やはり妄想は妄想のままがいい
出版社によって、カバーの折り返しに著作者の顔写真が載っていることがありますよね。あれって、何の為に載せているのでしょう??
自分は物語を読んでいて、その内容や文体から作者の顔を想像したりする方なのです。いえ、想像と言うほど明確でも無いのですけど、要するに物語から感じる印象を基に、「こういう方であって欲しい」と勝手に理想を押し付けている訳です。そう言う意味では芥川龍之介先生や中島敦さんは理想通りのお写真で感激です。
ただ、美男美女ばかりを思い浮かべている訳でもないのですが、お写真が、なんかこう……偶に、自分の妄想と全然方向性の違うタイプの方だったりして、「oh……」となったりするのです。
タレントさんやV tuberさんの書かれたお話なんかは、初めからその方の顔(顔と言っていいか分からない方も居らっしゃいますが……)を知っているのであまり違和感は感じないかと思いきや、やっぱりそうでもないのですよね。お名前を出すのは失礼かとは思いますが、例えば又吉直樹さんは、あのルックスと素晴らしいお話がマッチしていてまったく違和感がない。バカリズムさんも全然違和感を感じませんでした。その一方、「え……この方が……?」みたいに、その落差に愕然とすることもあるのです。物語の面白さを十分堪能した後に、物語の面白さと全く関係ないところでびっくりしてしまう訳です。
我ながら、人間なんて勝手なものですね。もういっそ、写真の無い時代の文学なら……いくらでも妄想を膨らました処で、明確な答えがある訳ではありませんから、「oh……」とならずに済んでいいかもしれません。仮に著者近影的なものがあったとしても浮世絵風だの平安絵巻風の絵だのですから、それこそ妄想でいくらでも補えますし……。
どうしましょう、もうっすっかり内容を忘れてるのをいいことに、久しぶりに「方丈記」でも読み返しましょうか……そして、長明先生の御姿を好きなだけ妄想してみようかと思います(不敬にも程がある)。




