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宇宙の冒険者アーマッド 〈先住者〉の謎  作者: 謎村ノン
Vol. IV『宇宙の魔法人形』

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第三十二章 緊急出航、テューロ鉱山、結晶の影

 ――子供は残る。大人は出る。宇宙はそれでも容赦しない

(視点:ナルディア)

 GDCの白い腕章が背後に残ったまま、あたしたちはドックを抜けた。

 ランキスの空は明るいのに、胸の奥がざらついた。

 綺麗に整えたはずの現実の隙間から、また別の現実が覗いてくる予感がする。

 アーマッドが歩きながら、淡々と告げた。

「ムゥ・アルシウムの輸送任務だ。期限が短い」

「短いって、どれくらい?」

 あたしが訊くと、アーマッドは端末の数字を確認して言った。

「四時間」

「四時間? 短いのレベルがおかしい!」

 美優が、小さく息を呑む。

 源一郎は、ぶっきらぼうに鼻を鳴らした。

「半減期が短いってやつだろ。遅れたら“荷物”が“別物”になる」

「別物になる危険物って、言い方だけで最悪!」

 そこで、背後から小さな足音が追いかけてきた。

「待って! 僕も行く!」

 トーマスだ。

 目が真っ直ぐで、息が切れてて、肩が小さく上下している。

 子供のくせに、無理して大人のスピードに合わせて走ってきたんだろう。

 その“背伸び”が、今は痛い。

「今回は、だめだ」

 アーマッドが即答した。

 声は静か。だから、余計に逆らえない。

「でも――」

「だめだ。通常任務に、子供は出せない」

 当たり前なのに、言われると胸が締まる。

 宇宙は、当たり前を簡単に壊すから、当たり前を守る言葉が逆に重く聞こえる。

 トーマスの唇が震えた。

「僕だって……役に立てるのに。墓場でも、戦闘も手伝った」

 源一郎が、ぶっきらぼうに言った。

「役に立つな。ここで生きてろ」

「言い方!」

 あたしが思わずツッコむと、源一郎は、面倒そうに肩をすくめた。

「生きてるやつが一番役に立つ。死んだらゼロだ」

 トーマスが、ぐっと堪えた顔をした。

 泣きそうなのに、泣かなかった。

 その我慢が、子供の我慢で、胸が痛い。

 あたしはトーマスの前にしゃがんだ。

 目線を合わせる。

 こういうときに大人ぶると、余計に子供は傷つく。

「トーマス。今回、残って。お願い」

「……お願いって……ずるい」

「ずるいよ。分かってる。でも、ずるくても頼む」

 トーマスは、唇を噛んで、やっと頷いた。

「……分かった。じゃあ僕、基地で待つ。連絡、絶対して」

「絶対、する」

「こちらからも、定時連絡を入れる」

 アーマッドが、短く言った。

 トーマスは、それで少しだけ救われた顔をした。

 “仕組み”があると子供は安心するのだ

 大人も、同じだけど。

 シラトリの乗り込み口で、トーマスは最後に、美優を見た。

 美優もトーマスを見て、小さく頷いた。

「……帰ってくる」

 美優は、小さく告げた。

