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宇宙の冒険者アーマッド 〈先住者〉の謎  作者: 謎村ノン
Vol. IV『宇宙の魔法人形』

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第二十四章 母船、アル・サファー

 ――宇宙では、「研修」って言葉ほど信用できないものがない。

 格納庫の照明は、いつも白すぎる。

 白すぎて、工具の影が硬く見えるし、金属の粉が妙に目立つ。

 白い光は、現実だけを選んで浮かび上がらせる。

 それは金属の埃を浮かび上がらせるし、工具の影を硬くするし、なにより「ここは生活の場所じゃない」という現実を、しつこいくらい突きつけてくる。

 でも、あたしは、もう知っている。

 この格納庫の奥で、光が白くても黒く見えるものがあるのを。

 アーマッドが使うスターシップの一つ、『母船』と呼ばれているアル・サファーだ。

 以前、アーマッドが、あたしの星に来たときに、シラトリから見たことがある。

 シラトリと違って、「でかい」「古い」「悪そう」な船だ。

 “初めて見る”わけじゃない。

 あたしは、この船を、出航の前にすでに触っていた。

 触って、汗をかいて、油にまみれて、配線の癖を覚えた。だから、知ってる。知ってるはずだ。

 ――知ってるはずなのに、目の前にあると圧が違う。

 シラトリが細長い影だとしたら、アル・サファーは黒い岩だ。

 船というより艦。

 ただ置いてあるだけで、周囲の音が少し静かになる感じがする。

 巨大なものが、黙って“重さ”を主張している。

 そして、悪そうなのに“ただの悪”じゃない。船体の曲線に、妙な品がある。

 戦争の道具でありながら、誰かが「美しくあれ」と思ってしまった痕跡が、どこかに残っている。

 アル・サファーの腹の下に立つと、空気が少し重くなる。

 気のせい、じゃない。

 船体の磁場と人工重力の残り香みたいなものが、皮膚の内側に押し返してくる。

 それが生き物みたいで、嫌いには、なれない。

 そう、元は富豪の豪華船だという――確かに、整備で中に入ったとき、居住区がやけに良かった。

 軍艦にありがちな“生き延びる最低限”じゃない。

 空調が静かで、ベッドがちゃんとしていて、廊下の角が丸い。

 壁の一部に飾りパネルまで残っていた。

 豪華船の名残が、わざとらしいくらいに生きている。

 ――それが嫌だ。

 快適な軍艦って、長く戦えるってことだから。

 そして豪華船は、戦争に巻き込まれると改造される。

 アル・サファーは水雷母艦になった。

 腹の中の余白が、ラックと射出機構と補給設備に置き換えられた。

 贅沢の余白が、いまは積載能力になっている。

 スクラップ扱いになったのに、捨てるには強すぎる。

 それも、知ってる。

 知ってるのに――目の前にあると、改めて思う。

 これ、本当に軍艦だ。

 あたしが圧を感じる理由は、サイズだけじゃない。

 外装の一部――装甲の質感が、明らかに違う部分がある。

 ――〈先住者〉テクノロジーだ。

 整備のとき、源一郎に「触るな」と言われた箇所。

 触ると、皮膚が嫌な冷たさを覚える。

 金属なのに、生き物みたいに反発してくる感じ。

 あたしは触らなかった。

 触らなかったのに、覚えている。

 怖いから。

 “地球の戦艦とも渡り合える”武装……この言葉も、整備の合間に聞いた。

 聞いたときは、半分は誇張だと思ってた。

 工学屋は、話を盛る。

 源一郎は、盛らないけど、他の人が盛る。

 だから、脳内でちょっとだけ距離を取っていた。

 でも今は、距離が取れない。

 艦の腹の下に立つと、空気が重い。

 磁場、慣性制御の残り香、人工重力の縁。

 皮膚の内側に圧がかかる。

 巨大な生き物の腹の下にいるみたいで、本能が警戒する。

 そのままアル・サファーを眺めていると、源一郎が声をかけてきた。

「普段は、シラトリだけで十分だが。ちょっと遠くへ行ったり、サルベージしたりするときには、こいつを動かす。少し、面倒だ」

 白衣“みたいな”作業着で、袖の焦げと油の匂いが残っている。徹夜のせいか、目の下にクマが薄く残っている。

 あたしが来た頃から、ずっと、この男は“寝ていない顔”をしている気がする。たぶん、それが、通常運転だ。

「面倒って言うわりに、顔がちょっと嬉しそうなんですけど?」

「気のせいだ。勝手に、読心すんな」

「読心じゃなくて観察です。技術屋さんの顔って、だいたい分かりやすいんで」

「うるせえ。荷物、そこ置け。通路を塞ぐな」

 彼は、ぶっきらぼうに、言った。

 でも、こういうぶっきらぼうは、嫌いじゃない。

 とくに源一郎のは、“怒り”じゃなくて“手順”の匂いがするからだ。

 優しく言ってる余裕がない、というより、優しく言う必要がないと思っているタイプだ。

「ところで……ねえ?」

 ぶっきらぼうに返されるのは分かってる。

 でも、聞かないと落ち着かない。

「この武装さ。整備してるときに見た……あれ、いつ積んだの?」

 源一郎の足音が止まる。

「いつ、って聞き方が雑だな」

「雑でいい。経緯が知りたい」

