の癖がある」

 あたしは眉をひそめた。

「なにそれ。癖で分かるの?」

「分かる。分かるやつには分かる。……この命名規則、俺の家の資料で見た」

 一瞬、部屋の空気が止まった。

「……先祖の話?」

 あたしが言うと、源一郎は短く頷いた。

 ぶっきらぼうなのに、声が少しだけ硬い。

 触れたくない話の硬さだ。

「確定じゃねえ。だが、匂いがする。だから調べるぜ」

「調べるって、どうやって?」

「検索だ。……地球側の古い特許、論文、軍需の型番。引っかかるまで掘る」

 美優が、ゆっくり目を開けた。

 その目が、源一郎を真っ直ぐ見た。

「……わたしの魂の記憶、それと関係ある?」

 源一郎が、一瞬だけ黙った。

 黙ったのは、珍しい。

「……あるかもしれねえ」

 あたしは息を吸った。

 ここで、怖がって止まると負ける。

 怖がったまま進むしかない。

「じゃあ、掘ろう。掘って、全部繋げよう」

 口に出したら、少しだけ身体が落ち着いた。

 アーマッドが淡々と頷く。

「今後の運用を整理する。――美優」

 美優が、小さく身構える。

 その身構えが、少し痛い。

 言葉ひとつで“処理される”経験をした子の身構えだ。

「君は、いまここにいることを望むか?」

 望むか。

 命令じゃない。確認だ。

 アーマッドの面倒の見方は、こういうところに出る。

 美優は、少しだけ目を伏せた。

 そして、あたしを見た。

 あたしは何も言わない。

 言ったら誘導になるから。

 誘導したら、彼女の席がまた奪われる気がする。

 美優は小さく息を吸って、“息を吐くふり”をしてから言った。

「……望みます」

 短い言葉。

 でも、短い言葉ほど重い。

「理由は?」

 アーマッドが訊く。

 美優は、少し考えて、答えた。

「……わたしは、人として、働きたい」

 その言葉で、胸の奥がきゅっと鳴った。

 本人の宣言だ。

 それが嬉しいのに、怖かった。

 働くってことは、戦いに入るってことだから。

 源一郎が、ぶっきらぼうに言った。

「働くなら、ルール守れ。勝手に魔法撃つなよ」

「勝手には、撃ちません」

「撃ちそうだ」

「撃たない、って言っています!」

「口だけで信用できねえ。……訓練する」

 美優が、ほんの少し笑った。

「……先生みたい」

「先生じゃねえ」

「ぶっきらぼうな、先生ね」

「黙れ」

 あたしは、思わず口元が緩んだ。

 こんな状況で笑うなって、自分にツッコミたくなる。

 でも笑えるのは、生きている証拠だ。

 アーマッドが淡々とまとめる。

「GDCとは、条項を更新する。接触は同席。記録は残す。検査は同意が前提。運用はチームが握る」

「首輪の締め具合、こっちで調整ってことね」

 あたしが言うと、アーマッドは否定しなかった。

「盾として使う。首輪にしない」

 言い切った。

 言い切りが、頼もしい。


***


 その夜、シラトリに戻る前に、あたしはホテルの部屋へ一人で戻った。

 ファナークの“ホテル待機”なんて言葉を、もう二度と信用しない。

 廊下は白くて静かで、さっきまでの騒ぎが嘘みたいだった。

 でも静かな場所ほど、耳が余計なものを拾う。

 換気の音、遠くの足音、ドアの電子錠が噛む音がした。

 全部に「誰かいる」と言っている気がして、背中が落ち着かない。


 部屋に入ると、床の上に枕が落ちていた。

 美優が抱えていたやつだ。奪われたときに残された状態のままだ。

 “置いていかれた証拠”みたいで、あのときは見るだけで腹が立った。

 でもいまは違う。

 奪われて、取り返して、まだここに戻って来られた――その証拠でもある。


 枕を拾うと、布が少しだけ温かい気がした。

 気のせいだ。

 でも気のせいに救われることもある。

 宇宙で暮らすと、気のせいを全部否定できなくなる。

 否定しすぎると、心が折れる。

