ミミズクのアーラとフクロウのサピ
まんまるの月が綺麗な夜です。
何処かにある森の中、フクロウのサピは
息をひそめています。
獲物までは一瞬で追いつけますが、
重要なのはタイミングです。
耳と目を駆使して獲物の様子を伺います。
じっと我慢して我慢して
獲物に気づかれないようして……今です!
音もなく飛び立ち、あっという間に獲物を
捕えることが出来ました。
フクロウのサピは獲物をぶら下げたまま、
ミミズクのアーラのところへ向かって飛んで
行きます。
「アーラ、来たよ」
サピが声をかけるとミミズクのアーラは、
大きな木のうろの中でのそりと動きました。
「今日も来たのかい?サピ」
ゆっくりと顔を出したアーラは迷惑そうです。
長く食べていないせいで頭の羽毛にはつやが
ありません。
そんなアーラを見るのは最後にしたいと願いながら
「今日はネズミがとれたよ」
サピは獲物を取り出し、近くの枝に引っ掛けます。
「ネズミ?」
ところがアーラは息を飲んで、素早く木のうろの中へ
顔を引っ込めてしまいます。
「ネズミは嫌だって前にも言ったじゃないか!」
サピはすっかり失念していたことを反省しました。
「ごめんよ、アーラ。もうネズミは取ってこないか ら」
今日はネズミしか見つからなかったことは黙って
いました。
「サピ、そういうことじゃないんだ。私はもう、
本当に何も食べたくはないんだよ」
アーラの態度は頑なです。
「本当に何も?」
「ああ。本当に何も。ネズミは特にね」
二羽の間に沈黙が流れます。
これ以上サピがここにいても、アーラは
もう答えてはくれそうにありません。
「アーラ、また来るよ。君が食べなくても
また、獲物を持って」
サピはアーラのいる木をあとにしました。
いつからアーラが食べられなくなったのか、
サピはよく知りません。
ただ、サピはアーラに恩があるのです。
まだうまく飛べない雛だった頃、
ミミズクのアーラはあの小さな体で
見事な飛行を見せてくれました。サピより
小さな体なのに狩りの腕も一流でした。
サピはアーラのおかげで速く飛ぶ術も
狩りの技術も身についたのです。
種は違えど、アーラはサピの先生でした。
アーラが何も食べられなくなり、
狩りもしていないと聞いたのは、
サピが独り立ちをして
しばらく経った時のことでした。
噂でそのことを聞いたサピは、アーラに
教わった技術で狩った獲物を持って先生を
訪ねました。
ところが、待っていたのは拒否でした。
今日のようにもう何も食べたくない、
ネズミなんて見たくもないとサピの狩った獲物を
突き返して来ました。
悲しくてたまらなかったけれどサピは気を取り直して
次の日からアーラの元に通い始めました。
上手く獲物を狩れない日もあるけれど、それから
ずっとアーラの元に通い続けています。
いつかまた、アーラが獲物を食べてくれると
信じて教わった技術で狩った獲物を届け続けて
いるのです。
嵐が来そうな日の夜のことです。
サピはいつものように自分の分の獲物を
捕らえ食事を終えました。
そしてアーラの分の獲物を狩るために
再び、森へと繰り出します。
ネズミは嫌だと二度も聞いてしまった以上、
ネズミ以外を捕らえようと、頑張っています。
サピは普段行かないような森の奥にまで狩りに
行くようになっていました。
幸いにも他のフクロウの縄張りには入っていない
らしく、今までは自由に狩りが出来ました。
しかし、この夜は違っていました。
サピは突然、見知らぬ大きなフクロウに襲われた
のです。大きくて真っ黒なフクロウです。
サピは必死で逃げました。
アーラの動きを真似、全速力で逃げました。
しばらく森の奥を逃げ回り、振り切った、と
思った瞬間、ガツンと羽根に強い衝撃を
受けました。
必死過ぎて視界に入っていなかった枝に羽根を
ぶつけてしまったのです。
サピはあっという間に地面に落っこちてしまいました。
更に悪いことに枝にぶつけた時に羽根を痛めて
しまったようです。地面には葉っぱが積もっていて、
羽根以外はまったく痛くありませんでしたが。
上を見上げると、既に大きな黒いフクロウは何処かに
行ってしまったようです。
けれども、羽根がこれではアーラのところへ
訪ねて行けません。今日はまだ、アーラの分の獲物も
捕らえていませんし、飛べなくては家にも帰れません。
サピは周りの様子を慎重に調べ、なんとか木の根元に
隠れることが出来ました。
「これからどうしよう」
サピは困り果てて呟きました。
傷めてしまった羽根は、時間が経てばまた、
飛べるようになるでしょう。
けれど、サピが訪ねて行かなかったら、
サピの先生を訪ねる者はもう、誰もいないのです。
きっとアーラは、サピが訪ねても訪ねなくても、
変わらず何も食べないに違いありません。
羽根が癒えるまで待っていたら、アーラは
もしかしたら……とサピの脳裏に最悪の想像が
よぎります。
サピは、段々と風が強くなってきた森を、
歩いて進むことに決めました。
えっちらおっちら、サピは歩きます。
嵐の来た森の中はいつもよりもっと、暗く冷たく、
サピは強い風に何度も吹き飛ばされそうになりました。
でも、少しずつは進めています。
羽根を傷めるまで当たり前だと思っていた
飛ぶことは当たり前ではありませんでした。
あの時は仕方がなかったとはいえ、歩くのが
