第十六章 研修生、拠点へ行く ―― 再会と期待の誤算
宇宙港のゲートが開いて、人工重力の切り替わる感覚が靴裏に伝わった瞬間、胸が高鳴った。
――ついに来た。
GDCの退屈なリモート研修から抜け出して、やっと“本物の現場”に立てるのだ。
あたしは、スーツの襟を整え、息を吸い込んだ。
今日から、冒険者チーム『チーム・ラシード』で実習研修が始まる。夢が詰まっている、はずだった。
ゲートの先には、巨大な格納庫と、整備用アームが並ぶ拠点があった。
白い照明に照らされた床は、驚くほどきれいで、軽く私の期待は裏切られた。
(あれ? もっとこう……床の上に謎の金属片とか、焦げた装置が転がってる感じじゃ?)
そんなイメージを胸に抱えたまま立ち尽くしていると、少し離れたところで手を振る黒い影があった。
「おい、こっちだ。……久しぶりだな、ナルディア!」
その声に、胸が跳ねた。
「アーマッドさん!」
駆け寄ると、彼は腕を組みながら、どこか“保護者のような視線”で、こちらをじっと見つめてきた。
懐かしさがこみ上げる。
「――大きくなったな。前に見たときより、ずっと、顔つきがしっかりしている」
「そ、そんな褒められ方されると、逆に恥ずかしいんですけど!」
「褒めてるんだぞ?」
「知ってますけど!」
思わず、声が裏返った。
だめだ、この人、前よりも“からかいスキル”が上がっている。
「さて。研修生が来たことだし、うちのメンツを紹介してやるか」
「お願いします!」
私は緊張と期待で背筋を伸ばし、彼の後ろに続いた。
***
格納庫の奥、巨大な母船の影から、金属音とともに声が響いた。
「アーマッド、さっきのパネル、嵌めといたぞ……ん? 新顔か?」
ひょこっと現れたのは、白衣のような作業上着を着た男性だった。
しかし、その肩には油汚れ、袖には焼け焦げがある。無精髭みたいな顎髭、髪は軽く跳ねていて、目の下には徹夜の名残みたいなクマがあった。
「こいつは、源一郎だ。うちのシラトリを設計した……まあ、“技術屋”だ」
「おう、よろしく! 正式なメカニックじゃないが、アーマッドに捕まってここで作業してるぜ。気づいたら、船の半分を任されていた」
「人聞き悪いこと言うな。誘っただけだ」
「いや“誘った”って……寝袋と工具箱持ってこいって言われて、そのまま二週間帰れなかっただろ?」
「お前が、楽しそうに居座るからだろ」
「居座ってなんかねえ!」
いきなり始まる漫才のような応酬。
私は、紹介の順番にしては情報が混乱しすぎていて、頭が追いつかない。
「あの……源一郎さんって、要するにどういう立場の……?」
「なんだろうな。一応は、外部契約者で、勝手に船を直して、勝手に改造して、勝手に寝ている」
「おいアーマッド! せめて“自由契約の技術者”って言え」
「じゃあ、そういうことに仮決めしておくか」
「……仮決め? 契約関係が、仮決めで成立してるチームって、あるんですか?」
あたしのツッコミに、アーマッドは肩をすくめるだけだった。
……なんというのか、すごいチームだ。
“冒険者=自由人”という噂は本当だった。
***
「アーマッドさーん! 燃料ポンプの圧を調整……あれ、新しい人?」
声とともに、黒髪の少年が荷物を抱えて走ってきた。
動きが早くて、荷物のほうが引きずられている感じだ。
「こいつはトーマス。うちの……まあ、雑用とパイロット見習いだ」
「雑用が前にくるんですか?」
「現実は、厳しいんだよ、研修生のお姉さん。僕、誰よりも働いてるのに地位が上がらないの」
「それは、お前が勝手に仕事増やしてるだけだろ」
「ちょっと、それ言わないでよ、アーマッドさん!」
少年らしい元気さと、妙な老獪さが同居していて、あたしは、一瞬返答に迷った。
「ナルディア研修生だ。今日からしばらく一緒に動いてもらう」
「よろしく! 僕は、雑用係だけど、雑用のプロだから!」
「それ誇っていいの?」
「誇るしか残されてないんだよ……」
なんだか、泣き笑いのような顔をされてしまった。
***
案内されながら私は、ちらちらと周囲の機材を眺めていた。
メンテナンスロボットとAIでやってるんだろうけど、どこも割と整っていて、妙に清潔で――私の想像した“冒険者の拠点”とは大違いだった。
「ナルディア、何をそんなにきょろきょろしてる?」
「い、いえ……もっと冒険者の拠点って、こう……こういうのかと思って……」
あたしは、両手をバチバチさせるジェスチャーをした。
「もっとこう……火花が散っていたり、謎のガスが噴き出していたり、工具が勝手に動いてたり……とか?」
「それじゃ、ただの事故現場だ」
「えっ……?」
「冒険者は無茶をするが、基本的に死にたくはないんだ。だから、現場は意外と“きれい”だな」
「お姉さん、ちょっとガッカリしてる顔してない?」
「し、してません!!」
思わず声が大きくなり、トーマスがくすっと笑った。
「まあ、リモート研修だけだと“現場”は、分からん。というか、ナルディア、お前、リモート研修、終わっているんだよな?」
「もちろん! 全部こなしましたし! 筆記試験も実技シミュレーターも上位五%でしたし!」
「へぇ、すごいじゃないか」
アーマッドが、素直に褒めた。その声が意外に柔らかくて、胸が熱くなる。
「お前は、前会った時も頭の回転は速かったな。……“現場”のほうは、これからだ。期待してるぞ、ナルディア」
「き、期待は……嬉しいんですけど……!」
(何この……くすぐったい感じ……!)
緊張と嬉しさがぐちゃぐちゃに混ざって、あたしは、変な笑いが出そうになった。
***
アーマッドは、腕を組んで、あたし達をまとめて見回した。
「まあ――こんな感じの連中だ」
「“こんな感じ”って曖昧すぎません!?」
「ナルディア、お前は実習生だ。まずは目で覚えろ。頭で覚えると、うちでは死ぬぞ」
「こわっ!」
「冗談だ」
「冗談に聞こえませんけど! 源一郎さんも笑ってるし!」
「……まあ、“完全な冗談”、ではねぇな……」
「源一郎さんまで!」
初日から、こんなんで大丈夫なんだろうか――いや、大丈夫じゃなかった。すでにツッコミが追いついていない!
でも――どこか胸の奥がくすぐったくて、温かかった。
不思議と、不安よりも期待のほうが大きかった。
「じゃあ行くぞ、ナルディア。今日からお前は――」
アーマッドがこちらを振り返り、少しだけ笑った。
「チーム・ラシードの仲間だ」
その一言が、胸にどん、と落ちてきて。
あたしは思わず頷いた。
「……はい!」
巨大な格納庫の照明が、あたしたちを照らした。
ここから始まるんだ。
あたしの、“冒険者になるための一歩”が。
ここから、ナルディアの宇宙冒険者の研修生時代の話です!




