第二十章 アエリミアス出撃 ―― 理不尽コンボと研修生の悲鳴
――〈先住者〉の巨大機械が、今度は、シャトルを完全に破壊した。
すぐ側にいたあたしは、完全に固まった。
(あれ……これ……冗談じゃないやつ……?)
目の前で、地面から出てきた“鯨の化け物”みたいな機械が、半固体金属の外殻を揺らしながら姿勢を変える。
「ア、アーマッドさん……っ、これって……!」
「想定外だな」
アーマッドの声は、落ち着いていた。
落ち着きすぎてて逆に怖い。
「想定外って……! そんな軽く言うこと?」
「想定外は、冒険者の標準装備だ」
「標準装備やめて!」
その時、源一郎が青ざめた顔で叫んだ。
「やばい! 機体の光学センサーが――こっちを向いてる!」
「なんで、こっちを見るの? あたしたち、何も悪いことしてないよね?」
「お前の声が、でかすぎるんじゃねえか?」
源一郎が、ぶっきらぼうに言った。
「声量は関係ない! 空気ないし!」
巨大機械の“目”が、あたしたちに向く。
金属の体がぎょり、と軋む。
その巨大さに、膝が震えた。
「……おい、源一郎」
「分かってる。やるしかねぇんだろ」
源一郎が、通信端末を叩きつけるように操作した。
――次の瞬間、シラトリの上部カタパルトが唸り、白とグレーの細身の機体が跳ね上がった。
アーマッドから説明を受けていた機動戦闘機『アエリミアス』だ。
小型の鳥のように滑らかなフォルムだけど、装備はどう見ても“鳥の皮をかぶった戦争兵器”だった。
源一郎が、その機体に向かって走る。
「えっ……源一郎さん、乗るの……? メカニックじゃなかったんじゃ……?」
「メカニック“じゃないから”乗るんだよ」
カタパルト上からぶっきらぼうな声が返ってきた。
「意味わかんない!」
「操縦訓練なら昔やった。手が勝手に動く」
「身体能力頼り? テクニカルどこ行ったの!」
「黙ってろ。集中する」
「はい!」
ぐうの音も出ない。
この人が一番怖いときは“普通に真面目なとき”だと思った。
アエリミアスは軽く浮き、キュウンという鋭い音とともに、空へ飛び出した。
人間の目では追えない。文字通り、一瞬で視界から消えた。
「なっ……速っ?」
「アエリミアスは、俺が設計したのを源一郎にモデリングしてもらった。そりゃ速いに決まってる」
アーマッドが、さらっと言う。
「設計した人が言うセリフじゃありません!」
次の瞬間、空から白い光が落ちてきた。
アエリミアスの主砲――高出力自由電子レーザーだった。
巨大機械の胸部に光がぶつかった途端、空気が振動するような轟音が走る。
そして――巨大機械の上半身が、まるで紙細工のように 霧散した。
「……え?」
「まあ、一撃よな」
アーマッドが、肩をすくめる。
「一撃ってレベルじゃないでしょ? 消えたよ!? 敵の上半分、消えたよ!」
「源一郎の腕前は、保証する」
「保証の次元じゃありません!」
あたしの常識が粉々になる音がした。
***
〈先住者〉の機械が粉々に砕け散り、白い霧のような金属粉が風に舞い上がった。
この月は、重力が小さいから、一部は、上空に向かって飛んでいく。
宇宙服のバイザーが、ようやく正常になった。
そのとき、谷の向こうから“空を裂くような青い閃光”が走り、黒い影がゆっくりと地表へ降りてきた。
「あれ……宇宙船……? でも地球船じゃ……ない……?」
その船体は、まるで菱形の立方体に複雑な線が延びているような異形で、艶のない黒い金属が“濡れた甲殻”のように蠢いていた。
地球企業の規格では絶対にありえない、砒素系生物の異星人、ガラXFIザA族の宇宙船――その特徴を教科書で見たことがある。
「なんで……ガラXFIザAがここに……地球人と敵対してる種族なのに……」
「……嫌な気配だな」
アーマッドが、小さく呟いた。
そのガラXFIザAの船のハッチが、動物の口みたいな感じに開いた。
バイザーの望遠鏡で眺めると、その暗闇から――バーロックが姿を現した。
黒外套に、無表情の金属質の顔だ。
あたしはアーマッドに見せてもらった“資料写真”を思いだした。
そこに写っていた男そのままだ……いや、写真よりも冷たい雰囲気だった。
「うそ……本物……」
「下がってろ、ナルディア」
アーマッドが前に出る。
バーロックは、まるで舞台に立った俳優のようにゆっくりとターンしてこちらを向いた。
その動きは“人間らしさ”と“機械の正確さ”が奇妙に混ざっているように思えた。
船の外殻が青白く光った瞬間、彼の声が通信回線をジャックした。
『――地球の小僧ども。相変わらず、お前たちは“他人のおこぼれ”を漁るのが好きだな』
「ひぃっ……通信こっちに刺さってきた? 誰ですか今の口悪いの!」
「バーロックだ」
アーマッドが、平然と答える。
『ああ、アーマッド・ラッシード……。貴様が来ているとはな。また余計なことをしてくれたようだ』
「余計なことをしたのは、お前のほうだろ」
アーマッドの声が、わずかに低くなる。
あたしは、ただ震えるしかなかった。
バーロックの言葉には、人の体温の温もりのようなものが、まったく感じられないのだ。
(写真より数百倍……怖い……!)
