第十二章 従う者 抗う者
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第十二章 従う者 抗う者
「…………僕も……もう会ってる………?」
問い返したカナンの声は、動揺と驚愕で掠れ、震えていた。
「それ……どういう意味……? 一体誰の事を………」
「それは………」
答えかけたエイデンは、突然何かに気付いたように背後の扉を振り返った。
カナンは戸惑って眉をひそめた。
「何? どうしたの?」
「階下で何かあったようだ」
「え?」
カナンは耳を澄ませたが、何も聞こえない。
しかし、立ち上がったエイデンの表情は険しく、厳しかった。黒衣の裾を翻し、素早い動作で部屋を出る。
カナンも慌てて彼に続く。
廊下に出ると、部屋の中にいた時は聞こえなかった物音がようやくカナンの耳にも聞こえた。複数の人の声がする。騎士たちの革ブーツ独特の硬い靴音も。せわしなく、ただならぬ気配だ。
どうやら騒ぎが起きているのは一階の玄関ホールのようだった。
カナンは内心首をひねった。
来客?
でも、こんな時間に?
「様子を見てくる。君はここにいなさい」
と、エイデンは言ったが、カナンは構わず彼の後に続いた。
エイデンはカナンがついて来ている事にすぐに気付いたが、一瞬だけ何か言いたげな顔をしただけで結局何も言わなかった。
窓の鎧戸が全て閉ざされた廊下は暗く、まだ微かに生温い昼間の熱気が残っていた。壁には硝子の火屋を被せた灯火が等間隔に並んでいるが、三分の一ほどしか灯されていない。
その僅かな明かりを頼りに、カナンとエイデンは玄関ホールを見下ろす円形回廊までやって来た。
柱に身を隠すようにして、そっと階下を覗き込む。
廊下とは異なり、玄関ホールは壁にぐるりと据えられた燭台も含め全ての照明が惜しげもなく灯され、まるで昼間のように明るかった。天井から吊り下げられた巨大なシャンデリアが広い玄関ホール全体を煌々と照らしている。そのおかげで円形回廊からは全体がよく見渡せた。
二十人ほどの騎士が対峙しているのが見えた。
制服の色は二種類。
片方の制服は、銀糸の刺繍が映える明るい青色の見慣れたガラハイド国の騎士の制服だった。スヴェアの姿もある。今夜は夜勤なのだろう。
そう言えば、制服を着ていないスヴェアをずっと見ていない気がする。
と、今この場では全然関係ない事がふとカナンの脳裏に浮かんだ。
しかし、もう一方の制服の騎士たちを見たカナンは、はっと息を飲んだ。
胸に黄金色の太陽を刺繍した純白の制服。
水晶騎士団の制服だ。
だが、よく見るとトロイが着ていた水晶騎士団の制服とはデザインが微妙に異なっていた。胸の太陽の刺繡の他にも襟や裾に金糸で豪華な刺繍が施され、袖口には煌びやかな月光石の飾りボタン。ぴかぴかに磨き上げられた革のブーツにも金の装飾が施されている。
シルの邸で初めてトロイと会った時も思ったのだが、泥はねひとつでもひどく目立ちそうな制服だ。主君を護り戦場で剣を振るう騎士という職種を考えると、いささか美麗すぎる制服である。
ずらりと並んで整列する分には、さぞかし壮麗で絵になるだろうが。
煌々と眩いシャンデリアの明かりが照らす中、玄関ホールには触れれば一気に弾け飛ぶようなピリピリとした緊迫感が張り詰めていた。
水晶騎士団の騎士の一人が一歩前へ進み出た。錐で突いた穴のような小さな目と薄い唇の、爬虫類を連想させるのっぺりとした顔の男だった。
「ここの責任者は?」
男の声は妙に甲高く、そして高圧的だった。
「私だ」
