第二十一章 帰還 ―― 優男ロマノリと、冒険者の裏側
ヴェシルドの月の薄暗い地平線が遠ざかっていく。
シラトリのエンジン音は相変わらず静かで、“スイーッ”と、上品に宇宙へ浮き上がった。
(はぁ……帰ってきた。生きて帰れた……!)
座席に深く沈み込みながら、あたしは、疲労と達成感を噛みしめていた。
「そういえば」
副操縦席から、源一郎が振り返った。
「バーロックのやつ、完全に逃げてたな」
「……ああ」
アーマッドの声が、少し低くなる。
「……バーロック」
あたしは、小さく呟いた。以前、アーマッドから名前を聞いて、写真を見た。
ウィッチーズ・ファミリーの幹部にして、辺境で名前の売れた“黒い噂の権化”だ。
そして今日――ほんの遠目だったけど、その男の姿を、あたしは確かに見た。
「正直……写真より威圧感ありました……」
「そりゃそうだ。写真は加工で消される情報が多いからな」
アーマッドが、淡々と言う。
「加工? そんな怖い情報消す必要があるんですか!?」
「お前、暴力団の幹部の写真が“本物そのまま”で出回ると思うか? しかも、あいつは、アンドロイドだった」
「確かに!」
妙に、納得した。
「でも、バーロックがいたってことは……これ、普通の任務じゃなかったんじゃ……?」
「普通じゃない」
アーマッドは、はっきり言った。
「先住者遺物が動いた時点で、普通ではない。さらにバーロックと地球企業が先回りしている――誰かが情報を流した可能性が高い」
「うわぁぁぁ……」
あたしは、頭を抱えた。
この銀河はやっぱり油断ならない。
船内に静かな時間が流れる。
アーマッドがぽつりと言った。
「……よくやったな、ナルディア」
「へっ!?」
「今日のは“研修”にしては重すぎたが……お前、踏ん張った。パニックにならずに、ちゃんと状況を見ていたな」
「そ、それは……まぁ……叫んでただけの気もしますけど……」
「叫ぶのは、大事だ」
源一郎が、言った。
「危険を正しく怖がる奴は、生き残りやすい」
「珍しくいいこと言いますね、源一郎さん」
「うるせぇ」
ぶっきらぼうなのに、なんだか照れ隠しのようにも見えた。
あたしは深く息を吐き、窓の外にひろがる星々を見つめた。
(――もっと強くなりたいな)
今日だけで、世界が一気に広がった。
そして同時に、自分がいかに何も知らなかったかも痛感した。
「アーマッドさん。これからあたし……頑張りますから」
「期待しているぞ」
穏やかにそう言うアーマッドの横顔は、まるで“冒険の地図”みたいに頼もしかった。
***
シラトリが『チーム・ラシード』拠点へ帰還した時――あたしの全身は、ほどよく疲労して、ほどよく興奮して、そして何より“ツッコミ疲れ”がピークに達していた。
(今日だけで何回ツッコんだんだろ……シミュレーションの三倍は精神力削られた……)
「降りるぞ」
アーマッドがタラップを降りる。
あたしはぼんやり立ち上がり、ふらふらとその後を追った。
拠点の空気は落ち着いている。
整備員ドロイドが静かに滑走し、壁のパネルだけが小さく点滅していた。
(なんか……“家に帰ってきた”って感じするのはなんでだろ)
ほんの数日前まで、“冒険者の拠点”って不良の巣窟みたいなイメージだったのに。
「さて……報告だな。どう報告するか、見ていてくれ」
着換えて、通信デッキまて来たところ、アーマッドがそう告げた。源一郎と、トーマスも、一緒に座っている。
そのときだった。
突然、どこからか通信が入った。
「ん、広告通信か?」
アーマッドが出ると、どこか“いかにも官僚顔”の若い男がスクリーンに現れた。
スーツのしわひとつない。どこかの会議室から掛けているようだ。
「初めまして。ガンダーラ重工のロマノリと申します」
「あのシャトルの会社か?」
どうやら、アーマッドは、ヴェシルドの月にいた企業シャトルが、どこの会社のものか知っていたようだ。ガンダーラ重工は、よく名の知られた、兵器開発で有名な地球資本の企業だ。
