第十七章 出発前夜 ―― 宇宙船と緊張と、そしてツッコミ
『チーム・ラシード』の拠点での紹介ラッシュをなんとか乗り切ったあたしは、ようやく心臓の爆速鼓動がおさまりはじめていた。
緊張って、ほんとに溶けるんだな。
さっきまでガチガチに固まっていたのに、いまは少しだけ“この現場にいてもいいんだ”と思えている。
――でも、落ち着いたのはここまでだった。
「よし、次は船の説明だ。ナルディア、来い」
アーマッドが軽く指で“おいで”を示す。ついでに、視線だけで“ちゃんとついてこいよ”感を出してくる。
なんなんだろう。
この人の指示って、妙に“反論する余地なし”って雰囲気がある。
「え、あの、はい!」
あたしは、駆け足で彼の後を追った。
***
格納庫の中央、大きなプールくらいの長さの白い船体が影を落としていた。
ステルスシャトルのシラトリは、磨かれていて、光沢のある外殻は、あらゆる面が空気抵抗の概念を捨て去っていた。
あたしが、実家の星で見たときと、寸分変わらない感じで着座していた。
「俺が、モデリングした船だ」
源一郎が、横でぼそっと言う。
……説明が、ぶっきらぼう。
「源一郎さん……なんだか、急に専門家感ありますね」
「別に。事実を言っただけだ。ってか、どこ触ってもいいけどな、壊すなよ」
「壊しませんよ! どんな扱いですかそれ?」
「新人は、だいたい壊す」
「そんなデータあるんですかっ!」
「ある。俺の人生経験に、な」
「統計母数が少ないぃ!」
すでに、会話がコントっぽい。でも、こういう会話をしてると、ちょっと安心する。
船体を眺めていると、アーマッドが腕を組んで説明してきた。
「ナルディア。お前、実機を操縦はできるか?」
「できると思います。研修のVRはやったんで……!」
「VRは机上の理屈を示しているだけだ。現物は嘘をつかん。匂いも、温度も、重さも違う」
「そうでしょうけど……」
「で、実習生には、安全講習をしておかないとな」
アーマッドがそう言った瞬間、源一郎が顔をしかめた。
「講習って……また俺がやんのか?」
「お前しか、船の内部構造を説明できないだろう」
「いやいや、俺は正式メカニックじゃねぇし……説明とか、向いてないんだよ」
「向いていないのは、知っている。だから頼んでる」
「お前、それ、褒めてんのかディスってんのかどっちだよ!」
源一郎が、珍しく声を張り上げる。
それを横目に、アーマッドは、すっとあたしへ振り返った。
「ちょうどいい。ナルディア、お前の肌で“実戦仕様の講習”を味わわせてやる」
「なんで、怖い言い方するんですか!? 普通に講習してくださいよ!」
緊張がとけたら、あたしのツッコミ本能まで解禁されてしまった。
「実戦が基準だからな」
「その基準を疑って!」
もう、アーマッド相手にツッコミ体力が尽きる気しかしない。
***
「じゃあ、説明するか。ついてこい」
源一郎がズンズンと歩きだす。
その背中は“説明したくなさ”を背中で語っていた。
「まず、ここがエンジンブロックな」
以前、乗船したときには入らなかった下部デッキに案内される。
「おお……!」
「ここのレールに近づくなよ。触ると死ぬ」
「説明雑ーーっ!」
「雑じゃねぇ。端的なんだよ。長ったらしい説明は、嫌いだ」
「嫌いって! 安全講習で嫌いを優先しないで!」
「でも事実だからな。死ぬもんは死ぬ」
「二回目の死ぬ! もっとこう、マイルドな言い方してくださいよ!」
源一郎は、無表情で頬をかいた。
「じゃあ……“非常によろしくない事態になります”」
「それはそれで怖いんですけど!?」
――なんだこの講習……ほんとに安全向上につながってるの?と、あたしは思った。
「まあ、源一郎の言ってることは正しい。このエンジンは、特別仕様でな。空間エネルギー変換炉(SER)に、所々、〈先住者〉テクノロジーを使っている」
「わ、分かりやすい……!」
「だから、安全基準が、人類製とは違って、危険だ」
「分かりやすくない!」
「使えれば、問題ない。パフォーマンスがでれば、冒険者は勝ちだ」
「勝ち負けの話じゃないですよ? 冒険者の生存基準どうなってるんですか!」
アーマッドは、少し笑った。
「お前、ツッコミの筋がいいな。研修に向いてる」
「褒め? 褒めですか今の? なんの研修ですかそれ!」
***
講習のあと、アーマッドはコックピットの区画を見せてくれた。
「ここが操舵席だ。お前もそのうちここに座るかもしれん」
「えっ、あたしが……?」
「研修だろ。お前は、操縦資格持っているだろ? なんでもやるんだよ。お前はただの荷物じゃない」
(……荷物じゃない)
その一言に、胸の奥がじんとした。
アーマッドの語気は、いつも軽いが、時々こうして本音をぽつりと混ぜてくる。
それがなんだかずるい。
「さて――一通り見せたし、あとは依頼を待つだけだな」
「依頼……!」
ついに、あたしが冒険者研修として“本物の任務”に挑む……!
「最初の任務はな、普通、危険度が低めだ。心配いらん」
「よかった……!」
「ただし、退路はない」
「撤回します! 心配いります!」
「冗談だ」
「冗談に聞こえないのが問題なんですってば!」
アーマッドは、軽く笑い、
「大丈夫だ。俺たちがついてる」
――その一言で、さっきの不安がまた溶けていった。
ほんと、この人は調子がいい。
でも、安心するのがまた悔しい。
「さて、出発だ。研修生、覚悟しとけよ。宇宙は広いぞ」
「はい!」
返事をした瞬間、胸がまた跳ねた。
あたしはついに、夢だった“冒険者の現場”に飛び込む。
……なんかすでにツッコミ疲れしてる気がするけど、これはこれで悪くない。
たぶん。




