春になると思い出す
とある身内の女性から聞いた話です。
彼女……仮に、Yとしておきましょう、Yの実家の庭には、杏の樹が植わっておりました。Yが生まれた時に、記念樹として彼女の父が植えたのだそうです。
ところで、Yの父は植物が好きな男で、若いうちから盆栽なども育てているような人でしたが、基本的には自分で庭に植えた樹であってもまめに手入れをするようなタイプではありませんでした。勿論、記念樹の杏も植えっぱなしです。なので十五年以上、花もあまり付かず、当然ながら実は一度も付かなかったのだそうです。
そんなある年の春。ちらほらと申し訳程度に杏が花を付けたそうですが、YもYの家族も「ああ、花が咲いたんだ」程度の気持ちだったそうです。実は梅や杏には「他家不和合性」といって、自家受粉し辛い性質があるのです。なので、例え花が付いても、他の品種が近くで咲いてないと実はつかないことが殆どだそうで、Y一家も然程結実には期待していなかったのですね。
で、そんなことをすっかり忘れていた七月のある日。Yが読書をしていると、庭に出ていたYの父が、
「お前の樹、一個だけ実が付いたぞ」
と、言って、右手を差し出してきました。そこには、小さな、小さな……李の実が一つ。
「……李じゃん」
「李だな」
「……杏って言ってたじゃん」
Yの言葉に、Y父がいきり立ちました。
「杏だと思ったんだよ! だって、苗はそっくりなんだよ! 見分けつかんわ! お父さんもびっくりだよ!!」
「いや、買う時に確認しなかったの?」
「小さい字で書かれてたら読めないよ!」
……結局、Yは後でその実を食べようと冷蔵庫に入れておいたところ、いつの間にかY父に食べられてしまっていたそうで、美味しかったかどうかは分からなかったとのことです。
十五年以上、家族の誰一人花の微妙な違いに気付かず誕生樹を勘違いしていたのも中々ですが、娘の誕生樹に実った初めての実を躊躇なく食べるY父……なんか、この時期になると思い出す話なのです。




