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宇宙の冒険者アーマッド 〈先住者〉の謎  作者: 謎村ノン
Vol. IV『宇宙の魔法人形』

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第三十八章 研究所の取引、契約という盾と首輪

 ――紙は嫌い。でも紙がないと守れない。悔しいけど、現実はいつも悔しい

(視点:ナルディア)

 ファナークの廊下は、戦闘の匂いを許さないみたいに白かった。

 白い床。白い壁。白い光。

 さっきまで血も出ない機械を殴っていたのが嘘みたいに、空気が整っている。

 でも、あたしの腕の中には、美優がいる。

 冷たい身体。

 冷たいのに、さっき握り返してきた手。

 その矛盾が“生きてる”証拠で、胸が痛い。

「……医療区画へ」

 アーマッドが、淡々と指示する。

 淡々なのに、歩調は速い。

 速い歩調は感情だ。

 この人は感情を出さない代わりに、速度で出す。

 源一郎は、ぶっきらぼうに言った。

「外装、あとで直す。今は中身だ」

「中身って言うな! 美優は中身じゃ――」

「中身が大事だって意味だ」

「……それなら、許す」

「許すな。お前が許す側じゃねえ!」

「ムカつく!」

 角を曲がった先に、GDC腕章の人間がいた。

 当たり前みたいに――待っていたみたいだ。

 ここは研究ステーション。腕章のヤツがいないほうが不自然だ。

 でも、それが腹立つ。

「技術協力者の状態は、どうですか?」

 職員が淡々と聞いてきた。

 淡々が嫌だ。

 淡々は、ときどき残酷の仮面になる。

「起動は維持している。干渉痕あり。リセット未遂」

 アーマッドが、短く答えた。

 職員の目が一瞬だけ光る。

 興味。

 あるいは、欲、か。

「……ならば、直ちに保全手順に従って――」

「従わない」

 アーマッドが即答した。

 声は低く、突き刺さる調子だった。

「彼女は、チームの保護下だ。接触は、同席のみと決まっている。記録を残す」

 前に交わした密約の条件。

 条件は盾だ。

 でも盾は、持ち方を間違えると首輪になる。

 職員が、眉を寄せた。

「これはファナーク内の重大インシデントです。研究所としては――」

「研究所としての都合は、後回しだ」

 淡々と言い切る。

 淡々が、今日はいちばん頼もしい。

 医療区画の前で、別の人物が現れた。

 白衣を着ている。

 でも、GDCの腕章じゃない。

 ファナークの研究者の偉い人――そんな顔つきの男だった。

「主任研究員、この方達です」

 GDCが、その研究者――主任研究員に向かって言う。

「……君たちが、例のチームか?」

 主任研究員が告げた。

 声が柔らかい……油断を誘うタイプの声色だ。

「技術協力者……いや、“機怪人形”の個体を見せてほしい。保全と解析が必要だ」

「“個体”って言うな」

 あたしが噛みつくと、主任研究員は、少しだけ驚いた顔をした。

 驚いた顔をするのが上手い。

 上手いから信用できない。

「言葉の問題ではない。安全の問題だ。彼女は、グラブール由来の――」

「だからって、奪う理由にならない」

 あたしの声は、熱を含んでいる。

 熱い声は雑になるが、雑になったら負ける。

 分かってるのに、止まらない。

 源一郎が、ぶっきらぼうに割って入った。

「言葉で揉めてる間に、また攫われる。……書類出せ。口じゃねえ」

「書類?」

 主任研究員が目を細めた。

「権限の話だ。お前が“必要”って言うなら、必要の根拠を出せ。ここは研究所だろ。論文じゃなくてもいい。規定でも契約でもいい。紙で出せ」

 ぶっきらぼうなのに、言ってることが正しい。

 それが腹立つ。

 主任研究員が、少しだけ笑った。

「……面白い。整備士が法務を語るのか」

「整備は、締結書や法定基準も読む」

「定義が変!」

 あたしが言うと、源一郎は面倒そうに肩をすくめた。

「現場は、定義を変える」

「現場万能説やめて!」

 アーマッドが、一枚のデータを提示した。

 薄い板みたいな透明端末に、契約条項が表示される。

「彼女は“技術協力者”として登録されている。移管ではない。貸与でもない。協力だ。つまり、身柄は、チームが保持する」

 主任研究員は、画面を読み、眉をひそめた。