スーツの男は、にこりと笑い――次の瞬間、信じられないことを口にした。
「では、〈先住者〉遺物と関連データのすべてを、こちらの認可書類にもとづき、我々に引き渡していただきます」
「……はい?」
あたしは、耳を疑った。
「ちょっと待ってください。あたしたち、命がけで対処したんですよ!? なぜ“引き渡し”なんですか!」
「規定ですので」
ロマノリは微笑んだまま言った。
その顔は、“まったく悪意がないのが逆に怖い”タイプの人間のやつだ。
「アーマッドさん!? なんですかこの人!!」
「ロマノリだ」
「そういうこと聞いてない!」
アーマッドはひとつ息を吐くと、送られてきたデータを見て、暗い顔で言った。
「ああ……確認した。書類は本物だ。GDC本部も承認している」
「承認してるんですか本部ーーーッ?」
「辺境は、こういうもんだ、ナルディア」
「いや、納得できません! 書類だけで全部持ってかれるんですか?」
「書類は強い」
「書類つよい……」
「領収書は、もっと強い」
「知らない哲学出てきた!」
ロマノリは、あたし達のやり取りを見ていたのか、淡々と、まるで郵便物の受け渡しのような口調で告げた。
「では、成果物をお願いします。もちろん、“規定通りのクレジット”は、お支払いします」
「規定通り? 規定通りって、何? まだ査定もされていないでしょ!」
「……辺境じゃ、普通の扱いだ」
「普通で済ませないでください!」
「ありがとうございます。すぐ、集配の宇宙船を向かわせます」
ロマノリは、そういって通信を切った。
***
(……なんであんな“優男エリート風微笑アタック”で全部持っていかれなきゃいけないの……?)
怒りと困惑と、敗北感で、ぐちゃぐちゃのまま、あたしはアーマッドのほうへ向き直った。
「アーマッドさん!! 今の、絶対おかしいですよね? 何ですか“書類が本物”って!」
「本物だったから仕方ない」
「仕方ないじゃないです!」
あたしの声が、宇宙の虚空に吸い込まれた。
その横で、源一郎が肩をすくめて言う。
「辺境ってだいたいこんな感じだよ、ナルディアさん」
「慣れたくないーーーっ!」
源一郎も、珍しく深いため息をついていた。
「まあ、お前の気持ちも分かる。しかし、ルールってのは宇宙のどこでも厳しいもんだ。でかい企業は、その厳しさを“武器”にする」
「…………武器……」
ロマノリのスーツ姿が脳裏に浮かんだ。
襟元ひとつ乱れず、笑顔の裏で“切れ味最強の領収書”を構えてくるタイプだと思った。
「この件、GDCに抗議しなくていいんですか?」
「まあ、書類の件は“規定通り”だと言われるだろうな」
「規定通り……ああもう!」
「あいつは、笑顔で、規定という“斧を振り下ろすタイプ”だ」
「例えが怖い! 笑顔と斧って組み合わせていいものじゃないですよね?」
アーマッドは、肩をすくめた。
そして、報告端末に向かいながら、淡々と状況を送信していく。
「ヴェシルドの月にて〈先住者〉機械体の暴走を確認。地球企業――ガンダーラ重工を破壊する。その機械体は、源一郎が、撃破。バーロックの介入と、ガラXFIザAの船を確認。バーロックは、未知種族の可能性。遺物は、ガンダーラ重工のロマノリに引き渡し予定……」
「未知種族……?」
「ランコロウというのは、正確には、推測だ」
アーマッドは、通信を切りながら言った。
「確証はない。しかし――人類が敵対するガラXFIザAは、他の異星人種族のランコロウと独特な関係で同盟を組んでいるらしい」
「ガラXFIザAって、巨大な六角柱の異星人、ですよね?」
「ああ。あいつは、“地球人的”ではなかった。動きのタイムラグのなさからいっても、通信ではなく、アンドロイドの中に入っていたのは確かだろう。しかし、ガラXFIザAでは、大きさ的に不可能だ」
(やっぱり……! バーロック、絶対普通の人間じゃなかった!)
あたしの背中にぞわっと寒気が走った。