 トーマスは、ぎゅっと拳を握った。

「うん。……帰ってきて」

 そのやり取りが、出航前の空気を少しだけ柔らかくした。

 柔らかくしたぶん、これからの硬さが怖い。


***


 艦内に入ると、音が変わった。

 人の街の音じゃなく、船の音だ。

 生き物の呼吸じゃなく、機械の循環音がする。

『シラトリ、緊急出航シークエンスを開始します。承認:アーマッド』

 シラトリのAIの声だった。緊急出航だから、ほとんどAIに任せるんだろう。

「承認」

 アーマッドが、淡々と言った。

 AIが航行しても、最終の責任は人間が持つ。

 アーマッドが“面倒を見る”って、たぶんそういう意味だ。

 面倒を見るって言葉は軽いけど、やってることは首を差し出すことに近い。

 源一郎が、補助席に座り、ぶっきらぼうに端末を叩いた。

「機関、武器系統、チェック。……くそ、またこの配線、癖が悪い」

「癖って何!?」

「癖は、癖だ。言葉の癖みたいなもんだ」

「言葉の癖の例に出すな!」

 あたしは、この間は、トーマスが対応していた係も担当する。

 レーダー、通信、状況把握、雑用全部。

 “その他要員”って、便利な言葉だ。

 便利な言葉は、だいたい胃にくる。

「レーダー、グリーン。外部通信、GDC監視回線、まだついてる……」

「切れる?」

 美優は、前にヴェシルドの月に行ったときのあたしの席に座っている。

 あたしは、舌打ちしたいのを飲み込んだ。

 源一郎が告げる。

「切ると面倒が増える。……増えた面倒は、向こうの口実になる」

「今回は、繋いでおけ。必要なら、こちらから切る」

 アーマッドが淡々と言った。

「“必要なら”って言い方、怖い」

「それが現実だ」

 源一郎が、ぶっきらぼうに言った。

 言い方が嫌いなのに、納得してしまうのが腹立つ。


***


『目的地:ランガータ星系、惑星テューロ。到着予定:六十分以内。通常航行では間に合いません』

 AIが言った。冷静すぎる声が、逆に怖い。

 アーマッドが告げる。

「〈先住者〉リアクターの超高速インフレーション・パルスモードを使う」

 あたしの胃が沈んだ。

 さっきまで少し柔らかかった空気が、一気に硬くなる。

「……それ、例の“内臓が滑る”やつ?」

 源一郎が、ぶっきらぼうに即答する。

「そうだ」

「即答しないで! 否定して!」

「否定できねえ」

 美優が小さく呟いた。

「……空間、膨らませる……?」

『説明:ストライプド・リープ航法の際、υ空間に働きかけるインフレーション・スキッドの間隔を最大限に膨張させ、その位相差を利用して、速度を稼ぎます。人体への影響:重力感覚の乱れ、前庭器官の混乱、吐き気』

 AIが、淡々と追加する。

 やめろ。丁寧に言うな。吐き気は吐き気だ。

「シラトリ、黙って!」

 ……通常、船のAIには、その船と同じ名前が付けられている。だから、このシラトリのAIは、『シラトリ』なのだ。

『黙る機能は、搭載されていません』

「最悪!」

 今回は、前よりシラトリが饒舌になっているように思える。ひょっとしたら、あたしへ遠慮していたのが、学習されてなくなったのか?

