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第八章② 見知らぬ鉱石は夢を見る

王城の玉座の間には、重苦しい沈黙が広がっていた。公王の鋭い視線が集まった貴族たちを射抜くように見渡す。

やがて、彼は低く問うた。


 「伝説の宝玉が――紛失した、というのだな?」


誰もが息をのんだ。


王城の奥深くに保管されていた、王家の象徴にして公王の即位の儀式に不可欠な伝説の宝玉。それが突如として消えた。


 「……王国にこのことは?」


公王の問いに沈黙を破ったのは、公王の弟であり、筆頭侯爵家の長──アルシアの父だった。


 「まだ、伝えておりません」


 「賢明な判断だ」


 公王は静かに頷いたが、その目は険しいままだ。


 王国に伝説の宝玉が失われたと知られれば、公国の内情が一気に暴かれる危険がある。

 宝玉は単なる王権の象徴ではない。公国の王位継承において、決して外部に知られてはならない秘密を抱えている。


 しかし──この事態を利用しようとしている者がいた。


 「王国は、この機を逃すはずがないな」


 「……はい」


 筆頭侯爵が深く頷く。


 「連合加盟の条件は、あくまで名目上の保護。だが、実際には公国の完全な併合を狙っている。伝説の宝玉が失われたと知れば、王国は公王の正統性に疑義を呈し、政治的な圧力を強めるでしょう」


 「即位の儀を行えなければ、次代の公王の正統性が揺らぐ……」


 王国がそれを見逃すわけがない。


 「問題は、誰がこの盗難を仕組んだかだ」


 低く響く声に、側近の一人が口を開く。


 「……王国の現国王の側妃一派かと」


 貴族たちの間にどよめきが広がる。


 宝玉を狙うには、それ相応の動機と手段が必要だ。

 だが、王国の側妃が単独でここまでのことを仕掛けるとは考えにくい。


 「影の手を使い、貴族たちの家族を人質にし、宝玉を奪った……そう聞いております」


 「ならば、王国に訴えるべきではないのか?」


 「しかし、王国は『側妃が勝手にやったこと』として、彼女のみを北の塔へ幽閉し、幕引きを図るつもりのようです」


 要するに――。

 王国はこの事件を利用し、公国に揺さぶりをかけているのだ。


 もし公国がこのまま無防備に王国に交渉を持ちかければ、「宝玉を紛失した」こと自体が王国の知るところとなる。

 そうなれば、公国の即位の秘密が暴かれ、王国に付け入る隙を与えることになる。


 今、公国が戦える状況ならば、強硬な態度で王国に対抗することもできただろう。

 しかし、公王は病に伏している。

 公国は今、静かに力を蓄え、次の公王が即位するまで持ちこたえなければならない。


 「今は、王国に弱みを見せるわけにはいかない」


 だからこそ、真相を隠す必要がある。


 貴族たちの視線が交わされる中、重々しい足音が響いた。


 「――カエレスティス、はせ参じました」


 扉が開き、フィオレンとその父が姿を現す。


 カエレスティス侯爵は、懐から小さな布包みを取り出し、玉座の前へと差し出した。


 「『彗星の欠片』でございます」


 静寂が広がる。


 布を解くと、青白い輝きを湛えた鉱石が姿を現した。

 フィオレンの家は公国でも有数の鉱石の目利きであり、彼らが特別なものと見極めたのであれば、それは確かな価値を持つはずだった。


 だが――。


 「……これは、代わりにはならぬ」


 公王は低く言った。


 「王国は、公国の弱体化を望んでいる。今の王国は、公国がこのまま瓦解することこそが望みなのだ」


 沈黙が支配する中、フィオレンが静かに息をついた。


 「……ならば、策があります」


 「ほう?」


 フィオレンは一歩前へ出た。


 「王国が公国を揺さぶる材料は、伝説の宝玉の行方です。しかし、それを逆手に取ればいい」


 「……どういうことだ?」


 「公国は、宝玉が盗まれたことを公表すべきではありません」


 その言葉に、場が凍りつく。


 フィオレンは、ゆっくりと続けた。


 「伝説の宝玉が失われたと知れれば、王国は確実に動く。その前に、全ての罪を私一人に被せてしまえばいいのです」


 貴族たちが息をのむ。


 「……お前に?」


 「私は見る目がある故に、宝玉に目が眩み、盗んで逃走します。そうすれば、公国が王国に対して必要以上に弁明する必要はなくなり、宝玉にまつわる真相が外部に漏れることもありません」


 「……お前は、何を言っている?」


 「私は、今ここで公国を去ります。そして、この国が再び立ち上がる日が来たとき――そのときに、私の名誉を回復させてください」


 静寂が落ちた。


 フィオレンは、淡々とした口調のまま、玉座の間を見渡した。


 「今は、戦えないのです」


 誰も、何も言えなかった。


 フィオレンの父だけが、彼を見つめ、静かに目を閉じた。


 「……それで、公国が守られるのならば」


 フィオレンは、静かに微笑んだ。


 「それで十分です」


 夕陽が差し込み、玉座の間を照らしていた。

 青白い光を宿した彗星の欠片が、わずかに煌めいた。

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