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第五章 輝きを映す鏡

新年度が始まり、アルシアたちは二年次へと進級した。


入学してから一年以上が経ち、貴族学校の雰囲気も微妙に変化していた。新入生だった頃は、すべてが新鮮で息苦しく感じたが、今はもう慣れたものだ。


一年次の時に比べると、生徒の数がわずかに減っていることに気づく。


(……ちょっとだけ、少なくなった?)


卒業生は毎年いるし、婚姻によって学業を途中で終える者も毎年いる。しかし、今年は例年より退学者が多いような気がした。


貴族の世界において、結婚や外交は重要な役割を持つ。特に、隣国との関係が深まるにつれ、王国へと嫁ぐ令嬢や、公国を離れる者が増えているという話も耳にした。


(……まあ、私には関係のないことね)


アルシアはそう思いながら、講義室へと足を踏み入れた。


窓の外には澄んだ秋の青空が広がり、緑濃い木々の間に色づき始めた葉が混じり始めている。公国の四季は豊かで、夏の暑さから解放されたこの時期は、研磨や鑑定の実習にも適した季節だった。


〜 〜 〜 〜 〜


「今日は実技として、ルーペを使った石の鑑定を行う」


講師の言葉とともに、生徒たちは机の上に置かれた小さな鉱石を手に取った。


「石の価値は、見た目だけでは判断できない。割れや内包物、透明度、カットの可能性……それらを総合して、初めて価値が決まる」


アルシアは慎重にルーペを持ち、小さな石を覗き込んだ。


(……傷がある)


石の表面には細かい亀裂が走っていた。光を当てると、内部には小さな内包物が見える。


(あまり良い石ではない……?)


そう判断しかけたところで、不意に隣から声がかかった。


「アルシア、どうした?」


フィオレンだった。


「あ……少し難しくて」


彼はアルシアの手元を覗き込むと、軽くため息をついた。


「お前、目を凝らしすぎだ」


「え?」


「ルーペで細かい傷を見つけるのは大事だが、それだけで石の価値を決めるな」


彼はアルシアの持っている石を取り、自分の手のひらに乗せた。


「石はただ覗き込んでるだけじゃ、本質は見えない。ルーペで見るのは情報を集めるためであって、それが全てじゃない」


「……じゃあ、どうすれば?」


「目を凝らすんじゃなくて、全体を見るんだよ」


そう言いながら、彼は石を持ち上げ、窓辺に歩いた。秋の柔らかい光が工房に差し込み、フィオレンの手のひらに載せられた鉱石を包み込む。


「ほら、見ろ」


「あ……」


アルシアは息を呑んだ。


光に透かされた石の中に、かすかな虹色の輝きが走る。さっきルーペで覗いたときには気づかなかった、美しい屈折があった。


「これは?」


「この輝きがある石は、特定の角度で光を当てれば美しく輝く。カット次第では、見違えるほど価値が上がる可能性がある」


アルシアは驚いた。


(ルーペだけでは、見抜けなかった……)


「お前は、まだ細部ばかり見ている。でも、それだけじゃ石の本質はわからない」


フィオレンはそう言って、石をアルシアの手に戻した。


「……本質」


「細かい欠点ばかり探していたら、石の魅力は見落とす。人間も、同じだろ?」


彼の言葉に、アルシアは思わず視線を上げた。


「お前のことを悪く言う奴もいたが……俺は最初から、お前がただの『放置された令嬢』じゃないって知ってた」


フィオレンは軽く笑った。


「お前自身が、どう磨かれるかは、お前次第だ」


〜 〜 〜 〜 〜


授業の後、フィオレンがふと声をかけた。


「今度、俺の家に来いよ」


「え?」


「試験の打ち上げみたいなもんだ。うちの家族で晩餐をやる」


アルシアは一瞬、戸惑った。


「……私なんかが行っていいの?」


「何言ってんだ、お前」


フィオレンは呆れたように笑う。


「お前、今さらそんなこと言うか?もう試験のパートナーなんだから、遠慮するなよ」


アルシアは少しだけ考えた後、小さく微笑んだ。


「……わかった」


「よし、それでいい」


フィオレンは満足そうに頷く。


〜 〜 〜 〜 〜


その夜、アルシアは自室で机に向かいながら、手のひらにそっと石を乗せた。


(本質を見抜く……)


ルーペを覗き込むだけでは、石の本当の輝きはわからない。


それは——人も、同じなのかもしれない。


(私も、私自身の価値を……自分で見つけなくちゃ)


ふと、フィオレンの言葉を思い出す。


「お前がどう磨かれるかは、お前次第だ」


(……フィオレンは、どうしてあんなに私を気にかけてくれるんだろう)


少しずつ、彼の言葉の意味を考えるようになっていた。


そして、気づいてしまった。


彼の視線の中には、ただの哀れみ以上のものがあることを——。


窓の外を見ると、遠くの空にひときわ明るく光る星が瞬いていた。


——まるで、誰かが静かに導いてくれているように。

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