青色の制服をかき分けて一人の初老の騎士が進み出た。痩身だが、立ち居振る舞いは堂々としており、一部の隙もない。きちんと手入れした短い口髭には頭髪と同様白いものが混じっている。
初老の騎士は威厳に満ちた声で告げた。
「私はガラハイド国騎士カイエス=ハドル=ヨーント卿。病床におわすレディ・マリエルに代わり、現在このガラハイド国領主邸を統括している。そちらも名乗って頂こう」
「私は水晶騎士団第一師団所属カスケッツ=イヴァン=ダール卿。後ろにいるのは私の部下だ」
「他人の邸を訪問するには、いささか非常識な時間だと思うが?」
「我らは聖王ウィーアード陛下直属の近衛騎士団である。陛下の命は何よりも優先される。お前たちの都合など知った事ではない」
ダールの横柄な物言いにヨーントがピクッと頬を引き攣らせたのが、カナンの位置からも見えた。他のガラハイド国の騎士たちも全員が苦虫を嚙み潰したような表情をしている。
しかし、ダールの横柄な態度がどれほど不快で、反感を抱こうと、ヨーントたちが抗議する事は許されない。何故なら、聖王直属の近衛騎士団は他国の騎士よりも地位が上とされているからだ。
傲慢に顎を上げ、偉そうにふんぞり返って仁王立つダールの姿に、カナンはグリーナウェイらボルトカ国の騎士たちを思い出した。彼らと玄関ホールの金糸と純白の制服をまとった連中の姿がダブって見える。
ヨーントは感情を極力抑え込んだ苦々しい口調で尋ねた。
「して、用件は?」
「王宮に通報があった。ここに反逆者が潜んでいると。アンダーレイの血を引く者だ。ロザリンド=アンダーレイの孫、名はラーキン=アクトール」
「!!」
思わず声が出そうになったのを、カナンは片手で口を覆って何とか飲み込んだ。
氷の指で心臓をギュッと鷲掴みにされたような気がした。
恐れていた事が現実になってしまった。
一体、誰が王宮に密告したのだ?
「何だと? 一体何の話をしている?」
カナンとは正反対に、ヨーントは「わけがわからない」というふうに困惑してダールに聞き返した。
当然だ。彼はラーキンの素性については何も知らされていないのだから。
ヨーントは背後に立つスヴェアを振り返った。ラーキンと一緒に王都にやって来た彼ならば、事情を知っているのではと考えたのだろう。
そして、スヴェアの表情を見たヨーントは、ダールの言葉が勘違いでも誤りでもないと悟ったようだった。
困惑と動揺にざわめくガラハイド国の騎士たちの様子を蛇のような目つきで見回しながら、ダールは続けた。
「アンダーレイの血を引く者はすべからく聖王陛下に対する反逆の罪に問われる。直ちに反逆者ラーキン=アクトールを引き渡せ。でなければ貴様ら全員を同罪とみなす。ガラハイド国領主も、貴様らが崇め奉る〈救国の貴婦人〉とやらもだ。病床にあろうと構わぬ、寝所から引きずり出してくれよう」
「無礼な!!」
「クレメンツ公とレディ・マリエルに対し何たる暴言か!」
「いかに近衛騎士といえど、一国の領主を侮辱する事など許されぬぞ!」
あまりの言い草に我慢ならず、ガラハイド国の騎士たちが口々に怒りに満ちた声を上げる。
そんな彼らをダールは嘲笑った。
「たかが辺境の一小国の騎士ごときが身の程をわきまえよ。王命を携える我らに対し無礼を働いておるのは貴様らの方であろう。私の慈悲にも限界があるぞ。それとも、貴様らは自分たちの主君をナサニエル公と同じ目に遭わせたいか?」
「!!」
ヨーントはぐっと言葉に詰まった。
スヴェアも、他のガラハイド国の騎士たちも。
