第十章 夢見た後で
王国の宮殿。
広間の中心には、先ぶれもそこそこに公国の使者と名乗ってやってきた二人が立っていた。
礼儀知らずと揶揄されても、最悪の場合命を失うことになっても構わないと思った。二人の腰には、家族との絶縁状がさしてある。
フィオレンとアルシアが差し出したものを目にした瞬間、無礼を窘めようと考えていた王は言葉を失った。
「こ……これは……」
彼の隣で、北の塔に幽閉されたはずの側妃が、ギラギラした目で彗星の欠片を見つめ、小さく息を呑んでいる。
「……宝玉。国宝…?いや、違う……こんな輝きを持つものが、この世に存在するはずがない……」
「彗星の欠片を磨き上げました。これが、公国の宝石師の技術です」
フィオレンは静かに告げた。
王国の廷臣たちも、一様に息を呑んでいる。
「これを、献上すると言うのか……?」
「ええ。差し上げます」
アルシアは涼しい声で言った。そして、一呼吸置くと、王を見据えて告げる。
「その代わり、伝説の宝玉をお返しいただきますわ。そして、今後、公国への干渉は——おやめくださいませ。永久に」
王の表情が凍りつく。
側妃が必死に何かを言おうとするが、周囲の廷臣たちが彼女を押さえ込む。
フィオレンはじっと王を見つめた。
「あなた方は、これまで公国を搾取し続けてきた。そして今も、公王の即位を利用しようとしている」
静かな声だった。
「だが、この宝玉があれば、公国はあなた方の干渉なしに、新たな未来を築くことができる」
王は沈黙する。
側妃が抵抗しようとするが、もう誰も彼女の味方はいなかった。
やがて、長い沈黙の末、王は低く唸るように言った。
これほどの宝石師がいる国が、うら若い2人を使者に仕立ててきた。国には更に有能な職人もいるだろう。人材の層を感じる。可能であれば国ごと手に入れたかった…が、ここで敵対することは得策ではない。どうしたらいい、どうしたら…。愚王といわれる王であるが、土壇場で頭を働かせて言葉を紡ぎだすことになんとか成功した。
「……わかった」
広間に、王のしゃがれた声が満ちる。
「この度の騒動の幕引きとして、和平の象徴として彗星の欠片を受け取り、伝説の宝玉は公国に返還する。そして……今後、公国への干渉は、一切行わぬ」
フィオレンとアルシアは、静かに頷いた。
二人が公国に戻ったとき、すべてが変わっていた。
伝説の宝玉は公王のもとへ戻り、王国は公国への干渉を完全に手放した。
フィオレンの家も、罪を着せられることなく、その名誉を保った。勿論絶縁状は、帰国した時点で2通ともフィオレンの家族によってちりぢりに破られ、泣き笑いの中を紙吹雪のように舞うこととなった。
そして、個人で爵位を名乗ることを許された二人は、鑑定爵を名乗ることとした。
「鑑定爵…ね。お前は研磨爵とか加工爵とか、そういうのじゃなくてよかったのか?」
磨く家系のお前が鑑定?という響きを正確に受け取り、答える。
「ええ。あなたが宝石を選び、私が磨いて証明する」
アルシアは微笑んだ。
「二人でひとつよ。おそろい。いいでしょう?」
フィオレンは、しばらく彼女を見つめ、それから、ふっと笑った。
おそろいに喜ぶアルシアにいとしさがこみ上げ、衝動的に抱きしめる。
アルシアの小さな悲鳴が聞こえたが、気にしない。どうせ数秒後には、フィオレンの背中にも細い腕が回ることを、フィオレンは知っているから。
雨上がりの空の下で、小さな青い花が水滴を受けて宝石のように光った。
時は流れ、街区中心部の工房の片隅に、小さな石碑が2つ建てられていた。
周りには色とりどりの花が咲き、誰かがいつも石と花を捧げている。
貴族学校に入学するときに石を収めると、学校生活が有意義なものとなるという言い伝えがあるからだ。
石碑には人物の名前が、彼らを崇敬する子孫によって彫られている。
『鑑定爵フィオレン───宝石の輝きに応えし彗星』
『鑑定爵アルシア───彗星の軌道を定めし宝石』
(完)
ありがとうございました。




