第二十六章 仮装巡洋艦との交戦
――海賊のふりをする軍艦は、だいたい礼儀正しく殺しにくる。
主砲の――FLストレンジプラズマ砲――〈先住者〉テクノロジーの塊だと、源一郎が言っていた――非常に危険な物質である“ストレンジット”を安定的に閉じ込めたプラズマの弾を放つのだ。
発射は、“光”より先に“影”がきた。
視界が一瞬、暗くなる。
それは眩しさの逆で、眩しさが来る前に、網膜が勝手に身構えるみたいな現象だった。
次の瞬間、光が走った。
宇宙に、音はない。
でも、艦橋には音がある。
船体が受ける反動が、金属の骨を伝わって、低い咆哮として鳴った。
腹の底が揺れた。
心臓が一拍遅れて追いつく。
「……っ!」
あたしは息を飲む。
光線は敵の戦闘機隊を薙いだ。
点が消える。
消える。
消える。
消え方が、容赦がなかった。
戦闘機というより、虫の群れに殺虫灯を当てたみたいな、非対称的な掃討だった。
「戦艦並の兵装って、本当だったんだ……」
源一郎の自慢を聞いたとき、眉唾だと思ったけど――このエネルギーの奔流は、シミュレーションでみた、もっと大きな地球の戦艦の主砲並だと思った。
トーマスも、呟いた。
「うわぁ……僕、戦闘を生で見たの、初めて……」
「黙ってレーダーを見てろ。見惚れると、死ぬ」
源一郎が、ぶっきらぼうに言った。
ぶっきらぼうのくせに、言葉が的確で腹が立った。
「敵、熱源反応。反撃!」
慌てて、トーマスが叫んだ。
粒子ビームだった。
そのビームは、途中で散弾みたいに拡散した。
狙いが雑――に見える。
でも、雑なのは“見せ方”で、実際は逃げ道を潰しているようだ。
「包囲網……?」
トーマスが叫んだ。
「大丈夫だ」
アーマッドは、操縦桿を動かして、アル・サファーを岩塊のベルトへ滑り込ませた。
『予習』してきたところによると、“宇宙船墓場”は戦場跡でデブリも多いし、地球圏のカイパーベルトを密にしたような小惑星が漂う空間だった。
ここに入れば、敵の大砲は撃ちにくい。撃てば、自分の視界がデブリで乱れるのだ。
もちろん、戦闘機も、旋回が制限される。
――だからここへ誘い込むのだ。
アル・サファーは、小惑星の影に潜った。この船は、大きいが俊敏だから、“逃げる”より“潜む”方が似合う。
捕食者の動きだ。
敵の巡洋艦級が、距離を詰めてくる。
スクリーンに映る外観は、海賊艦のように見える。
船体に落書きみたいなマーキングがあり、アンテナが増設され、ツギハギされたような無秩序な外装をしている。
しかし、編隊の“間”が一定だ。熱源分布が、揃いすぎていた。
海賊なら、もっと距離を詰めて獲物を取り合う。なのに、こいつらは――互いの位置を守っている。
「……海賊じゃないな」
あたしが口に出すより先に、源一郎が言った。
「見た目だけ海賊だ。中身は軍艦。嫌な趣味だな」
「どうして分かるの?」
「センサーのログ見ろ。排熱の周期が規則的だ。整備が行き届いてる。海賊がそんな丁寧なことするかよ」
たしかに、推進器の噴射が整いすぎていた。
ぶっきらぼうなくせに、説明はする。
こういうところがムカつく。
優しさの出し方が雑だ。
「仮装巡洋艦か」
アーマッドは、短く言った。
その言葉を聞いた瞬間、あたしの背中が冷えた。
仮装巡洋艦――正式軍が“海賊のふり”をして、責任を曖昧にするための艦だ。
撃っても「海賊だった」と言える。
撃たれても「事故だった」と言える。
政治の道具……つまり、汚い殺し方をする艦だ。
「グラブール人の、ってこと?」
アーマッドが頷く。
「可能性が高い。……ここは人類連邦の影響圏内だ。だが、国境は曖昧だ。曖昧なところに、こういう船が出る」
敵艦が、こちらの影を読むように動いた。
小惑星の陰を“計算して”回り込んできた。
海賊の動きじゃない――軍の教範通りの動きだ。もちろん、GDCは『正規軍』じゃないけど、あたしは、その正規軍「の」テキストも研修した。
そして――通信がきた。
源一郎が、眉を寄せた。
「通信帯域、拾えた。暗号の規格が……海賊の寄せ集め暗号じゃねえ。統一規格だ」
「確定だ」
アーマッドが、吐き捨てる。
その瞬間、敵が一斉射した。
散弾ビームが岩塊帯に突き刺さり、砕けた岩が霧になった。
霧は危険だ。
デブリは、秒速で飛ぶ刃になる。
小さな石でも、重力磁場バリアーがなければ、装甲に穴を開ける。
目に見えない嵐が起きる。
「うわっ……!」
艦橋のバリアーを示すスクリーンが光り、細かい衝突警告音が連続して鳴った。
雨じゃない――死の雹だ。
「装甲鳴きも、出てる」
源一郎が言う。
「え、鳴きってなに!?」
「船が悲鳴上げてるって意味だ。黙れ、今は音が情報になる」
アーマッドが操舵を切った。
アル・サファーが、岩塊の陰から陰へ滑った。