ナサニエルほどの大国の領主ですらその地位を取り上げられたのだ、ガラハイド国のごとき小国の領主の座を剝奪するなどたやすい事だぞ、と、ダールの嘲笑混じりの言葉は暗にそう告げていた。
そして、それは事実だった。
黙り込んだガラハイド国の騎士たちに、ダールは勝ち誇ったように言い放った。
「さあ、さっさと反逆者をここへ連れて来い。それとも我らに邸内を家探しされたいか!?」
「……………どうやら、王宮にラーキンの素性を知られてしまったようだな」
独語のようなエイデンの言葉に、カナンは思わず彼を振り返った。
間近に立っているというのに、黒衣の男の姿は薄闇に溶けまるで実体のない影のようだった。
カナンは焦った口調で言った。
「ラーキンを逃がさなきゃ。彼はどこ? 自分の部屋かな?」
「…………あそこだ」
エイデンは、玄関ホールを見下ろしたまま苦々しげに言った。
「早まった事を………」
「え?」
エイデンの視線を辿ったカナンの目に、信じられない光景が飛び込んできた。
気付いて止めようと腕を掴んだスヴェアの手を振りほどき、青色の制服の騎士たちの間を抜けて、ダールの前に立ったラーキンの姿が。
ベッドから抜け出したばかりらしく、櫛も通していない髪は乱れ、夜着の上に薄い羽織を着ているだけだ。
現れたラーキンを、ダールは上から下までじろじろと舐めるように眺め回した。
「お前がラーキン=アクトールか?」
「そうです」
ラーキンは頷いた。青ざめた顔で、しかしきっぱりと。
ラーキンは背後のガラハイド国の騎士たちを示すと、静かな口調で続けた。
「先ほどのヨーント卿の反応をご覧になったでしょう? 彼らは私の素性については何も知りません。レディ・マリエルも、クレメンツ公も同様です」
「彼らを騙しておったという事か?」
「はい。彼らには何の罪もありません。連行するのは私一人で十分でしょう、ダール卿」
ダールは「ふん」と小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「まあよい。そういう事にしておいてやろう。それにしても、ビスズと違ってずいぶん肝が据わっておるではないか。彼奴はずっと情けなく喚き散らしておったぞ。鶏のごとく首を刎ねられるその瞬間までな。だが、貴様とてあの大斧を見れば無様な醜態をさらすに違いない。お前の汚らしい首が桶に転げ落ちる様を見るのが今から楽しみだ。…………手枷を!」
「は!」
おとなしく従っているにも関わらず、近衛騎士たちは容赦なくラーキンの腕をねじ上げて跪かせると重い手枷をはめた。
そこにはひとかけらの慈悲もなかった。
この後、ラーキンがどのような目に遭うのかを象徴しているかのように。
ダールは唇を噛んでねじ上げられた腕の痛みに耐えるラーキンに顔を近づけた。
「貴様の事を王宮に密告した者が誰か知りたくはないか? 教えてやろう。密告したのは水晶騎士団第十六師団の者だ」
「第十六……?」
ラーキンの顔から血の気が引いた。
「まさか………!」
ダールは下卑た嘲笑を浮かべた。
「察しがいいな。その通りだ。水晶騎士団第十六師団所属の三級騎士アシュエン=イルクーデン。貴様の義理の兄だ。妹の夫を売るとは、実に聖王陛下への忠誠心に溢れているではないか。………と、言いたいところだが、奴は見返りに出世と報酬を望んだらしい。一級騎士に昇格し、近衛騎士団に入りたいと。抜け目のない奴だ」
言葉をなくすラーキンに、ダールはさらに追い打ちをかけるように続けた。