 “知らなかった”表情だ。

 でも本当に知らなかったかは、分からない。

 こういう連中は、大体、知ってるふりをするのだ。

「……誰がこんな条項を」

 すると、GDC職員が淡々と応えた。

「GDC内部で合意済みです。緊急時共同対処条項も含まれます」

 共同対処――その言葉が、首輪の音を鳴らす。

 美優が、あたしの腕の中でわずかに動いた。

 瞼が、うっすら開く。

 焦点が合わない目で、あたしを見る。

「……ナル……」

「いる。いるよ。大丈夫!」

 大丈夫じゃないのに、大丈夫って言った。

 でも言わないと、美優が沈むから。

 沈んだら、バーロックの言葉が勝つ気がする。

 主任研究員が言った。

「ならば、協力者としての義務も発生するな。説明、検査、ログ提供が必要だ。拒否権は限定的なはずだ」

 その瞬間、美優が小さく言った。

「……条件を、つけさせてください」

 全員の視線が、美優へ向いた。

 美優は、息を吸った。

 呼吸はしない身体なのに、“息を吸うふり”をするのだ。

 それが人間の仕草で、胸が痛い。

「ムゥ・アルシウムの……安定化手順。……シャドー・マターの扱い……元からある記憶で、知っています」

 主任研究員の目が光った。

 やっぱり欲だった。

 欲を隠せないのが、こいつらの弱さだ、と思った。

「……シャドー・マターによるサイキックの実用利用か?」

 美優が、頷く。

「教えられる。……でも、権利の移管はしない。だから、監視付きで、期限付きで説明する。質問は記録して。……それと」

 美優は、一瞬だけ迷って、でも言い切った。

「精神干渉の検査は、しない。……嫌だから」

 嫌。

 その一言が、ものすごく人間的だった。

 だからこそ、強かった。

 主任研究員は、口を開きかけた。

 でも、アーマッドが先に言った。

「本人の同意がない限り、やらせない」

 GDC職員が、淡々と続けた。

「条項上も同意が必要です。違反すれば、内部監査が入ります」

 内部監査。

 GDC相手に効く数少ない武器――紙の武器だ。

 悔しいけど、頼もしい。

 主任研究員は、一度だけ目を閉じた。

 負けを飲み込む仕草だった。

 でも、開いた目は、完全には負けなていなかった。

 研究者は負けても、次の勝ち方を考える。

 それが怖い。

「……分かった。条件を受ける。だが“共同対処”は必要だ。暴走した場合――」

「暴走って言うな!」

 あたしが噛みつくと、主任研究員は冷静に言った。

「現実の言葉だ」

 嫌いな言葉。でも、確かに、現実だ。

 アーマッドが、言う。

「暴走という言葉は、使わない。緊急時は、共同対処。だが、停止の権限は共有しない。判断は、チームが持つ」

 GDC職員が淡々と補足した。

「緊急時の定義を条項に明記します。行使は記録されます。……口実には、させません」

 口実。

 その言葉だけは、少し信用できた。

 GDCも、全部が敵じゃない。

 でも、全部が味方でもない。

 嫌な現実だ。

 源一郎が、ぶっきらぼうに言った。

「条件は俺が書く。……変な文言入れたら、あとで締め直す」

「締め直すって何!?」

「配線と同じだ」

「配線万能説!」

 美優が、ほんの少しだけ笑った。

 笑うと、胸が軽くなる。

 軽くなるのに、油断はできない。

 油断した瞬間に奪われるって、もう学んだ。

 医療区画の奥へ通される前に、アーマッドが小さく言った。

「ナルディア」

「なに」

「君は、この件を忘れるな。バーロックは逃げた」

 あたしは拳を握った。

「忘れない。絶対に」

 美優が、かすれた声で言う。

「……わたしも」

 その“わたしも”が、嬉しいのに怖い。

 彼女はもう、守られるだけの存在じゃない。

 彼女は自分で、もう戦いの一員に入っている――それは強さで、同時に危うさでもある。

 廊下の白い光の下で、あたしは思った。

 紙は盾になるけど、盾は、ずっと握っていると手が痺れる。

 痺れた手で誰かを守ろうとすると、落とすだろう。

 だから、落とさない。

 落とさせない。

 次は、こっちが先に見つける。

 ――バーロック。

 逃げてもいい。

 でも、逃げ切れると思うな!

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