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宇宙の冒険者アーマッド 〈先住者〉の謎  作者: 謎村ノン
Vol. IV『宇宙の魔法人形』

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第三十三章 星系外縁の追撃戦、火球と帰る光刃

(視点:ナルディア)

 テューロの粉塵が視界から消えても、喉のざらつきは残った。

 船内の空気清浄が回っているのに、気分だけは回復しない。

 超高速モードの後遺症が、あたしの頭の奥でまだぐらぐらしている。

「……うぇ……」

 情けない声が漏れた瞬間、源一郎がぶっきらぼうに言った。

「吐くな。レーダー要員が吐いたら、情報が死ぬ」

「情報の心配の前に人間の心配して!」

「人間は死ぬまで働ける」

「最悪!」

 アーマッドが、淡々と告げる。

「星系外に出るまで油断するな」

「お宝、持ってるからね。気を付けるよ」

 美優は、膝の上で手を握った。

 金属の指がきゅっと鳴る感じ。

 泣けない代わりに、身体で緊張を作っているみたいだと思った。

 主操舵席は、相変わらずアーマッドが座っている。

 でも、今回も、航行は、AIに任せるようだ。

『出航。ランガータ星系外縁へ推進最適化。貨物:ムゥ・アルシウム、安定化確認』

「安定化は、美優がやった」

 あたしが言うと、シラトリはm機械らしく答えた。

『記録しました。担当:美優。危険度:高。備考:未知物質』

「未知物質って言い方、やめて。怖い」

『恐怖は、機能ではありません』

「それが腹立つ!」

 アーマッドが短く言った。

「進め」

『了解』

 シラトリが加速する。

 星系の重力井戸を抜けるために、推進が少しずつ積み上がった。

 その“積み上がり”の手触りが、嫌な予感を育てる。

 レーダーに、微弱な反応が一つ、二つ。

 最初はノイズかと思った。

 でも、ノイズにしては規則的だ。

 規則的なノイズは、敵だ。

「……反応、来る」

 あたしが言うと、源一郎がぶっきらぼうに、即座に返した。

「距離」

「……詰めてる。約二百単位。加速も同じ。こっちの最短を読んでる」

 アーマッドが言った。

「この襲撃のパターンは、グラブールだ」

 その言葉に、空気がさらに硬くなった。

 テューロで受け取ったのは鉱石じゃない――欲の塊だ。

 欲は、必ず追ってくる。

『警告:不明艦影、複数。進路上に出現。高エネルギー反応あり』

 シラトリが、淡々と告げる。

 淡々が嫌だ。淡々は怖い。

「重力磁場バリアー、可変位相シールドモードへ。ステルスだ」

 アーマッドが淡々と告げる。

『了解』

 シラトリの装甲を覆うように、重力磁場バリアーの集積度が変更されて、特殊な可変位相シールドになった。

「ステルス?」

「電磁波、エネルギーが曲げられて素通りする。相手からは、見えない」

 美優に説明した。重力磁場でヒッグス場の位相を操作することで、ナノマテリアルで作った光学迷彩の空間版のような効果が得られる、とアーマッドが言っていた。

「きた!」

 次の瞬間、視界の端で“光”が炸裂した。

 ただの光じゃない。

 丸い火の塊だ。

 宇宙空間で燃えるはずのない火が燃えて、こちらへ落ちてくる。

「……ファイアーボール?」

 あたしが叫ぶと、源一郎が舌打ちした。

「魔法みてえな言い方すんな。……いや、サイキック……魔法だな、これ」

「魔法って認めた!」

 火球が、船の進路に突っ込む。

 シラトリは、回避軌道を取った。

 でも火球は追ってくる。

 ――火球が、追尾しているのだ。

 “投げた”というより、“放った”ものが意思を持っている。