「………いや、違うか。妹の元夫だったな。奴が言うには、妹は貴様とはすでに離婚して赤の他人ゆえ、妹も自分も貴様とは何の関わりもないそうだ。もとより、反逆者を庇う者など誰もおらぬだろうがな」
言いながら、ダールはガラハイド国の騎士たちの方を見やった。
ダールの言葉通り、ヨーントらガラハイド国の騎士たちは……スヴェアですらも……黙って見ているだけだった。
彼らはそうする他なかった。今ここでひと言でも聖王の命を受けたダールに異を唱えれば、それは聖王への反逆を意味するからだ。
彼らは無論の事、主君であるクレメンツや、マリエルにまでもその罪が及ぶ。
スヴェアが血の滲むほど固く拳を握り締めていたが、カナンの位置からは見えなかった。
ダールは立ち尽くすガラハイド国の騎士たちに向かって嫌味たらしく言い放った。
「二度と反逆者ごときに騙されぬ事だ。仮にも騎士を名乗る者ならばな。………では、良い夜を」
皮肉たっぷりに言い捨て、ダールは部下に命じた。
「連行しろ!」
「は!」
「さっさと立て! 反逆者め!」
「グズグズするな!」
両脇から二人の近衛騎士がラーキンの腕や髪を掴み、力任せに無理やり立ち上がらせる。
その一瞬……ほんの一瞬だけ……ラーキンが円形回廊にいるカナンとエイデンを見た気がした。
彼は微笑んだようだった。
まるで今生の別れを告げるかのように。
壁に掛けられた大きなクレメンツの肖像画が見守るなか、近衛騎士たちは扉が開け離れたままの正面玄関へとラーキンを引っ立てていった。小突き回し、口汚く罵声を浴びせながら。
カナンは茫然と立ち尽くしていた。
ラーキンを王宮に売ったのは、彼の義兄?
王都に着いてすぐの頃義兄アシュエンの家を訪ねたラーキンは、義兄夫婦や始めて会った姪や甥との楽しいひと時について本当に嬉しそうにカナンに語っていた。
「キリに似て優しい男なんです、アシュエンは」
ラーキンは笑顔でそう言っていた。
その義理の弟を、売ったというのか? 昇進と報酬欲しさに?
プレストウィック国で、報奨金欲しさにカナンを役人に売ったパサネスティのように?
それだけではない。三日と空けず手紙を書き送るほどラーキンが心から愛していた妻キリまでもが、彼を見捨てた? 離婚し、もう関係ないと。
赤の他人だと。
カナンの心は怒りで震えた。
許せない。
こうもあっさりと、簡単に、自分を愛し、慕ってくれる相手を裏切るなんて……!!
カナンの胸の奥底……最も深い場所で眠っていた熱く激しく狂おしい何かが、一気に噴き出した。
その瞬間、カナンの胸元でアリアンテが燦然と輝いた。
「! カナン待て!」
咄嗟にエイデンが制止しようとカナンに手を伸ばす。
しかし、カナンに触れた瞬間、エイデンの体ははるか後方へ吹き飛ばされていた。壁に激しく叩きつけられ、そのはずみで額飾りが弾け飛ぶ。
何が起こったのかわからず、エイデンは顔に乱れ散った黒髪の間から茫然とカナンを見た。
氷のような緑色の瞳が、痛々しい額の古傷が露わになったエイデンの顔を見下ろしていた。
『…………また見捨てるのか?』
恐ろしく冷たい、怒りと憎しみすらこもった声だった。
『ドンの時のように』
「!」
エイデンは息を飲んだ。壁に手を付き、叩きつけられた衝撃で軋む体を無理やり引きずり上げる。
『…………やはり君か………エルレイ』
エイデンは、痛みと悲しみと懐かしさがないまぜになったような何とも表現し難い表情をした。
『プレストウィックの薬屋で初めてカナンに出会った時、何故か君の気配を感じた。ほんの一瞬だったが。そして、ガラハイド国攻防戦で私は確信した。………君はずっとそこにいたのだな。あの薔薇の園の墓ではなく。七十年前、君がワクトーに託した水晶の首飾りの中に』
