第二十三章 幕間:出会い、白い船の前で
あたしは、次のミッションに備えて、源一郎と準備をしていた。
夕方のランキスの軌道エレベーターのヤード、シラトリの整備デッキで、あたしは工具を片付けながら何気なく尋ねた。
「で、源一郎さんは、アーマッドさんとどうやって知り合ったんですか?」
そこにいた源一郎は、手を止め、「……はぁ」と深いため息をついた。
「……話すのかよ。面倒くせぇな」
「え、嫌ならいいですよ? 無理しなくても!」
「別に嫌じゃねぇ。ただ、長ぇぞ?」
「長くて大丈夫です!」
あたしは、勢いよく答えた。
源一郎は呆れた顔をしつつ、隅の工具箱を足で押しやり、パイプ椅子にドサリと腰掛けた。
「……じゃあ聞けよ。俺がアーマッドの野郎と出会った時の話だ」
(わっ……なんか始まった!)
***
「俺は“白石”って家の出なんだよ。辺境じゃ、ちょっとは有名だろ? 知ってるか?」
「はい、ちょっとだけ……父が傭兵の依頼をしたことがあります。お武家さん的な……?」
「……まあ、そうだな。はっきり言うと独立傭兵団、つまり『宇宙の武士』だ。形式ばっかの武家の伝統を守って、気に入らねぇことがあれば、プラズマ刀を振り回すような連中だ」
(言い方、ひどっ!)
「俺にもその“伝統芸能”を継がせようとしてさ。“家の船だけに乗れ”“技術は外に出すな”“メカは格式ある物を扱え”って、毎日うるせぇんだよ。俺が描いた新型フレームの設計書を見ても“奇抜すぎる”だの、“家風に合わん”だの」
「うわぁ……」
「だろ? だから、ある朝いきなり家を出た。親父の金庫から、設計用のAIだけ持ってな」
「持ってきたんだ?」
「持ってきたじゃねぇ、元々、俺のだ!」
ぶっきらぼうな口調なのに、そのときだけ目が鋭かった。
(あ、これ本当に家出だったんだ……)
「で、宇宙に出て、“独立メカモデラー”として売り出した。GDCの研修も受けたぞ。あれは……まあ……クソだった」
「はっきり言った!」
「学科試験は余裕だ。でも実技研修になると、船の機構より“チームワークが大事”だの“安全第一”だの……うるせぇことばっか言いやがって。そんなら俺に仕事回してから言えって話だよ」
(そういうところは源一郎さんらしい……)
「ま、俺の研修話はその程度でいい。問題は――あいつだ。アーマッドのほうだ」
源一郎は、少しだけ視線を上げ、遠くを見るように言った。
「アーマッドは、最初から普通じゃなかった。ルッテルドルフの〈先住者〉研究所にいたらしいが――」
「え……研究者さんだったんですか?」
「そうだ。しかも、上の連中から“将来有望”とされてたらしい」
(え、ええ……なんで、今こんな冒険者やってるの……?)
