第十八章 出発! ――船は飛び、研修生は叫ぶ
トムは、バイトだから拠点に残ることになって、アーマッド、源一郎と、あたしでシラトリに乗り込んだ。
「さて、今回は、近場の星系の予備調査だから、母船は使わず、シラトリだけで行く。目的地の再確認だが――」
コックピットの後ろにあるブリーフィングルーム兼、客席兼、食堂で、アーマッドがパネルをタップすると、地図が浮かんだ。
「トゥームラム星系第六惑星ヴェシルドの月だ。GDCからの調査依頼だ。〈先住者〉遺物が見つかった」
「はい!」
「研修生、お前の役割は“観察”だが、必要とあれば“作業”もやってもらう」
アーマッドが、あたしに向き直る。
「……作業?」
「そうだ。探査、警戒、交渉、運搬、だな」
「し、仕事多くないですか? 研修生向けのメニューじゃないですよね、絶対!」
「冒険者の研修は、やりながら覚えるんだ」
「今“覚える”より“やらされる”の割合が多く聞こえたんですけど?」
アーマッドは、肩をすくめる。
「大丈夫だ。死にはしない」
「絶対にフラグですそれ! “死にはしない”と言われて死んだシミュレーション何度も見ましたからね?」
「シミュレーションはシミュレーションだ」
「いや、現実のほうが怖いって意味です!」
……ツッコミながらも、ブリーフィングは終わった。
***
「ナルディア、暇ならこっちも見とけ」
源一郎に呼ばれて、シラトリの整備室へ行くと――工具が山のように積まれ、謎の球体が浮いたり沈んだりしていた。
「ひっ……? な、なにこれ?」
「テスト用の自己修復ナノだ。ああ、触んなよ。噛まれるぞ」
「ナノマシンに噛まれる?」
「噛むというか……まあ……筋肉の一部ぐらい溶かされるだけだ」
「最悪じゃないですかそれ!」
「大丈夫だ。すぐ再生する」
「再生するかどうかじゃなくて、溶けるのが問題なんですよ!」
「シラトリの船体は、任務のたびに微細な亀裂が入っている。ナノマシンの群れは、それを密閉し、ひび割れを閉じる。パッチワークより速い」
「それは…….すごい」
あたしは認めたが、すぐに身を引いた。
「それも怖い」
「両方だ」と源一郎は言った。
「〈先住者〉の工学の世界へようこそ、だな」
あたしは、空中でゆっくり揺れる球体を見つめた。静かに見えた。無害に見えた。まるで一度も訓練生の筋肉を食べたことがないかのようだった。
しかし……この整備室、研修生が入る場所じゃない。
「でも見とけ。お前、そのうち、ここの装備を触ることになるから」
「いや絶対無理ですって!」
「アーマッドの命令だ」
「アーマッドさんーーっ?」
「聞こえてるぞ」
整備室の入口からアーマッドがひょっこり顔を出した。
「お前、逃げるなよ。研修だ」
「重い……研修なのに!」
***
船は、ストライプ・ドリープ航法で順調に跳躍を続け、星々が窓の向こうで線を描いていた。
こんな小型の宇宙船で星系間のリープができるのが凄いとは、実家の惑星で救助されたときは知らなかった。
ちょっと怖い。
不安。
ツッコミの連打で喉が枯れそう。
だけど――すべてが新しくて、胸が躍っていた。
実家の惑星の遺跡を探査するのとは、大違いだ。
子どものころ兄から聞かされた物語の中の“宇宙探査”が、今まさに目の前で動いている。
手を伸ばせば届きそうなくらい……そんな錯覚さえする。
そのとき、アーマッドが、あたしの隣の席に腰を下ろした。
「緊張してるか?」
「……してます。でも、嫌じゃない緊張です」
「いい返事だ」
アーマッドは、少し笑って、ほんの短く、そのまま目を閉じた。
なんだか、珍しく“静かなアーマッド”だった。
「お前の兄貴が言っていたぞ。“妹は意外と肝が据わってるから、現場に出たら強い”ってな」
「……お兄ちゃん、そんなこと……」
「まあ、今のところ――ツッコミの精度は確かに強い」
「そこ! 評価そこなんですか?」
「大事だぞ。冒険者は理不尽に耐える力がいる」
「理不尽とは言い切ったぁーーー!」
また、笑いを取られてしまった。
悔しいけど……不思議と、その笑い声が、居場所の証みたいに思えて、嬉しかった。
その時だった。
ピコン――!
控えめなアラート音が船内に響いた。
『トゥームラム星系第六惑星ヴェシルドにリープアウトしました。周回軌道に入っています』
AIが、声を上げた。
「よし。準備しろ。ここから先は“研修”じゃなく、“任務”だ」
アーマッドの声が低く響いた瞬間、胸の奥にぐっと力が宿る。
「――はい!」
あたしは、また新しい一歩を踏み出すのだ。
ツッコミしながらでも、怖がりながらでも、胸を張って。




