第三十一章 ステータス画面と、魔法の定義
――数字が出ると人は安心する。だけど数字は、首輪にもなる
ランキスを見おろす軌道エレベーターのドックに帰ってきた。
母船がドックに滑り込むと、待っていたのは整備員と――見たことのある銀河系に宇宙船の腕章を付けた一団だった。
GDCだ。情報が早い。早すぎる。
「うわ、来てる……」
あたしが呟くと、トーマスが、気まずそうに笑った。
「前も来てたよ。“変なもの”が絡むと、すぐ来るんだ。近くの星系に、支社があるからね」
「変なものって……否定できないのが腹立つ」
源一郎が、ぶっきらぼうに吐き捨てる。
「腹立ててる暇があるなら荷下ろし手伝え。あれを、落としたら終わりだ」
「あれって、半壊偵察機のほうね。美優、本人じゃなくて」
「分かってんなら、余計な確認すんな」
相変わらず、口が悪い。
でも手順は正しい。落としたら終わるのは本当だ。
ドック床に固定され、毒性物質が漏れないようにパッキングされた半壊機体――美優が乗っていたガラXFIザBの偵察機は、墓場の冷たさをそのまま連れてきたみたいなジャンクだった。
焦げ、裂け、擦り傷があり、内部配線は露出したままで、表面の氷の結晶が溶けてパックの下に溜まっている。
それをGDC職員が“綺麗な手袋”で触ろうとするのが、妙に気に障る。
「触り方が違うんだよなあ……」
思わず漏れた独り言に、源一郎が即答する。
「違う。あいつらは“壊してもいいもの”として触る。俺らは“壊したら困るもの”として触る」
「言い方が最悪。でも正しいのが、もっと最悪」
アーマッドが、一歩前に出た。
いつも通り淡々としているのに、今日は雰囲気が硬い。交渉の顔だった。
GDC側の責任者が形式的に頭を下げる。
「『チーム・ラシード』、キャプテン・ラシード。回収物の引き渡しを確認します」
「確認してくれ」
アーマッドは、短く言い、機体を示した。
「ガラXFIザBの偵察機。半壊。内部ログは一部抜いたが、詳細解析はそちらが早い」
計測光が機体表面に格子を描き、職員が数字を拾っていく。
その手際の良さが、救いでもあり、嫌でもある。
救いなのは、これで敵の手口が少し見えること。
嫌なのは、同じ手で美優にも触れようとする気配があること。
責任者が“ついで”みたいに言った。
「……なお、搭乗者の件ですが」
あたしの肩が勝手に強張る。
美優。
その名前が、紙の上の処理に変換される瞬間が一番怖い。
「彼女は、チームの保護下にある」
アーマッドの声は変わらない。変わらないから強い。
「理解しています。ですが、社内の倫理委員会と安全保障部が動きます。情報の整理が必要でして」
整理……便利な言葉だ。
整理と言えば、だいたい何でもできる。
源一郎が、ぶっきらぼうに割って入った。
「整理って言って解体する気なら、先に俺を解体しろ」
「源一郎!」
あたしが止める。言い方が物騒すぎる。
責任者は、眉も動かさない。
「誤解です。解体ではありません。――現段階では」
「現段階って言い方が一番、信用できねえ」
源一郎が吐き捨てた。
アーマッドが視線で源一郎を制し、責任者に言った。
「場所を変えよう」
ドックの死角に近い通路へ。
“見られても聞こえない”場所だ。宇宙はそういう場所だけは、やたら用意されている。
あたしは、着いていこうとして、源一郎に襟を掴まれて止められた。
「行くな。顔に出る」
「ひどい!」
「事実だ」
最悪だ。反論しづらいのが最悪……。
低い声で条件が交わされている。
美優は“個体”ではなく“契約対象(技術協力者)”として登録される。
身柄は渡さない。接触は同席のみ。質問は記録する。
精神干渉系の検査は、本人同意なしでは禁止する。
そして、解析ログから“起動鍵”関連が出たら最初に共有する代わりに、緊急時は共同対処――という名の、首輪の影。
紙の上で、縄が結ばれていく。
悔しいのに、必要だ。
拳だけじゃ守れない。
密約が終わり、偵察機は、GDCの貨物機のクレーンで吊られて運ばれていった。
浮かぶ死体……その死体が“研究”になるのだ。