「開始」

 ……あたしが考え込む間もなく、アーマッドが淡々と命じた。

『超高速モード、起動。安全拘束、再確認』

 ハーネスが締まった。

 船が息を吸う。

 次の瞬間、世界が伸びた。

 星が線になる前に、視界が“薄い板”みたいに感じられる。

 薄いのに、圧は重い。

 身体が押され、脳が揺れ、胃が置いていかれる。

「っ……うぇ……」

 情けない声が漏れた。

 レーダーの数字が踊る。

 踊るな。お前まで酔うな。

『位相安定。超光速パルス、進行中』

「うえぇ……」

 源一郎が、ぶっきらぼうに言う。

「吐くな。吐いたら掃除回数が増える」

「そこ? 心配の方向性!」

 美優が、こちらを見て、少しだけ眉を寄せた。

「ナルディア……」

「だ……いじょ……ば……ない……」

「うん、知ってる」

「知ってるなら、せめて手を握って!」

 美優が一瞬迷って、でも手を伸ばした。

 冷たい手だった。

 でも、握られると“人”に戻れる気がした。

 身体が“追いついた”と思った瞬間にまた置いていかれる。

 宇宙は、意地悪だ。

 頑張って耐えながらも――ほとんど戻しそうになったところで、突然、圧が抜けた。

 視界が厚みを取り戻した。

 星がまた点になった。

『到着しました。ランガータ星系外縁、テューロ降下軌道へ移行』

 AIの声が、やっと普通に聞こえた。

 普通の声がこんなに嬉しいの、嫌だ。

「……しぬ……」

 あたしが絞り出すと、源一郎がぶっきらぼうに返した。

「死ぬな。レーダー見ろ。仕事しろ」

「仕事の振り方が鬼……」

「鬼でいい。現場だ」

「また……現場万能説……やめて」

 でも、レーダーを見る。

 見ると、少し、落ち着いてきた。

 GDCで入れたナノマシンは、酔い止め機能もあるらしい。

 すっと不快感は消えた。


***


 惑星テューロは、上空から見ただけで疲れている感じの星だった。

 くすんだ茶色の地表には、わずかばかりの薄い雲がかかっている。

 赤道付近に、鉱山の傷跡がいくつも口を開けていた。

 巨大な人工の谷間に灯りが点々とあって、星の皮膚が縫い跡みたいに見えた。

『降下開始。大気薄。粉塵濃度:高』

 シラトリが、大気へ滑り込んだ。

 揺れはあるものの、重力磁場バリアーの流体制御を完璧にしているから、まったく船外にプラズマはできない。マッハでいったらもの凄いスピードなのに――と、あたしは、故郷の星で、最初にアーマッドと出会ったときのことを思いだした。

 でも、粉塵のせいで、視界が茶色に濁った。

 口の中がざらつく気がして、嫌になった。

 シラトリは、急制動をかけると、すっと鉱山基地の搬出用ポートに降りた。


 その鉱山基地は金属の骨組みでできていた。

 足場、パイプ、コンテナがあった。

 せわしなく、無人の鉱山機械が行き交っている。

 通路がつながって、建物に入ると、人は多いのに、皆、顔色が薄かった。

 ここで働くってことは、体力も心も削られるってことだろう。

「GDCの依頼の『チーム・ラシード』だ」

 アーマッドが代表して言うと、すぐにロビー側の部屋に案内された。

「こちらです」

 受領手続きは、異様に早かった。アーマッドが端末をかざしただけで終わった。

 早すぎる。

 でも時間がない。裏を嗅ぐ余裕がない。

 その余裕のなさが、一番の敵かもしれない。

 あたし達がシラトリに戻ると、小さな黒いコンテナが、すぐ搬出されてきた。

 シラトリの格納庫で待機していると、直接、ドローンで係留された。

 すぐハッチを閉めて、コンテナの固定を確認する。

 その遮蔽は、厚かった。

 触れると冷たい。

 冷たいのに、背中が熱くなる気がした。

 嫌な圧を感じる冷たさだった。

「……確かに、感じる」

 美優は、箱の前で立ち止まった。

 目が箱の表面を見ていない。

 中の“影”を見ているように思えた。

「分かるの?」

 あたしが訊くと、美優はゆっくり頷いた。

「……これは、シャドー・マターの結晶です」

 結晶。固まった影の物質――固まった危険――そして、固まった欲。

 源一郎が、ぶっきらぼうに言った。

「詩にすんな。物理的に説明しろ」

「四次元の物理じゃ、拾えないわ」

 美優が珍しく即答した。

 その反抗が、少し嬉しい。

 生きている反抗だ。

 美優は、コンテナに手を当てた。

「……安定化、できる」

「どうやって?」

 あたしは、尋ねた。

「影が、漏れているの。閉じ方が雑ね。漏れ方が荒い。……整えます」

 美優が、目を閉じた。

 息を吸う動作が自然で、胸が少しだけ痛む。

 “高校生だったはずの子”が、宇宙で影を整えている。

 次の瞬間、世界に薄い膜が張ったような気がした。

 密度が変わる感覚だ。

 すると、コンテナ表面に、淡い光る線が走った。

 何かの式みたいにも見える線だった。

 何か、怖い美しさだった。

「……できた」

 美優が、そう言った。

 すると、先程から感じていた嫌な圧が少しだけ引いたように思えた。

 源一郎が、ぶっきらぼうに吐き捨てる。

「……余計なことすんな。だが……効いてる」

「それ、褒めてるの?」

「観察だ」

「観察、万能説!」

 あたしがツッコむと、美優が小さく笑った。

 粉塵の星の中で、笑いがやけに眩しかった。

『積載完了。出航準備。目的地:ロンド星系、宇宙ステーション“ファナーク”』

 AIが告げた。ファナークは、全体が大きな学園都市のようになっている研究用の宇宙ステーションだ。

 時間がない。

 鉱山の空気は重かった。

 重い場所には、欲が沈んでいる。

 欲はだいたい、あとから追ってくる。

 あたしはレーダーを見た。

 上空の反応は――まだ、ない。

 でも、“まだ”が怖い。

 宇宙はいつも、遅れて牙をむく。

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