『貴方は今、これでついに「七賢者が再び集った」とでも考えているのだろう?』
冷酷で無情な………強烈な嘲りの言葉が返ってきた。
『そう都合よく貴方の思惑通りになるとでも? 陛下』
アリアンテの輝きが一層増した。
それは、まるで突如白い太陽が出現したかのようだった。見る見るうちに膨張し、広がって、あっという間にエイデンを………いや、円形回廊全体を呑み込んでいく。ガラハイド国攻防戦で出現した時よりもはるかに強烈で、凶暴で、破壊的な光だった。
階下で、光に気付いた騎士たちが何事かと騒ぎ出す。
黒衣から煙が噴き出した。
エイデンは顔をしかめた。四方八方から押し寄せる白い光は氷の海のように冷たいのに、全身を業火で焼かれているかのようだった。歯を食いしばり、崩れ落ちそうになる膝を何とかこらえる。全く身動きが取れない。指一本すら動かせない。
何かが砕ける嫌な音が響き渡った。
エイデンははっと顔を上げた。
夜空を切り裂く稲妻のごとく、無数の亀裂が彼とカナンの間の床に走る。
ガクン!! と円形回廊が沈んだ。
そして………
「カナン!」
エイデンの目前で、円形回廊はカナンもろとも轟音と共に崩れ落ちた。
終 章
「何だ!」
「何が起こった!?」
「地震か!?」
突如崩れ落ちてきた円形回廊に、玄関ホールはパニックになった。砕けた回廊の破片が飛び散り、降り注ぎ、もうもうと粉塵が舞い上がる。遠くで人の悲鳴じみた叫び声がしたが、おそらく地階の自室でぐっすり眠っていた領主邸の使用人たちだろう。
粉塵に咳き込みながら、スヴェアは周囲を見回した。破片に当たった数人が頭や腕や肩を抑えて呻いていたが、幸いにもガラハイド国の騎士たちの中に崩落した円形回廊の下敷きになった者はいないようだ。
近衛騎士たちの安否などどうでもいいが………
ラーキンは?
ラーキンの姿を探して正面扉の方角を見やったスヴェアは、そこにいるはずのない人物の姿を見つけて思わず声を上げていた。
「カナン!?」
カナンがダールの前に立っていた。
スヴェアは混乱した。
いつの間に?
どうやって?
「何だ、お前は!?」
突如目の前に出現した小柄な少年に、ダールが頓狂な声を上げる。
カナンは無言だった。氷のような目で、喚くダールを凝視している。
ダールが思わず怯むほどの、背筋が凍るような憎悪に満ちた目で。
「な、何だその目は! 聖王陛下直属である我ら近衛騎士の邪魔をするなど許さんぞ!」
一瞬でも小柄な少年相手に怯んでしまった事を誤魔化すかのように、ダールは喚いた。
いきなり腰の長剣を抜き、その勢いのままカナンに振り下ろす。
「! やめろ!」
「やめて下さい!」
スヴェアとラーキンがほぼ同時に叫ぶ。
………が。
次の瞬間、カナンの胸元でアリアンテが眩い輝きを放ち………
「ぎゃっ!!」
ダールの右腕は、握った剣もろとも一瞬で消滅していた。
切り落とされたのではない。文字通り瞬時に消え失せたのだ。
数秒の間を置いて、おおよそ三分の一ほどの長さになってしまったダールの腕の残骸から大量の血が一気に噴き出す。
純白の制服が見る見るうちに真っ赤に染まり、ダールは床の上でのたうち回りながら獣のように絶叫した。床に描かれたガラハイド家の家紋が血で汚れていく。
その様を冷酷に見下ろしながら、カナンは笑みを浮かべていた。楽しくて堪らない、とでもいうふうに。
スヴェアもラーキンも………いや、その場にいた全員が凍りついた。
一体、何が起きた?
