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宇宙の冒険者アーマッド 〈先住者〉の謎  作者: 謎村ノン
Vol. IV『宇宙の魔法人形』

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第二十八章 美優の発見、起動までの試行錯誤

 ――眠り姫は、スイッチひとつで起きない。だいたいそう

 コックピットから“人形”を引き抜く作業は、想像よりずっと地味で、想像よりずっと怖かった。

 宇宙船墓場は、派手な恐怖はない、静寂な空間だった。

 でも、血が出るとか、叫び声が響くとか、そういう分かりやすい怖さじゃなくて、手元のミスが静かに命取りになる怖さがあった。

 酸素の残量、金属粉塵の吸い込み、残圧の逆流、凍結した燃料の解凍、微小デブリの衝突。

 全部が「たぶん大丈夫」と思った瞬間に牙をむく。

「固定、もう一段。ワイヤー増やせ」

 源一郎が、ぶっきらぼうに言った。でも、口調は雑なのに、手の動きは丁寧だ。

 今は、格納庫の中だけど、慣性制御の重力は、最小限にしている。

 だから、ちょっと力を入れたら浮き上がりそうだけど……源一郎は、工具の角度がいつも一定で、無駄な力を入れていないようだから、まったく姿勢が動かない。

 この人の“雑”は声だけで、作業は雑じゃない。

「ドローンで、二箇所、追加します!」

 宇宙服を着てきたトーマスが応じ、ワイヤーが機体に絡み直される。

 半壊戦闘機は、引っ張られて軋んだ。

 その軋み方が嫌だ。骨が折れる音に似ていた。

 アーマッドはあくまで静かに、全体を見ている。

 命令は、少ない。

 少ないのに、的確に刺さり、現場が“分かってる人”の空気になる。

 人形は、地球人が座る感じにはできていないシートに、がっちりと固定されていた。

 固定というより、逃げないように分子ワイヤーで縛られているみたいだった。

 グラブールの技術がどういう思想で作られているのか、そこに最初から答えが出ている気がした。

 道具は、道具として扱われる――そこに人格があろうがなかろうが。

「そのまま引き剝がすな。背骨……いや、フレームが折れる」

 源一郎が言って、配線の束を指差した。

 配線というより、神経みたいだった。

 色が均一で、艶がある。

 人類の配線の“雑多さ”がなく、美しすぎた。

「電源、死んでる?」

 あたしが訊くと、源一郎は、鼻で笑った。

「死んでるなら、ここに座ってねえ。残ってる。問題は“どれが”だ」

 その言い方が嫌だ。

 どれが、って言われると、地雷原みたいに聞こえる。

 源一郎は、端末を繋ぎ、外部給電を試した。

 まずは低電圧で反応を見た。

 反応がなければ電圧を上げた。

 上げすぎたら焼けて……焼けたら終わりだ。

「……反応、ないの?」

 トーマスが、不安そうに言う。

「反応は、ある。表に出てこねえだけだ。ログ拾え」

 源一郎のぶっきらぼうが、現場の緊張を逆に落ち着かせる。

 余計な感情が入っていないからだ。

 でも、あたしの心臓は落ち着かない。

 端末に、断片的な文字列が流れた。

 ――不明

 ――拒否

 ――同期失敗

 ――安全装置

「安全装置……?」

 あたしが言うと、源一郎は短く答えた。

「監禁用のだろ。人形を勝手に起動させない。つまり、鍵がいる」

「鍵って、どこにあるの……?」

「さあな。だから探す」

 探す。

 宇宙船墓場で、鍵探し。

 言葉にすると、最悪のレジャーだ。

 源一郎は、半壊機体の内部へ視線を走らせた。

 コックピットだけじゃない。

 周辺の配線、断線、焼け焦げ、そして“残っている規格品”の形。

 たぶん、この人は“形”を見ている。

 規格が違っても、思想が似ていれば形は似る。

 形が似るなら、迂回できる。

「……この端子、まだ生きてる。そこから回す」

「回すって何を回すの!」

「電源ラインだよ。黙って見てろ。口出すと手が滑る」

「うっ……はい……」

 源一郎が、ハッチの縁に簡易の足場を組んだ。

 狭い場所に身体を押し込み、工具を差し込み、焼けた外装を剝がし、断線したラインをバイパスする。

 その途中で、金属粉が舞った。

 光に当たってキラキラする。

 美しいのに、吸い込んだら肺に刺さりそうだ。

「ちゃんとバイザー閉じてるな?」

 源一郎が、言った。

 あたしは、慌ててバイザーを押さえる。うっかり、ロックを解除しそうになっていた。

