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宇宙の冒険者アーマッド 〈先住者〉の謎  作者: 謎村ノン
Vol. IV『宇宙の魔法人形』

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第二十五章 アルムニナ宙域、墓場の入口

 ――静けさって、宇宙ではだいたい罠

 母船の中は、がらんとしている。

 それが怖い。

 シラトリの船内は、軽い振動と、細かい電子音と、人間の気配が混ざって「生きてる」感じがある。

 でも母船(アル・サファー)は違う。

 鼓動が深い感じがする。

 壁の向こうで反応炉が眠っていて、その眠りが浅くなると、船体が“ふう”と息をするみたいに微振動を返してくる。SER、真空がもつ情報、つまりダークエネルギーを純粋なエネルギーとして取り出せるリアクターだ。

 皆、今は艦橋に集まっていた。

 艦橋――地球人類の大型戦闘艦は、船体から重力磁場バリアーの密度を最大限にできる箇所に突出した区画を、CIC兼コントロールルームにすることが多い。歴史的な経緯から、それが艦橋と呼ばれる。

 艦橋の照明は、格納庫と同じ白さなのに、少し色温度が高い。

 顔が青く見える。

 これは、戦うための照明だ、と直感する。

 現場の人間の肌がどう見えるかより、計器がどう見えるかが優先されている。

 緊張させる仕様だ、と思う。

 でも、緊張を隠すのも、上手い。上手いせいで、余計に怖い。

「ストライプドリープ航法は、高速インフレーション・パルスモードでいく。……揺れるぞ」

「お前さんも知ってるだろうが、ストライプド・リープ航法は、υ空間で、|疑似インフレーション現象インフレーション・スキッドをミリ秒単位でパルス的に起こして、光速を超えた(FTL)移動する。つまり、『高速』モードでパルスの間隔を短くすると、調整が完璧ではなくなる――揺れる、というこった。まあ、高速モードにしても、大した到着時間の差はねえがな」

 源一郎が、ぶっきらぼうに言う。

「揺らさない航法があるなら、そっちを使ってくださいよ!」

 あたしが言うと、源一郎は当然のように返した。

「この船は大きいから、酷くは揺れねえ。それに、停泊すれば、揺れなくなる」

「それは航法じゃない!」

「この船は、元々、軍艦――水雷母艦だ。速い方が似合っている」

 アーマッドが短く割って入る。

「行く」

 それだけで、冗談は終わる。

 トーマスがスロットルを押し込み、空間が薄く引き伸ばされた。

 星が線になった。

 見慣れているはずなのに、母船で見ると、圧が違う。

 視界の奥が“持っていかれる”感じがする。

 胃が、ほんの少し遅れて追いついてくる。

 揺れ。

 いや、正確にいうと、揺れじゃなかった。

 重力の方向が、ほんの一瞬、曖昧になる。空間跳躍(リープ)のパルス駆動が速すぎて、Gキャンセラーが働かないせいだ。

 足裏が床を探して、床のほうも足裏を探しているみたいな感覚だった。

「……嫌い」

 あたしが小さく言うと、源一郎が返す。

「好きなやついねえよ」

 妙に優しい言葉だったので、余計にムカつく。

 優しい言葉を優しく言わないから、ツッコミが追いつかない。


***


 二日をかけて進み、船の揺れに慣れたころに、ストライプド・リープ航法が終了した。

 計器が一斉に現実の数字を示すようになった。

 その瞬間、艦橋の空気が変わった。

 静かすぎた。

 宇宙の静けさは本来、当たり前だ。

 音がないのが標準だ。

 でも、計器が示している静けさが“静かすぎた”。

 通信ノイズがあまりなかった。

 中立宙域なら、商船の微弱ビーコンが散るはずだ。

 辺境でも、ジャンクの反射もある。

 なのに、アルムニナ宙域の入口は――妙に整っていた。

「……おかしいね?」

 現在、レーダー員を担当していた、トーマスが呟いた。

 あたしは、顔を上げた。

「何が?」

「反射が少ないよ。デブリが“掃除されてる”みたい」

 源一郎が、鼻で笑う。

「墓場の入口で掃除? 趣味悪い管理人がいるんだろ」

 アーマッドは、笑わなかった。

 視線が、スクリーンから動かなかった。

「索敵」

 短い命令。

 トーマスは、即座に動いた。

 複数帯域のレーダー、ニュートリノ、重力波センサー、熱源解析、その他を詳細索敵モードにした。

 すると、画面に点が増え始めた。

 増える。

 増える。

 増える。

「……うわ。艦影、多数、います! 機動戦闘機多数、巡洋艦級2、です」

 トーマスの声が一段低くなる。

 あたしは、喉が乾くのを感じた。

 母船の艦橋にいるのに、砂漠みたいに口の中が乾いていく。

「海賊か」

 アーマッドが、呟いた。

「え、いきなり! 歓迎が雑すぎません?」

「歓迎は、だいたい雑だ」

 源一郎が、ぶっきらぼうに言う。

「いや、そこ肯定しないでください!」

 画面に映る艦影は、編隊を組んでいる。

 しかも動きが揃っている。

 海賊なら、“欲”の匂いがすると、GDCのシミュレーションで習った。

 獲物を取り合う焦りとか、隊列の乱れとか……。

 でも、これは……整然としている。

 ――嫌な予感がする。

 アーマッドが言う。

「交戦だ。主砲準備」

 その言葉を聞いたAIが、「了解」の表示を返した。

「問答は? 問答はないんですか?」

「ない」

 源一郎が肩をすくめる。

「ビーコンも呼びかけもない。相手が撃ってくる前提だ。ここは、墓場だぜ?」

「墓場だからって撃っていい理由にならない!」

「宇宙では、なる」

 源一郎が、短く言った。

 その言い方に、あたしは腹が立つより先に、背筋が伸びる。

 “宇宙の常識”は、普通の惑星の倫理より冷たいのだ。

 だからこそ、現場では準備がいる。

 アル・サファーが動いた。

 重いはずの船体が、意外なほど滑らかに、横へ流れた。

 機動というより“ずらす”のだと思った。

 そう、敵の照準線から、ほんの数メートル、ほんの数十メートル、ズレるだけでいいのだ。

 宇宙では、その“ほんの”が生死を分ける。

 艦橋の床が、低い唸りを返した。

 反応炉が目を覚まし、船体の骨格が戦うために固くなる音だ。

 あたしは、ハーネスを握り直した。

 指先が少し冷たい。

 怖い。

 でも、ここで怖がっても、誰も代わってくれない。

 アーマッドが言う。

「撃て!」

 アル・サファーの主砲が、唸った。


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