美優は、少し離れた場所から、黙ってそれを見ていた。
表情は読めなかった。
でも指先がわずかに震えているのが分かった。
あたしは、隣に立った。
「見なくていいよ。嫌なら」
美優は、小さく首を振る。
「……見たい。自分が、どこから来たのかを」
「偉い。あたしは目を逸らすタイプだ!」
「ナルディアは、逸らさないで、怒るよね」
「うるさい!」
美優が、ほんの少し笑った。
笑える――それが救いだ。
でも、笑いの奥で、新しい現実が始まっていた。
――監視。
ドックを出るとき、GDCの腕章の職員が二人、自然に後ろへついた。
露骨に張り付かない。
でも消えない。
“いつでも見てる”という距離感。
「……ねえ、あれ、尾行?」
あたしが小声で言うと、トーマスが同じくらい小声で答えた。
「尾行って言うと怒られる。正式には“安全確認”」
「言い換え宇宙の礼儀、ここでも健在」
源一郎が、ぶっきらぼうに言った。
「気にすんな。気にすると負ける」
「気にしないと刺されるでしょ!」
「刺されたら、その時は刺したやつを刺す」
「言い方!」
アーマッドが淡々と歩きながら言う。
「彼らは敵ではない。だが味方でもない」
「一番嫌な分類!」
「しばらくしたら、いなくなるだろう。それまでは、外部からの客として扱う」
美優が、ぽつりと呟いた。
「……わたし、契約対象……なんだよね」
その声が、妙に静かで、妙に重い。
彼女は“紙の上で人間じゃなくなった”感覚を理解している。
理解した上で、飲み込もうとしている。
それがつらかった。
あたしは言った。
「契約対象でも、あんたはあんた。契約は、首輪じゃなくて、いまは盾でしょ」
美優は、少しだけ目を伏せた。
「……盾だって、持ち方を間違えると、刺さるよね?」
「……その通り。だから一緒に持つ!」
美優が、小さく頷いた。
そのとき、彼女の視線が、空中の何かを追った。
「……見える」
「何が?」
美優は、自分の胸元を指す。
「……文字。透明な……」
あたしは、眉をひそめた。
空中に文字?
ふざけてる場合じゃないのに、宇宙は平気でふざけた現実を投げてくる。
「……MP」
美優が言った。
「は? それって、ゲームの魔法ポイント?」
思わず声が出た。
アーマッドが、落ち着いた声で言う。
「シャドー・マターのコンデンサーの容量じゃないか? 自己診断UIが投影されているのだろう」
「自己診断が、MPって表記になるの、誰の趣味?」
源一郎が、ぶっきらぼうに返す。
「趣味じゃねえ。翻訳だ。人間に分かる形に落としてるんだろう。……落としたやつのセンスが悪いだけだ」
「センス悪いとか、言ってる場合じゃない!」
美優は、恐る恐る手を前に出した。
指先が、かすかに震える。
震えられるようになったのが、少し嬉しい。
「……ライト」
次の瞬間、光が生まれた。
熱がないのに、明るい。
目の奥がきゅっと痛む。
「……ほんとに、魔法!」
あたしが呟くと、美優は、苦笑した。
「魔法って言うと軽いわね。でも……他に言い方がない、ね」
「これは、シャドーマターを通常物質のプラズマに変換しているのだろう。実際の見たのは、久しぶりだ」
アーマッドが頷いた。その言い方が現実的で、だからこそ怖かった。
「アクア」
美優が呟くと、空気中の水分が凝結し、細い霧になった。
粒が細かい。制御されてる。
適当に出してない。
美優は“強い”。
アーマッドが淡々と説明する。
「シャドーマターにより水の電子配置を変更して、凝結しやすくしているらしい。密度操作で、局所的に物理定数を揺らしている」
「定数を揺らすって、相変わらず言い方が宇宙的!」
源一郎が、ぶっきらぼうに言う。
「怖いなら扱い間違えるな」
「それはそうだけどさ!」
美優が、あたしを見た。
「……ナルディアも、見える?」
「え?」
「ステータス……」
あたしは、目を凝らした。
最初は、何もなかった。
でも視界の端に“引っかかり”がある。透明なフィルムみたいな感じだ。
そこに、薄い文字が浮かんだ。
――ナルディア
――MP:低〜中
――適性:冷却/遮蔽(?)