「だがな、研究所ってのは“枠の中にいるやつ”だけ可愛がるんだ。“未知に手を伸ばすやつ”は、怖がられて煙たがられる。アーマッドは……まあ、あの性格だ。従うわけがねぇ」
「……分かる気がする……」
「教授に“規定外の議論をするな”って叱られた日、その日のうちに辞めたらしい」
「即日?」
「即日だ。翌日には研究者のお登録消して、その翌週には――」
源一郎は、少し笑った。
「親の遺産で、ここランキスに、ヤードを買った」
「買った?」
「あいつは普通じゃねぇんだよ。金の使い方も、行動力も」
そう言う源一郎の声は、どこか呆れと尊敬が混ざっていた。
***
源一郎は、懐かしそうに鼻で笑った。
「で……最初にアーマッドが乗ってた船がな。『アンダーソン号』ってレンタルの、それはもう、ボッロボロのスターシップだ」
「そんなに……?」
「外装は、コーティング全部剥げてるし、推進機は逆噴射するし、冷却系は常に悲鳴を上げてた。俺が初めて見たときなんか――」
源一郎は、手で円を描く。
「操縦席の横で火花が舞ってたんだよ」
「えぇぇぇぇぇ?」
「そんで、アーマッドは言うんだ。“これは味がある”ってな」
「価値観どうなってるの?」
「知らん。あいつは壊れた物ほど、愛着沸くんだとよ」
源一郎は、パイプ椅子の上で脚を組み換えた。
「アンダーソン号は戦闘で、あっさり爆散したらしい。なんとか、ビーコンで拾ってもらって、ヤツは生還したがな。この広い宇宙で、奇跡みてえな確率だよ」
あたしは、ごくりと唾を飲んだ。
「……でも、な。アンダーソン号が壊れたからこそ、あいつは“新しい船を手に入れるしかなかった”んだ。――アル・サファーって名前のスクラップだ」
「スクラップ?」
「壊された船の代わりを、地球人類連邦軍に要求したんだよ。書類でぶん殴ってな。で、特例で、徴用されて大破した水雷母艦のスクラップを手に入れた」
「アル・サファーって、元々、軍艦だったんですか? ……すごい武装だとは思いましたが」
「ああ。元々、破産した富豪が建造した豪華船だったが、異星人、グラブール人との国境紛争に対応するため、辺境法で徴用されたんだ。アーマッドも、そこに雇われ傭兵で参加してたのさ。辺境警備ライセンスを取るために。実戦経験が必要だからな」
「はあ……」
戦争にも参加していた……あの肝の座り方は、そういうところからくるのか、と感心した。
「アル・サファーは……地獄だった。ただのスクラップじゃねぇ。〈先住者〉技術があちこちに混ざった、“化け物”の残骸だった。アーマッドが、自分で見つけた他の〈先住者〉のスクラップと混ぜて、再生しようとして、失敗してたんだぜ」
「化け物……?」
「自己修復金属は暴走するし、構造材は跳ねるし、船殻の中に入ったら迷子になるレベルで空間がぐちゃぐちゃだった」
源一郎は、腕を組み、その頃の混沌を思い出したのか苦笑した。
「アーマッドはな……そういうの見ると、喜ぶんだよ」
「喜ぶの?」
「おう。“未知だ!”ってな。俺が“面倒くせぇ”って叫んでる横で、あいつは嬉々としてノートにメモしてた。マジで性格終わってるぜ」
(アーマッドさん……根っこが研究者なんだ……!)
「でもよ。あいつが“こうしたい”って描いたイメージは――間違っていなかった」
「間違ってなかった……?」
「アル・サファーは動いた。地獄みたいな作業の末に、あのスクラップが、“船”に戻ったんだ」
その瞬間の光景を思い出したのか、源一郎は目を細めた。
「……あれは、ちょっと感動したな」
(ちょっと……? もっと感動してくださいよ!)
***
「で……アル・サファーが動くようになった頃、アーマッドは冒険で稼ぎまくって、ついに言い出したんだ」
源一郎は、アーマッドの真似をして、胸を張った。
「『源一郎。新造船が欲しい』ってな」
「は、はい……!」
「俺は、最初断った。“金はあるのか”“工廠に出せる素材が揃ってるのか”って」
「ない、って言われませんでした?」
「いや、全部揃えていた」
「揃えてたんだ!」
「本当にな。あいつは、時々理不尽なほど行動が早い」
源一郎は、工具箱から設計用のパッドを取り出した。源一郎が少し操作すると、そこには、白い船体の初期モデリングが表示された。
「これを見せてきてな。“これが、依頼する船だ”って」
「わぁ……白い……!」
「白は俺の姓“白石”の色だ。“鳥”は、あいつが勝手にくっつけた」
「……どうして鳥なんです?」
「言ってたぞ。“これでお前もモデラーとして羽ばたけるだろう”ってな」
「うわ~~~アーマッドさんっぽい!」
「そうか?」
「はい! めっちゃっぽいです!」
「……そうか」
源一郎は、照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「それで名前が『シラトリ』。由来は白石の鳥。あいつなりの……まあ、応援だ」
(アーマッドさん……めっちゃいい人なんですけど! 普段の口調からは想像つかない……!)
そして、二人は前を向いた。整備デッキの照明がふっと揺れ、遠くでトーマスの笑い声が聞こえた。
(この巻、終了)




