5.炎と水、混ぜるな危険
静けさが戻ると、外から鳥の声が聞こえた。朝の光が差し込み、木の床に柔らかい模様をつくる。
グンザがギンシュに問う
「おまえの頼みとはなんだ?」
ギンシュはしばらく羽を休めるようにしていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。そしてグンザに答える前に、ルルへと話しかけた。
「ルル、と言ったな。人魚の娘よ」
「はい」ルルがまっすぐ答える。
「その胸に下げているのは、ただの石ではないな。それはなんだ?」
声はあくまでも穏やかに、だがあらがうことのできない視線でギンシュが問う。
ルルは一瞬、迷った。けれど、嘘をつける相手ではないと直感した。
「これは、青龍の宝珠です」
「青龍の――!」
ギンシュが驚きの声を上げた。朱金の羽がわずかに震え、光を散らす。
「ただの石ではないと思ったが……だがなぜそれを」
「わたしの母が人魚で、青龍の娘なのです」
ルルは胸の前で、そっと宝珠を握った。
ギンシュの瞳が、かすかに光を増した。
「青龍の血脈……なるほど。ならば話しておくべきことがある」
その声には、炎のような揺らぎと、どこか焦りが混じっていた。
「はるか南の島で、朱雀の炎が乱れている」
「朱雀って、あの“四聖獣”のひとつか?」
ラウスが眉をひそめる。
「そうだ。南を護る聖なる鳥。紅蓮の島と呼ばれるところに在る。炎を司り、青龍とは対をなす存在だ」グンザが低く補足する。
「青龍が水、朱雀が火。二つは相反しながら、この星を支えてきた。だが……その火が、いま乱れている」
「乱れてるって、どういう意味です?」岩尾が身を乗り出す。
「炎が暴れている。島が燃えているのではない、“朱雀自身が燃えている”のだ」
ルルが小さく息を呑んだ。
「危ないの?」
「危ないどころではない。朱雀の炎は命の源。その炎が燃え尽きれば、この星は季節を保てぬ。冬が終わらず、春が来なくなる」
ギンシュの言葉に、全員が息をのんだ。外では、まだ朝の鳥たちが鳴いている。だが、なぜか遠く感じる。
「なぜそんなことが……」
ルルの問いに、ギンシュがゆっくりと首を振った。
「私にも、はっきりとはわからない。そして、朱雀の宝珠が“誰かに狙われている”のは確かだ」
「宝珠って……!」
ラウスが目を見開く。
「青龍のときと同じだ! あいつら、EOの連中だろ!」
「イーオー?」ギンシュが首をかしげる。
「人間を滅ぼそうとしてる奴らです。宝珠を集めて、なんかヤバいこと企んでる」岩尾が補足する。
「……やはり青龍の宝珠も狙われていたのか」
ギンシュが静かに頷いた。
「朱雀を守るためあるいは助けるため、私はグンザのもとへ助けを求めて向かっていた。だが途中で“獣人狩り”に見つかり、命からがらここまで飛んできたのだ」
「……獣人狩りに、何をされたんだ」
ギンシュは少し息を詰めた。
「人間は灰を、欲しがった。不死鳥の灰は“永遠”をもたらすとかでな」
穏やかな声の奥に鉄の匂いが混じる。
「まず脚を撃たれた。逃げられぬように。次に槍で――ここを」
彼は胸の下を指でなぞった。ルルが癒したところだ。
「灰を得るには、焼き尽くすしかない。奴らはそれを知っていた」
一瞬、瞳の奥が赤く光る。
「けれど、燃えるより早く、私は空へ落ちた。そしてなんとかここにたどり着いた」
みなが押し黙る。
ギンシュはゆっくりと息を吐き、落ち着いた声で言った。
「そのことはもういい。人間など、そんなものだ。それよりも――朱雀のことだ」
岩尾が痛そうな顔をしたまま黙りこむ。このなかで、人間は彼だけだ。
「朱雀を助けるため、グンザの力を借りたい。おそらく、そう簡単なことではないだろうが」
グンザが深く息を吐いた。
「そういうことなら、話は早ぇな。力を貸そう。お前の戦いは、わしの戦いでもある」
「本当か……?」ギンシュが目を細める。
「おう。お前がここまで来た理由、無駄にはしねぇ」
「くう!不死鳥に助けを求められるヒグマじいさん、アツイぜ! 」ラウスが興奮している。
「じいさんは余計だ」じろっとにらむグンザ。
「俺も行く! 朱雀っての、見てみてぇし!」ラウスが立ち上がった。
「見物じゃねぇぞ」岩尾が苦笑した。
グンザが鼻で笑う。
「お前のそういうとこ、昔のわしにそっくりだ」
「つまり英断だな」
「いや無鉄砲だ」
宗田が湯呑を置いて、静かに口を開いた。
「ルルさんは……留守番です」
「は?」ラウスが間抜けな声を出した。
「青龍の宝珠を、朱雀のもとへ連れて行くべきではないからです」
宗田の声は穏やかだが、一切の感情がなかった。
「青龍と朱雀は、水と炎。お互いの均衡でこの星を保っている。その均衡を崩しかねない」
「じゃあ、宝珠だけ置いて行けばいいだろ」
「それも駄目です。青龍の血を引くルルさんが持っているからこそ、奪われないのです」
ルルは小さくうなずいた。
「……わたし、行きたい。でも、宗田さんの言う通りです。青龍の宝珠を守るのが、わたしの役目だから」
「それでも置いてけねぇよ!」ラウスが食い下がる。
「置いてくしかない」グンザが言った。
「人魚の娘が火の山に行けば、身体がもたねぇ。水が恋しくなって、呼吸も乱れる」
ルルが少し笑って、手を振った。
「大丈夫。すぐ帰ってくるんでしょ?」
「すぐじゃねぇ! たぶん長い!」
「じゃあ、その間に……青龍の湖に行ってこようかな。ちょっと、水が恋しくて」
宗田が頷く。
「それがいいでしょう。人魚の血を持つ者は、水に触れていないと体調を崩します」
グンザが思い出して言う。
「この近くにも湖があるぞ。ちと人は多いかもしれんが綺麗な水じゃ。昼飯の後にでも行って少し休んでくるといい」
「じゃあ、俺も付き合う!」
「デートですか?」宗田が平然と刺す。
「ちげぇよ! 護衛だ!湖視察!」
「顔、真っ赤ですよ」
ルルは笑ってうなずいた。
「ありがとう、ラウス。行こう、湖へ」
「ルルさん、肉球の押し方を伝授します。グンザ様、ちょっと手を貸してください」
「こうか?」「硬くてちょうどいいですね。ではルルさん、坊ちゃまだと思って手を握ってください」
「ちょっとなにやってるんだ! 」
「もしラウスがもふもふになったら抱いて戻りますから大丈夫です! 」
岩尾が吹き出し、グンザが笹の茎を噛みながら笑った。
「若いってのは、ほんといいな」
ギンシュがうなずく。
「この愛しい世界を守りたいものだ」
その日、山の風は澄んでいて、木漏れ日がやけに眩しかった。