滑るたびに、Gキャンセラーが間に合わず、重力が横から引っ張った。
内臓が遅れて動いた。
吐き気が喉まで上がるが、飲み込んだ。こんなに大きな船なのに、すごいと思った。
敵巡洋艦が二隻、挟撃に入った。
片方が正面、片方が側面だ。
逃げ道を作らないつもりだ。
海賊なら、ここで「降伏しろ」と叫ぶところだろう。身代金が欲しいからだ。
しかし、仮装巡洋艦は違った。
――黙って殺しにくる。
「……うわぁ」
トーマスが呟いた瞬間、アーマッドが言った。
「主砲、再装填。魚雷、準備」
「了解」
「魚雷? ここで?」
あたしが叫ぶと、源一郎が、即答した。
「ここでだ。岩塊帯は、魚雷向きだ。遮蔽物が多いから、誘導が生きる」
「魚雷って……あの、〈先住者〉の大型エネルギーフィールド発生ミサイルだよね?」
出航前に武装をチェックしたときに見た、剣呑そうな円筒形の巨大ミサイルを思いだした。
「C++魚雷だ。軽いくせに、準光速質量効果でエネルギーをため込む。だから怖い」
「怖い魚雷が、一番嫌!」
アル・サファーの腹の奥で、反応炉がエネルギーをチャージし、溜めすぎる前に冷却系が唸った。
熱が船体に滲んだのか、艦橋の空気が、ほんの少し乾いたように思った。
汗が冷たくなる。
これは、単なる戦闘じゃない……船を限界まで使う戦闘だ、と思った。
「反応炉、オーバーヒート気味だ」
源一郎が、ぶっきらぼうに言う。
「気味、って……爆発の前兆じゃないの?」
「爆発する前に冷やす。冷やせないなら、撃って終わらせる」
「終わらせるの対象が怖いんだけど!」
敵艦がさらに近づいてきた。
スクリーン上で、装甲の継ぎ目まで見えそうな距離だ。
こっちの位置を読んでいるのだろう。
いや、読んでいるというより“予測している”のだ。
こちらの回避運動の癖を、計算しているようだ。
その瞬間、アーマッドが短く言った。
「上げる」
アル・サファーが“上”へ動いた。
宇宙で上も下もないのに、あたしの感覚は確かに「上へ跳んだ」と感じた。
重力が一瞬、なくなった。
内臓が軽くなる。
そして次の瞬間、船体が横へねじれる。
「なっ……!」
敵の斜線から外れた。
外れるだけじゃない。次の瞬間、アル・サファーはその射線の内側へ潜り込んでいた。
相手の刃が振り切れた“隙”に、懐へ入る動きだった。
軍艦相手に、喧嘩の作法で殴りに行く。
「主砲、撃て!」
アーマッドの声が落ちる。
落ちた声は、妙に冷たい。その冷たさが、怖さを消してくれる。
源一郎が、ボタンを押した。すると、FLストレンジプラズマ砲の第二射が斉射された。
光が走り、敵艦には当たらなかったものの、敵の護衛戦闘機がまた消えた。
しかし、今度は、消え方が違っていた。
単に消えるのではなく、こちらの“逃げ道”をデブリで塞ぐように焼かれていた。
「……やっぱ、海賊じゃないわ」
あたしが呟くと、源一郎が吐き捨てる。
「だから言っただろ。殺されても、味方が有利になるように立ち回るのが、軍だ」
「その表現、最悪!」
アル・サファーは、更に岩塊の陰に滑り込んだ。
そして陰から、魚雷を放った。
C++魚雷は、発射の瞬間、ただの金属の棺桶みたいに見えた。
でも次の瞬間、棺桶が“考えた”――周囲のデブリの動きを読み、重力の歪みを舐め、敵艦の回避パターンを予測した。
誘導というより、狩りだった。
魚雷は小惑星の陰を使い、敵の死角から浮上した。
「あ……」
トーマスが声を漏らした。
敵巡洋艦が気づいたのか推進器が噴射し、回避した。
軍艦の回避だから、速い。
しかし、魚雷は、その回避を“予測していた”。
船腹に突き刺さる。
爆発は、光よりも“形”で見えた。
船体が内側から膨らみ、裂け、破片が花みたいに広がる。
その花は美しくない。
金属の骨と、燃料の霧と、熱の筋が混ざった、汚い花。
「……撃沈」
トーマスが、震える声で言った。
でも、勝っていない。
残りの敵艦が距離を取る。
距離を取るのが、海賊じゃない。
海賊なら怒って突っ込む。
軍艦は――引いて、状況を整理するのだ。
その時、トーマスが通信ログを再度拾って、顔色を変えた。
「……撤退信号、出てます。統制された……撤退ですよ」
「……やはり海賊ではない、な」
アーマッドが静かに言う。
源一郎が、ふっと息を吐いた。それが安堵なのか苛立ちなのか分からない。
「面倒な相手だったな」
「面倒で済ませないでよ……」
あたしが言うと、源一郎は、ぶっきらぼうに返した。
「面倒が、一番厄介なんだよ!」
敵艦が去り、残ったのはデブリだけだ。
墓場の入口に、さらに死体が増えただけだ。
そして、あたしの胸の奥には、別の冷えが残った。
――人類連邦の影響圏内で、グラブールの正式軍艦が“海賊のふり”をして出入りしている。
それってことは、つまり、ここには「隠したい何か」があるのだ。