「………カナ……」
ラーキンが震える声でカナンに呼びかけようとした時、金属が砕ける鋭い大きな音が響き渡った。
はっと我に返り「今度は何事だ」と周囲を見回した一同めがけて、シャンデリアが凄まじい轟音と共に落下する。
慌てて避ける騎士たち。
床に叩きつけられた衝撃で、シャンデリアが粉々に砕け散る。
続けて、金属の鎖がこすれ合うような音が鳴り響き、玄関ホールの明かりが次々と消えていった。
全ての明かりを失い、玄関ホールが真っ暗になる。
すると今度は、
「……グワッ!」
「ガッ!」
と、暗闇に複数の悲鳴が響いた。
荒々しい足音と、誰かが突き飛ばされたような鈍い音。それに何故か馬が駆けるような蹄の音も。
物音はあっという間に静かになった。
不運にも崩落した円形回廊の破片が当たったのか、こめかみに血を滲ませたヨーントが部下に向かって怒鳴った。
「誰か明かりを持って来い!」
ヨーントの命令が終わるか終わらぬうちに、筆頭侍従を先頭に数人の使用人が火を灯した燭台を持って現れた。まだ仕事をしていたらしい筆頭侍従以外は全員寝着姿だ。円形回廊が崩落した音に驚いて、ベッドから飛び起きたのだろう。皆髪は乱れ、動揺がもろに顔や態度に表れてしまっている。
「これは………」
再び明かりを取り戻した玄関ホールの有様を見たスヴェアは、思わず呻き声を漏らした。
崩れ落ちた円形回廊の残骸に、粉々に砕けたシャンデリアの破片。
そして、床に倒れた近衛騎士たち。
純白の制服は破れ汚れ、呻き声を上げるばかりで誰一人立ち上がれない。ダールに至っては白目を剥き完全に気絶している。
しかし、彼らをこのような目に遭わせた襲撃者の姿はどこにもなかった。
まるで突如吹き荒び、あっという間に駆け抜けた旋風のように。
明かりが消えたあのわずかの間に、一体何が起こったのか。
一体何者が、こんなふうに水晶騎士団の精鋭たちを一瞬で叩きのめしたのか。
「派手にやられたな」
いつの間にかスヴェアの傍らに立っていたエイデンが言った。
まるで他人事のように……いや、確かに近衛騎士がどんな目に遭おうと彼にとっては他人事に違いないが……言う黒衣の男に呆れて振り返ったスヴェアは、彼の顔を見て思わず驚愕の声を上げた。
「エイデン!? その額の傷はどうした!?」
「古傷だ」
短く言い放ち、エイデンは同情のかけらもない冷やかな目で無様に倒れ呻く近衛騎士たちを見回した。
「誰かは知らぬが、見事な手際だ」
スヴェアは疑わしげな目つきで黒衣の男を見た。
「誰の仕業か、心当たりはないのか?」
「ないな」
「本当に?」
「本当だ。信じろ」
スヴェアは押し黙った。「信じろ」という言葉に含まれた微妙なニュアンスを敏感に感じ取ったからだ。
エイデンは襲撃者が誰か感づいている。
だが、口にするつもりは微塵もないのだろう。
スヴェアは内心で舌打ちした。
…ったく、相変わらずいけすかねえ野郎だ。
それから、改めて玄関ホールを隅々まで見回したスヴェアは、ある重大な事に気付いた。
「おい………カナンとラーキンはどこへ行った?」
二人の姿は、どこにもなかった。
*
同日。
とある事態が発覚した。
聖王ウィーアードによって領主の座を取り上げられ、オルデン国領主邸で蟄居しているはずのナサニエル=ヘクター=オルデンが、忽然と姿を消していたのである。
*
いつか、雨と霧を抜け終着の地を踏めますように。
第三巻 終わり
サブタイは「集結」なのに行方不明者が出てしまいました。大嘘つきな作者でございます。
石の剣の王 第三巻 集結 は、これにて最終回となります。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
次巻の 第四巻 海があふれた日 にて、本作品は完結となります(なるはずです)
尚、第四巻(最終巻)の投稿開始は、本年(2026年)8月2日(日)午後の予定です。
非常に期間が空いてしまいます事を心よりお詫び申し上げます。
引き続き、次巻もお読み下さいますと幸でございます。
ではまた、第四巻でお会いしましょう。
※2026.2. 本巻は一部加筆修正しました。