「……うそ!」
思わず、言う。
「見えた……。見えたんだけど……人生がゲーム化してるの怖い!」
美優が小さく笑った。
「たぶん、私の能力。これで、パーティー、組めるね」
「組めるね、じゃない! 世界観が壊れる!」
でも、その笑いが途中で止まった。
美優の目が少しだけ暗くなる。
「……これ、武器だよね?」
その言葉で、空気が締まる。
美優は、理解しているようだった。だから、怖がっている。
怖がれるから強い。
あたしは美優の手を見た。金属の手。
でも今は、拳を握っている。
自分の意思で。
「美優」
「なに?」
「怖いなら、怖いって言っていいよ。GDCが見てても、言っていい」
美優は一瞬だけ目を伏せた。
「……GDCが見てるのが、いちばん怖い」
「分かる。あたしもね。あいつらの“安全確認”って言葉が嫌い」
源一郎がぶっきらぼうに言う。
「見てるなら、見せてやれ。お前が壊れねえってことを」
「それ、強がりじゃない?」
「強がりでいい。強がりは生存術だ」
美優が、ふっと息を吐いた。
そして、小さく頷いた。
「……うん。壊れない」
その返事が、前よりずっと強かった。
アーマッドが歩きながら、淡々と次の任務を告げた。
「GDCから、緊急依頼が入った。ムゥ・アルシウムの輸送任務だ」
「え、早っ」
「早い。だから危険だ」
「その理屈、最悪に納得できる……」
美優が小さく呟く。
「……ムゥ・アルシウム……」
「あたしの星のプシー・スレートとは違う種類のエキゾチック物質だね?」
「そうだ。シャドー・マターと関係があると言われている特殊鉱物で、半減期が短い。地球でも、昔、ケム・トレイルと言われて目撃されたのが、それだと言われている」
影が濃い物質。
影が濃い戦争。
影が濃い契約。
あたしは舌打ちして、でも前を向いた。
「よし。じゃあ研修生、今日も働きますか。……ほんと研修って何?」
美優が、少しだけ笑った。
「ナルディア、怒ってる」
「怒ってるよ。だから進む」
源一郎が、ぶっきらぼうに言う。
「進むなら、足元見ろ。宇宙は落とし穴だらけだ」
「それ地面の話じゃなくて人生の話でしょ!」
アーマッドが、少しだけ口元を緩めた。
たぶん、ほんの少しだけ。
そして、GDCの腕章が、まだ後ろにいた。
盾にもなるし、首輪にもなる影が。
それでも――あたしは美優の隣に立った。
首輪があるなら、切り方を覚えればいい。
覚えるまで、あたしがツッコミで踏ん張る。
「ランガータ星系の惑星テューロの鉱山だ。シラトリの高速モードで行く。少し揺れるぞ」
「うぇ~」
アル・サファーの高速モードの揺れを思いだして、少しげんなりした。
しばらくして慣れたけど、シラトリは小さいから、もっと“揺れる”だろう。




