第三十章 源一郎、血縁を疑う
(視点:ナルディア)
――検索は冷たい。結果はもっと冷たい
ランキスへ戻るまでの航行中、源一郎は、ほとんど艦橋にいなかった。
整備室に籠もり、端末と美優のログを叩き続けた。
あたしは時々、飲み物を持って覗きに行った。
覗きに行くたび、怒られた。
「入るな。埃が入る!」
「埃入れないように静かに入ってるでしょ!」
「気配がうるせえ」
「気配って何?」
でも、源一郎は追い出しながらも、端末の画面を隠さなかった。
隠さないのは、たぶん“仲間”扱いの証拠だ。
雑だけど。
画面には、膨大な照合ログ――名前、年号、地域、戸籍相当、移民船名簿、事故記録、行方不明者リストだ。
それらを“白石 美優”で探しても、当然出なかった。
旧世紀の二十世紀の日本なんて、何百年前?って感じで、化石みたいな旧い時代だ。
たぶん、ライフログがデータ化され始めた時代だと思うけど、歴史学者でもなければ、そんなデータ探せない。
いや、データが残ってるほうが奇跡だろう。
「無理じゃない……?」
あたしが言うと、源一郎は、短く言った。
「無理って決めたら、終わりだ」
「そういう根性論、あんまり好きじゃないんだけど」
「根性じゃねえ。手数だ」
源一郎は、手数で殴るタイプだ。
情報を、ひたすら叩く。
叩いて、叩いて、叩いて、割れるまでやる。
「美優、覚えてること言え。細かいほどいい」
源一郎が、ぶっきらぼうに言う。
美優は、何故か、ガラXFIザA/Bのヒ素やその他の毒性物質を使っていないアンドロイドだった。
チェック後、普通に船内を移動させられると分かったので、今は整備室の椅子に座っていた。
彼女は、ぎこちなく手を膝に置いた。
姿勢がよすぎた――機械の姿勢だ。
でも、目だけは人間の不安を現しているように思った。
「……学校の名前……」
美優が目を閉じる。
「……白い校舎……体育館……」
「地名」
「……分からない……」
「制服の色」
「……紺……たぶん……」
「スカートの丈とか知らねえか?」
源一郎の言い方が雑すぎて、あたしは思わずツッコんだ。
「そこ、女の子相手に聞く項目じゃないでしょ!」
「必要なら聞く。必要じゃねえなら切る。今は切る」
美優が小さく笑った。
笑ったあと、眉をひそめる。
「……部活……図書委員……だったかも……」
「よし。図書委員。校内の配置、覚えてるか」
「……図書室……窓際……」
断片が出る。
でも、断片は断片だ。
源一郎は、断片を“検索語”に変換する。
それができるのが、この人の怖さだ。
源一郎は、日本語の古い字体を扱うモードに切り替え、地球文化アーカイブの“復元検索”を走らせた。
ついでに、事故記録の断片検索も行っていた。
“猫”“トラック”“高校生”“行方不明”。
雑すぎて、ヒットが多すぎる。
でも、その中に“似た形”があるかもしれない。
「……出ないな」
源一郎が、吐き捨てた。
出ない。
それはつまり、美優の過去は“記録されていない”か、“記録が消された”か、“別物”か。
どれも、嫌だ。
次に源一郎がやったのは、思い切り別方向の検索だった。
美優のボディ。
材料。
製造思想。
規格。
グラブール系の技術に、人類の意匠が混じっている。
それは誰かが“翻訳”した証拠だ。
「……これ、地球の古い規格に似てる」
源一郎が、ぼそっと言った。
「え?」
あたしが身を乗り出す。
「似てるって、何が?」
「端子の配置。冗長性。……古い医療機器の安全思想に近いな」
医療機器……安全思想。
その言葉が引っかかった。
源一郎は、さらに別のアーカイブを開く。
旧地球の医療規格、人体シミュレーション、義肢、そして“魂の再現”に関する禁忌研究の系譜を調べる。
禁忌研究は、名前を変えて生き残るものだ。
それは、宇宙でも同じだ。
美優が、不安そうに言った。
「……わたし……禁忌……?」
「お前は、成果物だ。罪は作ったやつにある」
源一郎の言い方が珍しく真っ直ぐで、あたしは少し驚いた。
ぶっきらぼうなのに、核心だけは外さない。
