第二章 図書館の約束
授業が始まって数日、アルシアはすでに少し息苦しさを感じていた。
寮での生活も、授業の内容も、何もかもが初めてのことばかりだ。彼女は侯爵家の娘でありながら、家の仕事には関与させてもらえなかったため、宝石学の基礎すら知らない。
授業では、鉱石の成分や結晶構造を学び、加工技術の歴史を辿り、鑑定に必要な器具の使い方を習う。周りの生徒たちは幼い頃から家庭教師に教わっていたのか、すぐに応用に入れるようだが、アルシアはそうはいかない。何一つわからない状態から、手探りの勉強。
(せめて、予習と復習をしないと……)
自然と、彼女は授業のない時間を図書館で過ごすようになった。
静かな場所で、誰の目も気にせず、基礎から学べる。膨大な学習量の割に、アルシアの表情は明るかった。貴族の娘なのにメイドもいない彼女は、最初は嘲られ小声で馬鹿にされたりもしたが、次第に「かわいそうな子」として扱われるようになった。その視線が辛くて、できるだけ人目を避けたかった。
(今日の授業の復習もしないと……)
彼女が本を開いてしばらくすると、近くで椅子を引く音がした。
「お前、ここでよく見るな」
声に顔を上げると、そこにはフィオレンがいた。
「あなたも?」
「たまに来る。調べ物をするには静かだしな」
彼は何気なく隣の席に座ると、アルシアの机の上の本に目をやった。
「成分表か……お前、基礎から全部やってるのか?」
「ええ……基礎も知らないから」
アルシアが苦笑すると、フィオレンは少し考え込むように本をめくった。
「なるほどな……。じゃあ、実践もちゃんとやってるのか?」
「実践?」
「石を見て、触って、確かめることだよ。知識だけ詰め込んでも、実際にやらなきゃ意味がない」
アルシアは黙って左のポケットに触れた。そこには、入学の際に渡された未加工の石がある。
フィオレンはちらりとそれを見て、ふっと笑った。
「磨けば光るって信じてみろよ」
「……信じてみる?」
「そうだ。お前にはまだわからないかもしれないけど、石にはそれぞれの性質と個性がある。もともと光る力を持ってるやつもいれば、磨かれて初めて輝くやつもいる」
アルシアはじっと手の中の石を見つめた。
「……磨いてみようかな」
「じゃあ、手伝ってやるよ」
フィオレンが軽く笑う。
「授業の後、工房に来い。俺は研磨は得意じゃないんだけど、基本知識だけなら教えてやれる」
「本当に……?」
「ああ」
彼女は少し考えて、静かに頷いた。




