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 家へ帰る道中、彼女は終始楽しそうだった。スキップしたり、くるくると回ったり、飛んだり跳ねたり。全身で幸せを表現していた。普段の彼女なら絶対にしない行動だ。

 いつも彼女は等間隔で、速度を早めも遅めもせずに、姿勢良く、流れるように歩いている。限りなく自然体なロボットのように動くのが笹川さんのはずなのだ。いっそ奇妙なくらいに隙がない。

 それが今はこんなにふわふわとしている。一センチくらい宙に浮いていそうだ。

 天真爛漫といった言葉がよく似合うようになった彼女を家にあげ、部屋まで案内した。両親は仕事で家にいない。手を出しても大丈夫という邪な考えを首を振って消し飛ばす。彼女は今でこそこんな風になっているが生徒会長だ。何かしたら大事になる。


「物が少ないねー」

「そうですかね。とりあえず適当に座っててください」


 無遠慮に部屋を物色している彼女の背中に声をかけ、部屋を出る。廊下は寒くて足が冷たくなる。台所へ行き、冷蔵庫からオレンジジュースを出す。ガラスコップを二つとり、オボンにのせる。タプタプと注がれる橙色の液体をみて、気分を落ち着ける。


 ただPlayでぽわぽわしている笹川さんを匿っているだけ。

 何もやましいことはしていない。そしてここからもしない。


 よし、大丈夫。私は冷静だ。彼女に何かあったら絶対に問題になる。私の平穏な学校生活が終わってしまう。それだけは絶対に避けねばならない。


 一つ深呼吸してから部屋に戻る。肘で扉を開き、中に入るが彼女が見当たらない。一体、この狭い部屋のどこに隠れたんだ。しかもこの短時間で。

 ひとまずテーブルにコップを置く。寒いので暖房をつける。そして彼女を探そうと立ち上がる。テーブルの奥にはいない。ベッドの上にもいない。さてはて彼女はどこへ行ったと振り返ると部屋の隅でうずくまっていた。


「どうしたの?」

「命令して、それから叱ってちょうだい」


 全身がプルプルと震えていた。寒さからではない。おそらく、Subとしての本能が満たされず身体が飢えているからだ。……けれど、おかしい。さっきPlayはしたはずだ。ならどうして今こうなっている。


「助けて」


 うだうだ考えるのは後にしたほうがよさそうだ。彼女の身体は限界が近いらしい。はやくたすけてやらなければ。


みて(Look)


 彼女に命令する。だが彼女はこちらを見ない。Subとしての本能にわざわざ逆らい、自分の意思で床を見つめている。苦しそうにプルプル震えながらも目を合わせてくれない。


こっちをみて(Look)


 もう一度命令するが、彼女は首を横に振るばかりだ。また顔色が悪くなっている。血が通っていないみたいに顔が真っ白。唇が紫になっている。一体どうしろというのか。もうPlayはやっている。ちゃんと命令はした。ただ彼女がしたがってくれないから褒められない。頭が真っ白になる。何もわからなくなって、思考が壊れていく。どうしよう。今この瞬間にも彼女に負荷がかかっているというのに。


「私を、叱って。しかってちょうだい、な」


 しかる……叱る?

 鈍った頭ではしばらく彼女の発した言葉が理解できなかった。頭がしっかりしても彼女の言った意味がわからなかった。なぜ彼女を叱る? なぜ彼女は叱られたいといっている? 理由は理解できなかった。でも彼女がそれを求めている。ならば答えるのがDomの役目だ。


悪い子ね(Bad Girl)


 いつも義務として命令の後に褒めるように、彼女を叱った。

 ただそれだけなのに、身体がゾワッと熱くなった。血が燃えたぎるような歓喜に襲われた。今までPlayで何かを感じたことはなかった。ただ体調を整えるための行為としか見做していなかった。


「何これ」


 あまりの衝撃に床へ崩れ落ちる。初めての感覚に頭が追いつかない。身体がバラバラになりそうなのを両手で押さえる。突然やってきた未知の衝撃に身体が震える。

 それでも踏ん張って彼女の様子を見ると震えはおさまり、幸せそうに床の上で溶けている。


「どういうことなの?」


 彼女に問う。Domが命令する。Subが従う。Domが褒める。それがPlayのはずだ。それでDom()Sub(笹川さん)も満たされる。そのはずだった。


 それなのに、そうであるはずなのに。今のはなんだ。

 私が命令しても彼女は従わない。ゆえに私が彼女を叱る。すると私も彼女も満たされた。おかしいはずなのに、満たされた。意味がわからない。こんなの普通じゃない。ありえない。なにかがおかしい。


「私たち相性いいんだね」


 彼女はそう言って笑うだけ。答えを教えてくれやしない。なんにも説明してくれない。周り全てが意味不明で知らない世界に迷い込んだみたいだった。孤独で怖くて仕方がなかった。ただ初めて知ったPlayの快楽に揉まれていた。

 10分ほど経って、ようやく落ち着いて話せるようになった。


「これ、どういうことですか?」

「私たちのツボがお仕置きにあったってことです」

「お仕置き」


 彼女の話口調はいつも通りに戻っている。座り方も背筋を伸ばして正座していて、先ほどまでの乱れようが嘘みたいだ。

 ただ会話の内容だけは穏やかではない。私はお仕置きにDomとしての本能を満たされるらしい。Subを痛みで支配し自分のものにするためのお仕置き。私の一番嫌いなDomの一面だ。それが自分の中に本能として存在するなど認めたくない。


「そんなわけない。気のせい、だよ」

「気のせいじゃないでしょ。腰抜けるくらい良かったんでしょ」

「違う。違うの」


 嫌だ。そんなの認められない。そんなの私じゃない。私であってほしくない。

 私は不用意に人を傷つけたくない。悪い人になりたくない。何より悪い人になるのが怖い。人に傷ついた顔をされるのが怖い。


「認めなよ。そうしたら楽になれるよ」

「うるさい! 出てってよ」


 半分悲鳴のように叫べば意外にあっさりと彼女は立ち去った。さっぱりしているところがいつもの笹川さんらしくて先ほどまで見ていたのは幻覚かと思う。もしそうなら私が感じたものも全部偽物だ。

 全て気のせいだ。気のせいであってほしかった。

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