第三十七章 突入、迷彩殺し、リセット阻止
――派手な登場は嫌い。でも助かるなら文句は後で言う
(視点:ナルディア)
換気口が割れた瞬間、金属片が雨みたいに落ちた。
雨みたいに落ちるのに、音が硬い。
そして、その雨の中心から“重い影”が降ってきた。
床が沈む。
クラブの床が、ほんの少したわんだ。
その“たわみ”だけで分かる。
人間じゃない重さ――人型ロボットだ。
アーマッドが乗っている、あの人型は、アエリミアスを変形させたヤツだ。
『位置確認。対象:美優。脅威:複数。……ナルディア、生存』
胸部スピーカーから、アーマッドの声で、AIが淡々と話した。
淡々のくせに、いまはそれが救いだ。
「遅い!」
あたしが叫ぶと、源一郎の声が下から飛んできた。
「生きてるなら黙れ! 次、来る!」
「助けに来た側が怒られるのって、おかしくない?」
「お前が、怒りすぎなんだよ!」
言い合いしてる暇なんてない。
でも言い合いができるのは、生きている証拠でもある。
悔しいけど、救い。
フランケン一家が一斉に動く。
銃口。
刃物。
スタンガン。
光学迷彩の輪郭が空気に滲んだ。
見えないのにいる。
いるのに、見えない。
「また迷彩かよ!」
あたしが吐き捨てて、バイザーを被った瞬間、アーマッドのロボが腕を振った。
ただ振っただけなのに、見えない相手が壁に叩きつけられた音がした。
音だけで、痛い。
『脅威排除。……源一郎、ログ確保を優先』
慌てて、フランケン一家の人間は、逃げ出した。そのついでに、アーマッドのロボに銃声を浴びせるものもいたが、当然、何もならない。
「了解」
源一郎が、ぶっきらぼうに返して、壁面パネルを剥いだ。
いや、剥いだというより、引きちぎった。
その動作が整備士じゃない。荒事の職人だ。
「シラトリ、照明系統の制御権、こっちに回せ」
『承認。制御権限を一時移譲』
航行AIの声が、遠隔で艦内回線に割り込む。
こんなところでも淡々と仕事するの、腹立つくらい頼もしい。
次の瞬間、クラブの照明が一斉に明滅した。
点灯、消灯、点灯。
周期が乱れる。
ネオンが狂ったみたいに瞬いた。
――迷彩が、乱れた。
光学迷彩は、安定した光で強い。
光が変動すると輪郭が揺れる。
揺れた輪郭が、一瞬だけ“見えた”。もう一体いた!
「見えた!」
あたしが叫ぶと同時に、源一郎の弾が走った。
撃ち方が冷たい。
殺すためじゃなく、止めるための撃ち方。
関節を狙っていた。
動力を落とした。
「アンドロイドめ!」
そして、倒れた相手に端子を差し込む。
「ログ抜く」
ぶっきらぼうに言って、源一郎が、データを吸い上げる。
現場でログ抜き……って、この人、ほんとに何者?
「整備士だよね? 整備士って何?」
「うるせ。口動かすな。足動かせ」
「はい!」
あたしは立ち上がり、二階のガラス部屋へ走ろうとした。
走るな、って言われたのに、走る。
走らないと間に合わない。
「美優!」
ガラス部屋の中で、美優が横たわっている。
目は閉じたままだ。
でも、まつ毛が微かに震えたのが分かった。
その震えが、“そこにいる”証拠で、胸が痛い。
そして――バーロック。
彼はガラスの向こうで、まだ笑っていた。
笑っているのに、指はリセット端末の上。
あたしのレンチでひび割れたガラス越しに、その指が見える。
「君は、本当に、邪魔だね」
バーロックの声がスピーカー越しに響いた。
ガラス部屋の内部通信だ。
つまり、こいつは自分の声さえ管理しているのだ。
「邪魔で結構!」
あたしが叫ぶと、バーロックは穏やかに続けた。
「君が、美優を“人”と呼ぶほど、私は彼女を欲しくなる。……人を演じられる器は、最高の偽装だからね」
「偽装とか言うな!」
「偽装だよ。魂は情報。情報は移せる。移せるなら、身体も替えられる」
穏やかに、語る。
丁寧に語る。
その丁寧さが残忍だ。
そこで、アーマッドのロボが二階へ跳んだ。
床を蹴るだけで、金属の梁が軋む。
ロボは重いのに、動きが滑らかだ。
『ナルディア、下がれ。リセット端末を破壊する』
「破壊って……美優まで危なくない!?」
『破壊対象は端末のみ。精密操作で行う』
精密操作。
この状況で精密操作と言えるのが、アーマッドの怖さだ。
怖いけど、信じる。
源一郎が下から叫ぶ。
「ナルディア! ガラス割って入るな! 罠だ!」
「でも!」
「でもじゃねえ! 入ったら首が飛ぶ!」
「首は飛ばないでしょ?」
「飛ぶ」
「断言しないで!」
バーロックが笑った。
「彼の言う通りだよ。君が入れば、私は喜ぶ。……君の怒りを、もっと近くで見たい」
吐き気がする。
好きとか喜ぶとか、そういう言葉で人の恐怖を弄ぶやつは、ほんとに嫌い。
その瞬間、床の影が揺れた。
輪郭がないのに“立っている”影。
光学迷彩の機械人形が、あたしの背後に回っていた。
「……っ!」
気づいたときには遅い。
手首に冷たいもの。
スタンガンの先端。
――また。
