「警部」1~2 プロローグ
プロローグ
1
旧市街にあるうらぶれたビルの一角、玄関を抜けるとホールがあり、受付がある。しかし、今では誰も座っていない。誰も掃除しないので、歩くたびに、大理石の床に足跡が付く。廃墟になったビルを本庁が安く買い上げたものだ。
ホールを抜けると突き当たりにエレベーターがある。エレベーターのドアは溶接してある。そして、その端に非常階段へのドアがあるが、これだけは真新しい、しぶちんの本庁もここだけには金をかけたらしい、声紋認識装置が付いているのだから、上出来というところか。私が自分の認識番号を告げると、バチンと音がして、ドアが開いた。しかし、ここまで金をかけたのならば、ドアの開閉くらいは自動にすればいいものを、お陰で分厚いドアをふうふう言いながら開け閉めしなくてはならない。
非常階段を上りきると、そこは細い廊下になっていて、突き当たりにまたドアがある。昔、窓があったところにはチタンの合金板が埋め込まれて、溶接までされている。無用な侵入者を避けるためだが、少し大袈裟すぎる気もする。足元の非常灯がなければ、この廊下は真っ暗なはずだ。
突き当たりのドアの前には不恰好な出っ張りがついていて、これが眼紋認識装置になっている。両目で眼紋認識装置を覗き込むと、自分の後ろの映像がみえるようになっている。これも余計なことかも知れないが、眼紋を認識するとき、どうしても無防備な格好をしなくてはならないので、その用心のための配慮だ。この事務所もこういったところは気が利いているのだが。
眼紋を認識する時間はほんの一瞬だ。認識装置を覗きこむと同時に事務所のドアのロックが外れるようになっている。無愛想なチタン合金製のノブを回すと、スルリとドアが開いた。
2
部屋に入ると、古めかしい木製のコートかけと、本皮に似せた安物のソファーが置いてある。私はソフト帽とコートをコートかけに掛けて、部屋の奥のデスクの愛用のソファーに腰を掛けた。この時代めいたデスクには、今流行の、埋め込み式の液晶画面が備え付けられていて、席につくと同時に、情報ネットの端末が自動的に起動するようになっている。
情報ネットの端末画面は、もう、勝手にこのビルに私以外の何者かが近づいていることを検知し、警告モードから自動的に追跡モードに切り替わって、その人物を拡大して捕らえている。このビルのあちこちには、赤外線センサーから、監視カメラ、マイク、などが各所に仕掛けられていて、情報ネットの端末から操作できるようになっている。情報ネットの端末画面に映っているのは私の部下の霞君だった。
霞君はコートの襟を立てて、ポケットに両手をつっこんで、フロアを抜けるところだった。ポケットに手をつっこむのは彼女の悪い癖だ。
私は腰のホルスターから、SIG-M2057の6インチ10mm(*1)を抜くと、セイフティを外して、12連マガジンを抜き、遊底回転レバーを回して、遊底の中の10mmケースレス弾を一発、抜き出し、そいつをデスクの中央に置いた。そして、そのまま、向かい側のドアに狙いをつけた。
脇の情報ネットの端末を見ると、眼紋認識装置を覗いている霞君の後ろ姿を監視カメラが捕らえていた。ドアのノブがゆっくりと回り、コートのポケットに手をつっこんだままの霞君が入ってきた。
私は迷わず彼女の頭を狙って、M-2057のトリガーを引いた。ハンマーがバチンと乾いた音をたてて、落ちる瞬間、彼女は腰のホルスターに手を回し、銃を抜こうとしたが、コートのポケットに突っ込んだ手が抜けなくて、もがいてつんのめった。
私が、もう一度彼女の頭に狙いをつけると、彼女はポケットからようやく、手が抜けたらしい。そして、やれやれといった顔をしながら、「警部、これからポケットに手を入れるのは止めます。」そういって彼女はきびすを返して、私に背中を向けた。
*1
SIG-M2057の6インチ10mmは筆者がこの作品の世界観に合致するように設定した架空の拳銃である。
設定上、現実に存在するシュバイツ・インダストリー・ゲゼルシャフト社が西暦2057年に開発した拳銃ということになっている。この拳銃はヘッケラー&コッホ社が開発したG11を参考にした架空の拳銃である。
G11同様、ケースレス弾頭を採用した前提の、ガス圧利用式、回転遊底を備えた、自働装填式銃で、設定では架空の10mm口径アルミ弾頭を採用しており、銃身の上部に10mmケースレス弾を12発、下向きに収納するスプリング圧縮式単装填弾倉を備えている。
回転式遊底がガス圧で回転する時の回転力を利用し、機械式激発ハンマーを圧縮し、フック式装填機構により弾倉からケースレス弾を回転遊底に半連続装填する。半自働装填式拳銃である。
初弾の遊底への装填、不発弾の回収は側面の遊底回転レバーで行う。機構上、速射性に優れた、高精度の集弾性(50mで50mm程度に収まる。)を備えた拳銃として設定する。