「熱源、追尾! 嘘でしょ!」

『回避します。回避。回避』

 シラトリは、淡々と回避を続ける。

 しかし回避は、燃料を食う。SERという無限動力炉を積んでいるとはいえ、急速な慣性制御を続けると、重力子キャパシターの容量回復が間に合わない。

 回避は、速度を落とす。

 速度が落ちると、距離が詰まる。

 距離が詰まると、次の一撃が当たりそうになる。

「源一郎! 撃てる?」

「撃てる。だが、撃つと、完全に位置が割れる」

「もう割れてる!」

「割れてても、確定させたくねえ」

「贅沢言ってる場合じゃない!」

 源一郎が、ぶっきらぼうに指示を飛ばす。

「シラトリ、迎撃角、三度上げろ。C++カノンを使う。散弾モード。照準は、俺が持つ」

『了解。武器管制:源一郎』

 源一郎の指が走る。

 画面が切り替わった。超光速まで加速可能な、特殊な実体弾を使うのだ。

 砲口が微調整されて、短い音がした。

 ――ドン。

 宇宙では、音はしない。

 でも船体に伝わる振動が、音の代わりに心臓を叩く。

 迎撃弾が火球に当たり、火球が散った。

 散った火が、細い線になって流れる。

 火の花が、宇宙に咲く。

 綺麗なのに、吐き気がする綺麗さだ。

「落ちた! ……いや、散っただけ!」

 散った火が、また集まりそうな動きを見せる。

 くそ。しつこい。

 そして次。

 今度は細い光が飛んできた。

 刃みたいな光。

 一直線じゃない。曲線を描いて――通り過ぎる。

「避けた!」

 そう思った瞬間、光が“戻ってきた”。

「戻る? ブーメラン? 何それ!」

 戻ってくる光刃が、船体の側面をかすめた。

 金属が鳴った。

 鳴るはずのない宇宙で、船が鳴いた。

 外装が焼けた匂いが、換気に混じって鼻を刺した。

「くそっ。可変位相シールドを抜けるのか!」

『外装ダメージ。軽微。警告:再攻撃予測』

 シラトリの声が淡々と追い打ちする。

「淡々と報告しないで! 心が折れる!」

『心は、搭載されていません』

「知ってるよ!」

「敵は、シャドー・マターを兵器化している。空間干渉型の投射だ」

 アーマッドが冷静に言った。

「難しい説明はあとで! いまは死ぬかどうか!」

「死なない。だが、苦しい」

「それ、慰めになってない!」

 火球。

 戻る光刃。

 さらに、火球が二つ、三つ。

 敵艦影は遠いのに、攻撃は近かった。

 距離の概念がずるい。

 宇宙で“魔法”が一番ずるい、と思った。

 レーダーには、艦影が三。

 三の周囲に、小さな点がいくつも浮く。

 ドローンか、投射装置か。

 それが攻撃の“媒介”になってる。

「艦影三! 小型反応多数! 攻撃がそこから飛んでる!」

 あたしが叫ぶと、源一郎が、ぶっきらぼうに言った。

「よし。媒介を潰す」

「潰せる!?」

「潰す。シラトリ、短距離加速。弾幕で掃く」

『了解。推進配分変更。短距離、加速』

「急加速やめて! まだ胃が!」

 言い終わる前に、背中がシートに押し付けられた。

 うぇ。

 身体が遅れてついてくる。

 でも視線はレーダーから離さない。

 離したら死ぬ。

 源一郎の迎撃が走った。

 弾幕。

 小型反応が二つ、三つ消える。

 消えた瞬間、火球の追尾が少しだけ鈍る。

「効いてる!」

「当たり前だ」

「当たり前って言うな!」

 しかし、敵も“当たり前”に学習する。

 火球の軌道が変わった。

 光刃が二枚になった。

 さらに、移動と戻り方がいやらしくなった。

 回避が間に合わない角度を狙ってきた。

「右舷、光刃二枚! 戻る! 戻る!」

 叫んだ瞬間、船が横滑りした。

 シラトリの操舵。

 ギリギリ。

 でも――一枚がかすめた。

 衝撃。

