第二十二章 因果な仕事と、新しい墓場 ― そして研修生活は続く
整備区画に移動すると、源一郎がアエリミアスの点検をしていた。
「お疲れ様です、源一郎さん……」
「……あぁ。疲れたわ」
ぶっきらぼうなのに、今日だけは声に疲労が滲んでいた。
「さっきの敵、相当強かったんですよね……?」
「まあな。“殴り返せる相手”だったから良かったが。反物質兵器みたいな奴だったら詰んでた」
「怖っ! 源一郎さん、脅さないでくださいよ!」
「事実を言ってるだけだ」
彼は、肩を竦めた。
「でも新人、よく踏ん張ってたじゃねぇか」
「そ、そうですか……?」
「あの状況で逃げずにいた奴は珍しい。新人はたいてい船の中で泣いてる」
「泣いてる前提なんですか?」
「泣くのは悪いことじゃねぇよ」
「急に優しいですね? 源一郎さんどうしたんですか!」
「優しくねぇわ」
ぶっきらぼうのまま優しいって何。
この人の優しさ、分かりづらすぎる。
すると、そこにトーマスが顔を出した。
「ねぇ、ナルディアさん、さっき録画見たけど、ずーっと叫んでたよね?」
「言うなーーー!」
「いや、むしろ褒めてるんだ。あれだけ騒げるの、メンタル強いって証拠だからさ」
「褒められてるような褒められてないような!」
あたしの心は今日も忙しい。
***
整備をしている源一郎とトーマスを見ていると、アーマッドが静かに近づいてきた。
「――ナルディア」
「はい?」
「今日、お前はよくやった」
「え……」
「理不尽も、危険も、わけの分からない機械も……全部ちゃんと“見て”、逃げずに立っていた。それは冒険者にとって大事な資質だ」
「……ありがとうございます……」
胸がじんと熱くなった。
「自信を持て。お前は、必ず強くなる」
その言葉が、今日一日の疲れを全て癒してくれるようだった。
部屋に戻ると、疲労が一気に押し寄せた。
けれど、ベッドに倒れ込む前に、あたしは窓の向こうに広がる、ランキスの光を見つめた。
(バーロック……ランコロウ……ガラXFIザA……地球企業……冒険者……)
今日一日で、あたしの世界は五回くらい裏返った。
でも――
(それでも……あたし、もっと知りたい)
怖さより、好奇心と悔しさが膨らんでいく。
父の惑星のの問題も、冒険者の世界も、“知らない”で済ませたくない。
(次は、逃げない)
小さく拳を握ったとき、通信端末が震えた。
***
次の日、朝食を取りにダイニングルームに行くと、アーマッドがもう起きていて、にこにこ話しかけてきた。
「まぁ、今回は、結果的には悪い話ばかりじゃなかった」
アーマッドが、端末を軽く掲げた。
「あ、おはようございます。……どういう意味ですか?」
「ロマノリから“特別クレジット”は、きっちり奪った。あと――」
アーマッドの声がわずかに低くなる。
「GDC本部に“見返り”として、今後の遺跡発見時の『チーム・ラシード』独占探索権も認めさせた」
「…………えっ、それって……?」
「そういうことだ。書類で殴られたら、書類で殴り返すだけだ」
「物騒な哲学ーーっ!!?」
でも、胸の奥がじん……と熱くなった。
「……アーマッドさんって、資料じゃもっと“荒っぽい人”っぽい雰囲気でしたけど……意外と……頭脳派なんですね……」
「意外は余計だ」
「いや、だって……!」
「まあ、アーマッドは、こういう交渉ごと得意だからな」
食堂で食事を取っていた源一郎が、感心したように言う。
「ただ武器振り回すだけの冒険者じゃねぇよ、うちのキャプテンは」
「武器、振り回してませんよアーマッドさんは!」
「振り回してもいいぞ?」
「やめてください! 今この状況でその冗談やめて!」
返すツッコミにも、なぜか少し笑いが混じっていた。
(ああ……この人たち、本当に頼もしいな……)
あたしは少し胸が弾んだ。
ここであたしの研修が“続いていく”んだと思うと、理由もなくワクワクした。
「さて、朝食を取ったら、すぐ次の仕事に出るぞ」
アーマッドが振り返る。
「すぐ!?」
「冒険者に休暇はない。次の依頼が来ている」
「ブラック?」
しかしアーマッドはすでに次の画面を開いた。
>【GDC依頼】
>アルムニナ宙域――“宇宙船墓場”調査任務
「……宇宙船墓場……?」
その名前を聞いた瞬間、背筋が寒くなった。
「何それこわい! 絶対こわいやつでしょ! “墓場”ってつけちゃダメなやつでしょ?」
「静かでいいところだぞ。異星人の戦争遺跡だ。地球のカイパーベルトの濃いヤツみたいなところで戦っていた跡だから、程度の良い戦利品が多い」
アーマッドはサラッと言う。
「でも、静かって、死んでるだけでは? 不穏?」
一緒に食事を取っていたトーマスも、ケタケタ笑っていた。
「やー、僕けっこう好きだけどね、あそこ。僕もつれて行ってもらったことあるけど、船がいっぱい浮いてて、宝探しみたいでワクワクする」
「ポジティブすぎる! 無理無理! あたしには、ホラーにしか見えない!」
「今回は、源一郎と組ませる」
「え? 源一郎さんと?」
「悪かったな」
源一郎が、食べ終えたトレイを回収用シュートに運びながら、告げる。
「だが、お前の“危険察知”は悪くねぇ。墓場は、そういう直感がないと死ぬ」
「死ぬって言った! 今さらっと“死ぬ”って言いましたよね?」
「死にはしねぇよ。気をつけりゃ」
「語尾で軽くしないで! 怖さ残ってる!」
でも、不思議と心の奥がざわつく。
(怖いけど……また行きたい……かも)
なんで、そんなこと思ったのか自分でも分からない。
でも、あのヴェシルドの月の谷で感じた、“未知に触れる瞬間”をまた味わいたい――そんな気持ちがあった。
あたしは、ダイニングルームの窓から外を見た。
星々が瞬き、軌道エレベーターのリングの外縁を横切る貨物艇の光跡が走った。
(怖いことばっかりだし、分からないことだらけ。でも……)
胸の奥がふわっと熱くなった。
(それでも、前に進みたい)
あたしは拳を小さく握りしめる。
「――よし。あたしの研修生活、まだまだ続くんだし!」
そう呟いた声は、不思議と、未来を照らしていた。
次の宙域へ。
次の星へ。
次の未知へ――まだまだ、冒険は終わらない。