こんなに大変だったなんて思ってもみませんでした。
サピの足は獲物を掴むことに長けていても、
地面を歩くのには向いていないのです。
わかっていても今のサピには歩くことしか出来ません。
びっくりするほど進まなくても歩きました。
アーラに会うことだけを思って一生懸命歩きました。
やがて嵐は去っていきましたが
サピは気にせず歩きました。
夜が明けたら休み、夜が来たらまた、
サピは歩き続けました。
大きな獣が近づいてきた時は岩陰に隠れて
やり過ごし、食事は虫を食べてしのぎました。
時には、どうしようもなくアーラが心配で心配で
サピは大きな声で叫んでしまいそうにもなりました。
すんでのところで思いとどまり、
ただ一筋、涙を流しました。
アーラの家はまだまだ果てしなく遠くにあります。
サピは挫けそうな心を奮い立たせて、
ひたすら歩くことだけに集中しました。
細い月が登った夜のことです。
歩き続けたサピは森の奥からやっと抜け出すことが
出来ました。
もうどれくらい長い間アーラに会っていないのか、
サピにはわからなくなってきていました。
ただ、羽根は随分良くなって、また飛べるように
なるまではあともう少しです。
試しに少し飛んでみようと、ふわりと体を浮かせた
ところ、サピの身にとんでもないことが起こりました。
どこからかあの黒い大きなフクロウが飛んできて、
サピを大きな爪で捕らえ、連れ去ったのです。
サピは黒い大きなフクロウから逃れようと必死で
藻掻きますが、爪はびくともしません。
それどころか、爪がどんどん体に食い込んで
きているようなのです。
体の痛みに耐えながら、サピが思うのはただ、
アーラのことです。
このまま、巣まで連れて行かれて食べられて
しまったら、もう2度とアーラに会うことは
叶わないでしょう。
サピは叫びました。
「僕を放せ!」
自分が食べられそうになっていることよりも
何よりも、アーラに会えなくなることの方が
つらくてたまりません。
「まだ死ねない! アーラにまた会うまでは!」
サピの声に大きな黒いフクロウは何も答えません。
叫び声がうるさかったのか、サピを掴んでいる足に
力を籠め、淡々と飛んでいくだけです。
「ぐっ……」
あまりの力に呻いたサピが、気を失いそうになった
その時、大きな黒いフクロウは急にバランスを崩し、
ふっと爪の力が緩みました。
一瞬の隙をついて、サピは爪から抜け出しました。
しかし、サピの羽根ではまだ飛べません。
今度こそ、終わりかもしれない。
諦めかけていたら、小さな塊が物凄い速さで
飛んできてサピの体を支えました。
「大丈夫かい?」
誰よりも会いたかったアーラの声でした。
サピは、びっくりと嬉しいとどうしてをいっぺんに
思って
「本当にアーラ?」
と、目を丸くしました。
「ああ。ひとまずここから離れよう、サピ」
アーラはあくまでも冷静です。
「あいつが戻ってくるかもしれない」
サピはアーラの言葉に従い、支えられながら
二羽で飛んでいきました。
アーラの住む木のうろに着いた二羽は
ようやくほっと息を吐きました。
おそらく黒い大きなフクロウはここまでは
追って来ないでしょう。
落ち着いたところで、サピはアーラに
尋ねます。
「アーラ、どうして僕がいるところが
わかったの?」
「噂で聞いた。サピが羽根をケガして
森の奥から歩いていると」
改めて言われると何だか恥ずかしくなって
しまうサピです。
「それから、最近黒い大きなフクロウが
森の奥に住み着いたとも」
だから、サピの置いていったネズミを食べて
探しに来た、とアーラは何でもないことの
ように言いました。
サピはびっくりにびっくりが重なって
嘴を開いたまま、しばらく止まってしまいました。
よくよく見てみれば、アーラの頭の羽毛に
つやが戻っています。
「私がサピを迎えに来たらおかしいかい?」
サピの様子にアーラは不満げです。
「ううん。すっごく嬉しかったよ!」
本当の本当に。
アーラはうっすらと笑ったようでした。
「いつまで経っても手が掛かるね、サピは」
「そんなことないよ」
「あるさ。こんなに私を心配させて」
「アーラも僕と同じ気持ちだったってこと?」
「さてね」
その後、アーラは、月が半分の夜に、互いを庇い合う
ネズミの親子を見てしまったこと。その時から、
何も狩れず、何も食べられなくなってしまったことを
サピに話してくれました。
さらにほぼ毎日来ていたサピが来なくなり、
危機が迫っていることを知り、吐きそうになりながら
ネズミを食べたとも話しました。
「大丈夫なの?」
「無理が必要な時もあるさ。今がその時だっただけ」
「アーラ」
サピは呼んで、やっぱり何でもない、と
ただ、アーラに寄り添いました。
アーラもそのままサピに体を預けてきました。
今はこれで充分です。
またまんまるの月が綺麗な夜はやってきました。
何処かにある森の中、ミミズクのアーラと
フクロウのサピは仲良く一緒に飛んでいます。
アーラはまだ、少ししか食べられませんし、
狩りも再開出来ていません。
サピは一羽で飛ぶには不安があります。
でも、ニ羽だから飛んで行けます。
これからは、どこまでも一緒に。
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