「……手に入れた時点で、もう半分付いてた」

「半分?」

「元の改造で残ってた部分がある。水雷母艦にした連中が、出所不明の部品を混ぜてる。完全な〈先住者〉じゃねえ。だが、中核がそれだ」

 言い方が嫌だ。

 “出所不明”。

 宇宙でいちばん怖い言葉のひとつ。

「……残り半分は?」

 あたしが訊くと、源一郎はぶっきらぼうに言った。

「増設した」

「誰が」

「俺とアーマッド。……正確には、アーマッドが拾ってきた。俺が繋いだ」

「拾ってきたって、どこから」

「船の墓場だよ」

 胃が、嫌な形で縮む。

 墓場。

 今回の行き先。

 点と点が繋がって、線になる。

 線になると、怖さが具体的になる。

「……つまり、武装の“補修”をするために、また墓場に行くってこと?」

 あたしが独り言みたいに言うと、背後から声が返ってきた。

「今回は調査任務だが、ついでに、サルベージもする予定だ」

「肯定じゃん」

 源一郎が鼻を鳴らした。

「現場は肯定と否定の間にある」

「現場万能説やめて!」

 でも、訊いてよかった。

 訊いたら、余計に怖くなった。

 それでも、怖さは“分からない怖さ”よりマシだ。

 分からない怖さは、足を止める。

 格納庫の中心から、アーマッドの声が響いた。

「ナルディア。こっちだ」

 アーマッドが、格納庫の中央から手を上げた。

 いつもと同じ落ち着いた声だ。

 いつもと同じ、背筋がまっすぐな立ち姿をしている。

 なのに、今日はその周りの空気が違う。

 母船を動かす日っていうのは、チームの空気が少し硬くなるんだね。

 さらに、その背後で、忙しなく動いている影があった。

「アーマッドさーん! 航法ログ、更新しました!」

 トーマスが、走ってきた。

 雑用とパイロットと伝令と、たまにクッション役をしている子だ。

 本人は「僕、雑用じゃないからね!」と言うけれど、雑用を一番うまく回してしまう人間は、だいたい雑用の才能があるよね。

「今回は“特別研修”って名目でね、一緒に行けるんです!」

 トーマスが、小声で言う。

 名目、って言い方が、もう名目だった。

「研修って、シラトリで近場の調査じゃなかったの?」

 あたしが言うと、アーマッドは平然と答えた。

「近場だ。二日だ」

「二日が近場? 宇宙の距離感おかしい!」

 二日もかければ――この大きな船だったら速いだろうから、ヘタをしたら、数百光年くらいは進めるはずだ。

「慣れろ」

「慣れたくない!」

 源一郎が、横から何かを投げてきた。ハーネスだ。

「文句言う暇があるなら、そいつ(ハーネス)を締めろ」

「言い方が怖いんですけど!」

「怖がるな。怖がると手が震える。手が震えると――」

「危ない、ですね。はい」

 あたしが先に言うと、源一郎は鼻で笑った。

「分かってんなら、黙ってやれ」

 この人、ほんと口が悪い。

 でも、その口の悪さが、あたしを現場モードに引きずり上げる。

 “可哀想な研修生”にしない、っていう雑な優しさだと、分かってきた。

 アーマッドが、要件だけを簡潔に言った。

「アルムニナ宙域の“宇宙船墓場”へ行くが、今回は、いつものサルベージではない。妙な目撃情報が出た。人類連邦の影響圏内なのに、別勢力が出入りしているらしい。それを調べる」

 あたしの胸の奥が、嫌な熱を帯びる。

 人類連邦の影響圏内……なのに別勢力がいる?

 影響圏にあったとしても、厳密に国境が決まっている訳ではないから、侵犯事件はしょっちゅうおきる。今も、人類は、いろいろな他種族と「やりあって」いる。だから、民間体裁の冒険者がいるのだ。

 つまり、政治の匂いがする。

 政治の匂いがする現場は、だいたい命が軽い。

「この高火力の母船まで動かすってことは……相当、面倒なんだよね?」

「そうだ」

 アーマッドは、それだけ言って、アル・サファーを見上げた。

 その視線が“船”を見ているのに、“仲間”を見ているみたいで、あたしは少しだけ息を止めた。

 アル・サファーのタラップは、いつもより低い音を立てた。

 金属が金属に触れる音なのに、どこか骨っぽい。

 この船は、死体じゃない。

 死体の上に立ってきた生き残りだ。

「乗れ。出るぞ」

 アーマッドの声で、空気が締まる。

 良い寝床がある軍艦って、いちばん嫌だ。

 “長く戦える”ってことだから。

「……ねえ、アーマッド」

 あたしは最後に、もう一つだけ訊いた。

 怖いから。

 知りたいから。

 そして、確かめたいから。

「アル・サファーってさ……地球の戦艦クラスと、本当に渡り合えるの?」

 アーマッドは一瞬だけこちらを見た。

 瞳が静かで、だから怖い。

「渡り合える」

 それだけ。

 余計な説明なし。

 自慢もなし。

 ただの事実みたいに言う。

 その言い方が、いちばん怖い。

 あたしは息を吸った。

 あたしはハーネスを確かめ、タラップに足をかけた。

 ――黒雪の姫は、氷の海を渡る。

 今度の海は、宇宙だ。

 しかも、墓場に向かう海だ。

 しかも行き先は、墓場。

 研修?

 知らない。

 これはもう、現場だ。


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