「……ありがとう」

「礼は、いらねえ。死なれると邪魔だ」

「そういう言い方!」

「事実だ」

 ぶっきらぼう。ほんとに。

 配線のバイパスが終わり、源一郎が再度給電した。

 今度は、端末に反応が返った。

 ――起動準備

 ――同期要求

 ――外部認証:不明

 ――代替認証:生体情報

「生体情報……? え、人間の?」

 トーマスが声を上げた。

 源一郎が、舌打ちした。

「人間じゃねえ。持ち主のだ。……血か、声か、匂いか。そういう類のヤツだ」

 匂い、という言葉に、あたしの背中がぞわっとした。

 グラブールは、シャドー・マターと呼ばれるエキゾチック物質を操る、特異な能力を持っていると聞いている。

 それは、通常の時空の物理定数を揺らす技術だった。

 つまり、情報の取り方が、人類と違ってもおかしくない。

「どうするの?」

 あたしが訊くと、源一郎は短く言った。

「手はある」

「あるんだ……」

「あるが、荒くなるな」

 荒く……嫌な予感の大賞だ。

 源一郎は、端末を切り替え、別のモードに入れた。

 出力が変わった。

 数字が跳ねた。

 電圧が上がった。

「ちょ、ちょっと、焼けるって!」

「焼けねえ範囲だ。……たぶん」

「たぶん?」

「黙れ。いま集中している」

 源一郎の声が、さらに低くなる。

 本当に集中しているときの声だった。

 あたしは息を止めた。

 端末に、また文字が流れる。

 ――代替認証:物理鍵

 ――存在:検出

 ――座席下:スロット

「座席下……?」

 覗き込んで、ライトを当てる。

 確かに、シートの根元に、カードを差すみたいな幅の細いスロットがある。

「鍵って、これ?」

 あたしが言うと、源一郎が顎で示した。

「周囲を探せ。規格品だ。どっかに落ちてる」

 探す。

 狭いコックピットに舞う粉塵と氷と破片。

 その中で、たった一枚の鍵を見つけるのだ。

「あったよ!」

 トーマスが、先に見つけた。

 割れた小物入れの奥に、黒い薄板があった。表面に細い刻印が刻まれている。

 宇宙服の触覚温度フィードバックによると、触ると冷たかった。

 冷たすぎる……氷みたいに、指の熱を奪った。

「……これ、だと思う」

 トーマスから受け取って差し出す。すると、源一郎は、奪うように受け取った。

「壊すなよ。これは、替えがないからな」

「壊さないよ!」

「信用してねえ」

「そこまで?」

 源一郎は、その薄板をスロットに差し込んだ。

 薄板が吸い込まれ、カチ、と小さな音gした。

 それだけで、空気が変わる。

 人形の胸のあたりが、ほんのり光った。

 金属の皮膚の下に、淡いラインが走った。

 血管じゃないのに、血管みたいだ。

 端末が告げた。

 ――認証:完了

 ――起動:開始

 ――注意:記憶断片:損傷

 源一郎が吐き捨てた。

「……損傷かよ。面倒だ」

「面倒で済ませないで!」

「面倒だ。だから、面倒って言ってる」

 ぶっきらぼうが、今日もぶっきらぼう。

 人形のまぶたが、震えた。

 目が開く前の、ほんの一瞬。

 まるで深い水底から浮上する生き物みたいに、ゆっくりと。

 あたしは、思わず半歩下がった。

 怖かった。

 でも、見たい。見届けたい――自分たちがいま、何を拾ってしまったのか。

 人形の目が、開いた。

 瞳は黒い。

 黒いのに、奥に淡い光がある。

 人間の黒目とは違って、レンズみたいに、情報を集めている感じだった。

「……う……」

 声が漏れた。

 息の音がする。

 息、してるの?

 機械なのに?

 人形は、周囲を見た。

 天井、壁、手。

 自分の手を見て、指を動かして、止めた。

「……え……?」

 その“間”が、人間だった。

 驚き方が、人間のそれだった。

「……ここ、どこ……?」

 AIが、その言葉を、大昔の日本語だと翻訳していた。

 あたしは、喉の奥の乾きを飲み込んで、言った。

「宇宙。宇宙船墓場。……あんた、名前は?」

 その言葉が翻訳されて、宇宙服のスピーカーから出力される。

 その人形は、瞬きをした。

 その瞬きが、妙にゆっくりで、妙に丁寧だった。

「……白石……美優……」

 そこで、彼女の声が一度詰まった。

「……二十世紀の……日本の……高校生……だった、はず……」

 あたしの背中に、冷たい汗が流れた。

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