そのとき、端末が小さく音を鳴らした。
照合のヒット音だった。いや、ヒットというより、“類似パターン”の警告が出ていた。
源一郎の目が、細くなった。
「……白石」
「え、出たの!?」
「出た。だが、本人じゃねえ。……系譜だ」
画面には、古い古い“移民船”の記録があった。
人類が宇宙に散った最初期の系譜。
そこで、“白石”の名が繰り返し出てくる。
しかも、工学寄り。
医療機器寄り。
安全思想寄り。
源一郎の指が止まった。
止まるのが怖い。
この人が止まるとき、だいたい嫌な真実が出る。
「……源一郎?」
あたしが呼ぶと、源一郎は画面を睨んだまま言った。
「……血縁、かもしれねえ」
その言葉が、整備室の空気を変えた。
「……え?」
美優が声を漏らす。
「血縁って……誰の……?」
源一郎は一度だけ、美優を見た。
その視線が、いつもの“工具を見る目”じゃなかった。
人を見る目だ。
珍しい。
「俺の名字は、お前と同じ“白石”だ。……先祖かもしれねえ」
「先祖……?」
美優の顔が歪む。どうやら、表情を作ることができるようになってきたようだ。
でも、その表情は、嬉しいとか悲しいとか、そういう単純なものではなかった。
怖れが一番強くでているように見えた。
「俺の先祖に……量子コンピュータの研究をして、おかしくなったヤツがいる。高次空間に人間の精神を飛ばせるとか、死んだヤツもそこにいるとか……」
「なに、宗教?」
あたしの言葉に、源一郎は、頷いた。
「ああ。守護霊を超強化して、現世利益を追求するとか何とかでな。そいつの息子が、『教団』から抜けるために、移民船に乗り込んだって話だ。まさか、それに憑いて……」
「……じゃあ……わたし……」
美優の声が震えた。
「……あなたの……家族……?」
「分からねえ」
源一郎が、ぶっきらぼうに言った。
でも、その“分からねえ”には責任がある。
軽く言ってない。
そこが伝わる。
「分からねえが、無関係とも言えねえ。……だから調べる」
源一郎が、端末を叩いた。
さらに深い層へ。
個人情報保護の層、消された記録の層だ。
そこに手を突っ込むのは危険だ。
でも源一郎は、躊躇しない。
ぶっきらぼうな人間は、迷うときほど黙る。
黙らないから、迷ってない。
あたしは、息を吐いた。
「……美優。怖い?」
美優は、ゆっくり頷いた。
「……怖い……。でも……知りたい……」
その“知りたい”が、人間だった。
機械なら、検索結果を待つだけだ。
でも人間は、結果が怖くても、知りたい。
源一郎が、ぼそっと言う。
「……泣けなくても、人間だな」
美優が、驚いた顔をした。
「……今の……慰め……?」
「違う。観察だ」
「観察って言えば何でも許されると思ってる!」
あたしがツッコむと、源一郎は肩をすくめた。
「許されるとは思ってねえ。だが、言う」
ぶっきらぼう。
でも、妙に温かい。
嫌だ、この人。
その夜、美優は艦橋の窓の前に立った。
宇宙を見ている。
黒い海。
あたしは隣に立った。
「……ナルディア」
美優が言った。
「もし、わたしが“誰かのコピー”だったら……どうする?」
その問いは、あたしの胸に刺さる。
答えなんてない。
でも、答えないのはもっと嫌だ。
「コピーでも、本物でも、あんたがいま“ここにいる”のは変わらない」
美優は、小さく笑った。
笑い方が、ちょっとだけ自然になってきた。
「……ナルディアって、そういうこと言うんだね」
「言うよ。あたし、姫だもん」
「姫……?」
「黒雪の姫。……自称、かな」
「自称なのに、堂々としてるわね?」
「うるさい! だって、あたし、植民星の執政官の娘だもん。姫なのは、確かよ」
美優が、少しだけ、肩を揺らした。
泣けない代わりに、笑えるようになってきた。
それは、たぶん、生きるための変化だ。
お分かりかもしれませんが、この作品の設定は、『深淵の宴』のパラレルワールドになります。源一郎の恒星船に乗った祖先は、実は、『深淵の宴』の講義の講師のオジサンです。




