4.不死鳥の灰
朝の光が、まだ眠そうな山をゆっくり起こしていく。屋根の上では、夜露がぽつぽつと落ちていた。
小屋の中には――生温かい空気が満ちていた。
ラウスは布団の上で頭をかかえ、ひとりで転げ回っている。
「うわあああああ……なんで大泣きして抱きしめたんだ俺ぇぇぇぇ!」
「朝から元気ですね」宗田が湯を沸かしながら言う。
「元気じゃねぇ! 死にてぇ!」
「昨日あれだけ“死ぬな!”って泣いてたのに、忙しいですね」
岩尾がニヤニヤしながら加勢した。
「おーおー、坊ちゃま、ルルの膝枕で号泣とはなぁ」
「坊ちゃま、やめろぉぉぉ!」
ラウスは毛布を頭までかぶる。
その横で、ルルが少し困ったように笑っていた。
「でも……泣いてくれて、嬉しかったよ」
「うるせぇぇぇ! 言うな! 忘れろ!」
「じゃあ、“あのときの熊泣き”って呼ぶね」
「呼ぶな!」
グンザが囲炉裏の前で朝飯の支度をしていてそのやり取りを聞きながら煙草のように細い笹の茎を噛んだ。
「若いってのは、元気だな」
「じっちゃん、助けてくれよぉ!」
「無理だ。わしも昔、似たようなことをやらかした」
「なにやったんだよ!?」
「話すと長い」
「言えよ!」
「ルルちゃんの耳が腐る」
「腐るってどんな話……言わなくていいです、グンザさん」ルルが真っ赤になった。
岩尾と宗田が吹き出す。
「……平和ですね」宗田がぽつり。
「いや、むしろ平和すぎて不安になるレベル」岩尾が返す。
笑いの残る小屋の奥では、朱と金の羽が朝の光を反射していた。ギンシュの羽がわずかに揺れて、光が壁に跳ね返る。息は安定している。けれど、まだ目を開ける気配はない。
ルルはそっと自分の手のひらの包帯を確かめ、血が滲んでいないか確認した。ラウスもその様子を見て、黙って隣にしゃがみこむ。
「ルルの傷。まだ痛むか?」
「ううん。大丈夫。もうかさぶた」
「でもさ、もうあんなの、二度とやるなよ」
「うん……でも、助けたかったの」
「……そういうとこ、ほんとずるいよな」
「え?」
「見てると、こっちも“助けたくなる”んだよ」
ラウスがぽつりと呟いて、立ち上がった。
「腹減った。朝メシまだか」
宗田が黙って茶を注ぐ。
そんな会話を聞いていたグンザが、ふっと顔を上げた。
「ギンシュ、起きたか」
その声で全員が振り返る。光の中で、朱金の羽がゆっくりと動いた。ギンシュが、朝の中で目を開けたのだった。
部屋の空気がふっと変わる。
木の壁に反射した光が、ゆらめいて走った。
「……おはよう」
低くて、澄んだ声。どこかアルトの響きがある。
ラウスは、ギンシュをじっと見る。
「喋ったよな、たしかに」
「おはよう。みんな」
ギンシュが、今度ははっきりと笑った。
ルルが息を呑む。
「喋った……!」
「やっぱりゆうべのは夢じゃなかったんだな!」ラウスが思わず前のめりになる。
「寝起きに人間が群がるとは……変わらないな、グンザ」
「おう、久しぶりだな」
グンザは、ラウスの見たことのないような顔で穏やかに笑った。
「また羽休めかと思ったら、派手に落ちてきやがって」
「まあな……少し無理をしたようだ。グンザのところにたどり着けてよかった」
「ああ。よくやった」グンザが穏やかに返した。
ルルが一歩前に出て、深く頭を下げた。
「昨日は……ひどい怪我で。助かってよかったです」
ギンシュがルルに視線を向ける。その瞳は金色に輝き、どこか温かかった。
「君の血の力を、感じた。人魚か? 優しい力だね」
「半分だけ、人魚です」
「そうか。ありがとう。君の血がなければ、今ごろ私は灰だ」
その言葉に、ルルは照れてうつむいた。
ラウスが思わず口を挟む。
「灰って……どういう意味だ?」
ギンシュが少し目を細め、グンザのほうを見た。
「お前の口から説明してやってくれ」
「はいはい。お前はほんと、人に仕事押しつけるな」
グンザがため息をつきながら立ち上がり、囲炉裏に新しい薪をくべる。
「こいつの名はギンシュ。わしの古い知り合いだ。見ての通り、ただの鳥じゃねえ――“不死鳥”だ」
「ふ、し……?」ラウスが眉をひそめる。
「死なない鳥、って書くやつだよ」岩尾が口を挟む。
「名前からして反則じゃねぇか」
「反則ではない。理だ」ギンシュがゆっくりと言葉を継ぐ。
その言葉にグンザがわずかに眉を動かした。
「……理だの宿命だの、わしは好きじゃねぇがな」
グンザが続けた。
「まあ、それでだ。不死鳥は、死ぬと燃え、灰になる。だが、その灰には……人の命を長らえさせる力がある。ゆえに、狙われる」
「それ、ルルたち人魚と似たような力じゃねぇか……」
ラウスの声が低くなる。
ルルは一瞬うつむき、それでも微笑んだ。
「似てるけど、ちょっと違うの。人魚は“生きてるうち”にしか癒せないけど、不死鳥さんは“死んだあと”も誰かを癒せる」
「お互いに、己を癒せないのは同じだ」
ギンシュが穏やかに言う。
「獣人狩りにやられたのか?」ラウスが顔をしかめる。
「おそらくはそうだろう。少々油断した」
ギンシュの声には、少しだけ疲れが滲んでいた。
「だが、グンザのように“灰を守ってくれる友”がいることが、わたしには救いだ」ギンシュが言った。
「灰を守る?」岩尾が目を丸くする。
「不死鳥の灰は放っておけばまた不死鳥として再生する。だが灰を使われてしまえばそれきりだ。だから、誰かに灰を守ってもらわなければならない」
「それでお守りをしてもらおうとこいつはここまで飛んできたというわけだ」
「それだけではないのだがな。グンザに頼みがあったからここへ向かっていたのだ」
静かな朝の光が、ギンシュの羽の上で揺れた。
それはまるで、金色の灰が呼吸しているように見えた。