電撃が来る前に、あたしの身体の奥が熱を作った。
ナノマシンが、先に反応したのが分かった。
でも、完全には防げない。
来る。
来たら、また倒れる。
倒れたら、美優が終わる。
「させるか!!」
あたしは、肘を後ろへ叩きつけた。
硬い感触だ。
機械の胸部に当たった。
迷彩が瞬き、輪郭が浮いた瞬間――源一郎の照明変調が追い打ちをかける。
迷彩が乱れる。
乱れた輪郭に、あたしはレンチを叩き込んだ。
金属音。
関節が悲鳴を上げる。
機械人形がよろける。
そのよろけに、アーマッドのロボの一撃が落ちた。
――壁が凹んだ。
『脅威排除』
アーマッドの声。
淡々。
でも、今はその淡々が救い。
次。
リセット。
バーロックの指が、端末に触れる。
触れた瞬間、端末が赤く点滅した。
『RESET SEQUENCE: START』
「やめろ!!」
あたしが叫んだ瞬間、源一郎がぶっきらぼうに言った。
「叫ぶな! 線を切る!」
源一郎が下から、壁面配線を引き抜いた。
ファナークの電源系統を“短絡”させる。
明滅が、完全な暗転に変わる。
真っ暗。
暗いのに、赤い文字だけが浮く。
『RESET』
赤が、目に焼き付く。
『補助電源へ移行』
バーロックの声が暗闇の中で響く。
冷たい。
嬉しそう。
「無駄だ。私はこの部屋だけは、落ちないようにしてある。……君たちは、私の舞台を暗くできない」
その瞬間、アーマッドのロボが動いた。
暗闇の中で、正確にバーロックの端末へ腕を伸ばす。
精密操作。
嘘みたいな精密さだ。
金属の指先が端末を掴んだ。
掴んだ瞬間――バーロックが笑った。
「触るな。呪いが移る」
「呪いとか言うな!」
あたしの叫びと同時に、端末が発光した。
光が走る。
まるで端末が生き物みたいに。
『RESET: 45%』
数字が進んでる。
進んでるのに、止められない。
アーマッドのロボの指が、端末を“壊せない”でいる。
精密すぎて躊躇している?
違う。
壊した瞬間、美優に何かが返る可能性がある。
連動している。
「アーマッドさん! それ、美優と繋がってる!」
『推定:高』
「じゃあ、どうするの!?」
源一郎が、ぶっきらぼうに叫んだ。
「美優側の端子を外す! 座席を切る!」
「座席って言うな!」
「今は、言葉に突っ込むな!」
源一郎の指示に従って、あたしは美優のストレッチャーへ駆け寄った。
駆け寄ると、胸元に小さなポートが見える。
隠されていた端子。
手が震える。
震えたら負ける。
でも震える。
怖いから。
怖いのに、やるしかない。
「美優……ごめん……!」
端子を掴む。
冷たい。
引き抜く。
その瞬間、美優の身体がびくんと跳ねた。
心臓がないはずなのに、心臓が跳ねたみたいに見えた。
『RESET: 46% → 46% …停止』
数字が止まった。
空気が一瞬、止まる。
バーロックの笑い声が、初めて途切れた。
「……なるほど。君たちは賢い」
「賢いって褒めるな! 気持ち悪い!」
アーマッドのロボが、今度は端末を握り潰した。
今度は躊躇しない。
バキ、と鈍い音。
端末が死んだ。
舞台が壊れる。
バーロックは、まだ笑っていた。
笑いを戻した。
笑いで自分を保つやつは、折れそうな証拠だ。
「だが、遅い。私は“器”を壊されても――」
その言葉の途中で、バーロックの身体の輪郭が揺らいだ。
揺らいだというより、“中身”が抜けていく。
器。
器は、ただの殻だった。
バーロックの身体だったものが、崩れ落ちる。生体型のアンドロイドだろう。
『精神体反応』
シラトリの声が、艦内回線越しに淡々と届く。
『高次情報体、離脱を検知。方向:外壁』
バーロックの声が、空気の中から響く。
「私は逃げる。……君たちは守る。守る者は遅い。追う者は速い」
「逃げるな!!」
あたしが叫ぶと、源一郎がぶっきらぼうに吐き捨てた。
「逃げるに決まってんだろ。顔が割れてるやつは、逃げ方だけは上手い」
「そこで冷静に皮肉言うな!」
アーマッドが静かに言った。
『追わない。今は美優を確保する。……ナルディア、状態確認』
「美優は……」
あたしは美優を抱えた。
軽い。
軽いのに、重い。
人を抱える重さじゃない――意識がない、“失いかけた”重さだ。
「呼吸は……いや、呼吸はない。でも反応がある。目が……動いた」
美優の瞼が、わずかに震えた。
震えるだけで、涙が出そうになる。
でも泣く暇はない。
まだ敵の中だ。
源一郎が、ぶっきらぼうに言う。
「撤収。ここ、臭え」
「臭えって! でも同意!」
アーマッドが言った。
『撤収。ログは確保。フランケン一家は無力化するが、根は残る。……バーロックは逃げた。次が来る』
次。
その言葉が嫌なのに、現実だ。
あたしは美優の手を握った。
冷たい。
でも、握り返してきた。
「……美優」
美優の声は、かすれた。
「……ナル……ディア……?」
「そう。ここ。ここにいる。置いていかない」
その瞬間だけ、宇宙の意地悪が少しだけ黙った気がした。