「……持って帰ろ」

 声に出して言ったら、少しだけ胸が落ち着いた。

 小さな“帰る行為”を積むと、人は戻れる。

 大きな戦いより、小さな持ち帰りのほうが効くときがある。悔しいけど。


 廊下へ出ると、壁のどこかに監視の目がある気配がした。

 目を向けても、そこにはただのパネル。

 見えないのに見られている。

 この感覚が嫌いだ。

 でも嫌いでも、いまは“盾”で受け止めるしかない。首輪にしないために。


 シラトリに戻る途中、あたしは何度か立ち止まった。

 後ろを振り返るんじゃなくて、足元を確かめるために。

 走ると転ぶ。転ぶと死ぬ。源一郎の言い方はムカつくけど、現場はたいていムカつくほうが正しい。

 それでも早足で歩いた。

 早足は、あたしの譲歩だ。


***


 シラトリの通路は相変わらず狭い。

 狭いから、すれ違うと肩が触れる。

 触れても、誰も謝らない。

 謝ると距離ができる。距離ができると、また奪われる気がする。

 だから、触れたまま進む。

 こういう距離感が、チームだ。

 コントロールルームに行くと、美優がいた。

「これ、持ってく? 気に入ってたでしょ? 使い捨てられたら、もったいないでしょ?」

 あたしが言うと、美優は少しだけ驚いた顔をして、頷いた。

「……うん」

 源一郎が、ぶっきらぼうに言った。

「席を作る。余計な配線は引くな」

「余計とは、何でしょうか?」

「俺が余計だと思ったら余計だ」

「独裁ね!」

 あたしが言うと、源一郎は面倒そうに鼻を鳴らした。

 でも、工具箱を開ける手は、早かった。

 “席”という言葉を口にしたくせに、結局は配線と固定具と、落ち着く場所の角度を本気で考えている。

 ぶっきらぼうは、たぶんこの人の照れ隠しだ。

 照れ隠しができるくらいには、いまは余裕が残っている。

 それが、ありがたい。


 美優は、コントロールルームの隅で、枕を抱えて立っている。

 さっきまでベッドにいたのに、もう自分の足で立っていた。

 強い、と思った。

 強いのに、目の奥はまだ揺れていた。

 リセットされかけた子の揺れだった。

 “自分が自分である根拠”を探している目だ。

「……わたし、席があるんだ」

 美優は、言った。

 その言い方が、確認みたいで、胸が締まった。

 椅子の席じゃない。

 存在の席。

 ここにいていい、という席。

「ある」

 あたしは、即答した。

 即答しないと、また奪われる気がした。

「勝手に奪わせない」

 言い切って、拳を握った。

 次に奪いに来るなら、次はこっちが先に見つける。

 先に気づいて、先に動いて、先に守る。

 怒りだけじゃなくて、手順で勝つ。

 やり方で勝つ。

 それが、バーロックみたいな“綺麗な理屈の残忍さ”に対する、あたしなりの答えだ。


***


 美優は枕を抱えたまま、小さく頷いた。

 その頷きが、少し遅れて、少しだけ強くなる。

 まるで心が“席”に落ち着いていくみたいに。

 ファナークの白い光は、まだ信用できない。

 GDCの腕章も、まだ信用できない。

 でも――狭い通路のこの距離だけは、いま信じられる。

 肩が触れても謝らない距離。

 怒鳴っても戻ってくる距離。

 そういう場所を、ひとつずつ増やしていけばいい。

 美優は、『チーム・ラシード』の一員として働くことになったのだった。


(了)




後書き:このシリーズは、ここで終了いたします。読了ありがとうございました。近日中に、同じ世界観の別のシリーズを開始します。ある程度書きためてから投稿しますので、しばらく、お時間ください。主人公は、別の人物になりますが、後ほど、アーマッドやナルディアも出てくる予定です。応援宜しくお願いします!


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