 外装が削れる。

 警告音。

 空気が薄くなる気配。

『外装ダメージ:中。補助隔壁、閉鎖』

「中って何! 中って!」

 源一郎が、ぶっきらぼうに吐き捨てた。

「中は中だ。大は死ぬ。小は無視できる。中は腹立つ」

「分類が雑!」

 美優が、前を見た。

 目が、さっきより暗い。

 でも暗いのは怖がっているからじゃない。

 決めている目だ。

「……ナルディア」

「なに」

「……わたし、できるわ」

 胸がきゅっとなる。

 さっきまで“守られる”側だった子が、いま“守る”顔をしている。

「……めくらましを、かけます」

 アーマッドが即答した。

「許可する。だが、やりすぎるな」

 やりすぎるな。

 その言葉が、すでに“危険な力”の扱いだ。

 美優は、目を閉じた。

 手を、ゆっくり前に出す。

 指先が震えて、震えが止まって、止まった指が“決断”になる。

「……ハイド」

 声は小さい。

 でも、世界が反応した。

 霧が生まれる――いや、宇宙で霧は生まれない。

 なのに、センサー上で“霧”が生まれた。

 熱源が散った。

 反射が乱れた。

 光の屈折が、あり得ない角度で揺れる。

「……なにこれ?」

 あたしが呟くと、源一郎がぶっきらぼうに言った。

「センサーを騙してるな。見えてるものを、信用できなくする」

「それ、怖い!」

「怖いから使うんだろうよ」

『ステルス性能、最大化。美優の干渉と相性が良好です。敵追尾ロック、外れ始めています』

 シラトリが、淡々と告げる。

「相性が良好って、褒め方が機械!」

『事実です』

 敵の火球の追尾が外れて、ふっと軌道を失って、どこかへ散っていく。

 光刃の戻りも、ずれた。

 戻るはずの刃が、空振りして虚空を切る。

「今だ!」

 アーマッドが言う。

「逃げる。星系外縁へ」

『了解。ステルス航行。推進抑制。反射抑制。航路:最短』

「最短って言うと、また読まれる!」

 あたしが叫ぶと、源一郎がぶっきらぼうに言った。

「読ませるな。読ませない形にする」

「それが難しいって言ってる!」

 美優が、もう一度、手を伸ばした。

 今度は“光”が歪む。

 歪むというより、シラトリと宇宙との境界が滲むような気がした。

 船の輪郭が薄くなった――そこにあるのに、そこにないみたいに。

 そして、シラトリが影に滑り込んだ。

 心臓の音が、ばくばくと聞こえた。

 レーダーを見る。

 敵艦影が、こちらを見失ったようだ。

 追跡パターンが乱れていた。

 攻撃が止んだ。

「……逃げた?」

 あたしが息を吐くと、シラトリが淡々と答えた。

『現時点で追尾ロックは解除。敵は再探索中。距離、拡大』

 その言葉が、やっと救いになる。

 美優が、ふっと力を抜いた。

 肩が落ちた。

 金属の身体なのに、疲れ方が人間的だ。

「……大丈夫?」

 あたしが訊くと、美優は小さく頷いた。

「……怖かった。でも……逃げられた」

 源一郎が、ぶっきらぼうに言う。

「よくやった。……だが、二度目は通じねえ」

「褒めてるのに怖いこと言わないで!」

 アーマッドが静かに言った。

「ファナークへ急ぐ。そこで、態勢を立て直す。」

 あたしの胃が、また嫌な予感で沈む。

 でも、いまは生きている。

 美優も、生きている。

 ムゥ・アルシウムも、まだ安定している。

 あたしは、レーダー画面を睨みながら、喉の奥で呟いた。

「……次は、こっちが先に見つける」

 宇宙は、容赦しない。

 だから、こっちも容赦しない。

 ツッコミながらでも、怒りながらでも、生きて進むしかない。

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