すると、バーロックは、口角をわずかに上げてみせた。
『まあよい。今回の獲物は既に頂いた。あとは好きに吠えているがいい――負け犬ども』
「なっ……!」
通信越しでも胸ぐら掴まれるレベルの言葉だ。
アーマッドの表情は動かない。
そのかわり、目だけが鋭くなっていた。
『貴様らが何をしようと、この銀河の潮流は止まらん。人類はすぐに理解することになる――我々の力を』
「我々……?」
あたしは思わずつぶやいた。
バーロックはそれ以上何も言わず、黒い宇宙船に再び乗り込んだ。
船体が青い光を纏う。
地面の砂が浮き、空気が震える。
『――覚えておけ。次に会うとき、お前たちに逃げ場はない』
通信が突然切れたと同時に、音を残して跳ね上がり、青い残光だけを残して消えた。
谷に残されたのは、破壊された遺跡と静寂だけだった。
***
「アーマッドさん……あれ、本当に“地球人”なんですか……?」
「あれは“地球人の皮”をかぶった何かだ」
アーマッドが低い声で答えた。
「ひっ……!」
「動きが精密すぎる。生命反応も、はっきりと感じられない。そして――」
アーマッドは、足元の土を掬って、ぽとりと落とした。
「ガラXFIザAの船に乗る地球人間なんざ、存在しない」
「じゃあ……じゃあ……!」
「おそらく、奴は“アンドロイドの外殻”だ。中身は……別の種族だろうな」
「べ、別の……」
背中が冷たくなっていく。
アーマッドはそこまで言って、ふっと視線を遠くに向けた。
「――ランコロウかもしれん」
「ラン……?」
「詳しくはまだ言えん。確証がない」
アーマッドは、あたしの肩に手を置いた。
「ただ、あれは“人類の敵”のほうだ。いずれにせよ、単独で動いているとは考えづらい」
「そ、そんな……」
(バーロック……最初から“人間じゃなかった”の……?)
あたしの喉は乾き、心臓がすごい速さで脈打っている。
ただ怖い。でも逃げられない。
「ナルディア、怯えるな」
アーマッドが静かに言った。
「……はい」
「敵の正体が分かりかけたということは、“対処の糸口が見えた”ってことだ。未知より怖いものはない。しかし、正体があるなら、戦える」
「……戦える、か……」
「もちろん本気で戦うのは俺たちだ。お前は生き残る方法を覚えろ。それが、研修生の仕事だ」
あたしはうつむき、拳をきつく握った。
(アンドロイド……ガラXFIザA……ランコロウ……あたし、こんな“宇宙の深い闇”なんて知らなかった……)
でも、同時に、胸の奥が熱くなった。
(――それでも、逃げたくない)
***
谷に吹く風は冷たく、遺跡の破片が乾いた音を立てて転がっていた。
「帰るぞ。この件はGDCに報告だ」
アーマッドが背を向けた。
「は、はい……!」
あたしは、急いでその後を追いながら、青い残光が消えた空を一度だけ振り返った。
アエリミアスはさらっと戻ってきて、源一郎は無表情でハッチから降りてきた。
「企業シャトルは、完全に蒸発した。他に生命反応は、ねえ」
源一郎は、完全に破壊された企業のシャトルの方を一瞥して、肩をすくめた。
「そうか」
アーマッドは、頷いて、シラトリの中に入る企業の人たちを見た。
「この負傷した4人は、シラトリで連れ帰る」
「しかし、凄い機動でしたね?」
あたしが、源一郎に告げると、源一郎は、ふんと鼻を鳴らした。
「……慣れだ」
「慣れだ、じゃない! あれは“慣れ”の範囲を超えてた! どんだけ戦闘慣れしてるの?」
「別に、そう慣れてねぇよ。壊すのは得意なだけだ」
「得意の基準おかしい!」
「さて、この残骸をシラトリに積んで、帰るか」
アーマッドは、スーツの通信で、シラトリのAIに指示を出した。
すると、搭載の小型ロボ重機がでてきて、壊れた〈先住者〉の機械の残骸を積み込み始めた。




