第一章 星を授かる日
10話くらいで完結予定です。
貴族学校の入学式は華やかだった。
貴族の子息たちが整列し、それぞれにふさわしい宝石を手にしている。毎年恒例、宝石ギルドからの入学祝いだ。瑠璃、翡翠、黄玉、紫水晶――精緻に磨かれた宝石たちが、陽の光を受けて輝いていた。エーデルシュタイン公国の貴族にとって、宝石はただの飾りではない。それは家格を示し、誇りであり、そして何より、未来を映す鏡だった。
「では、自治会長より新入生へご挨拶を」
壇上に上がったのは、生徒自治会長であり、次期王太子であるエミール・フォン・エーデルシュタインだった。金髪に蒼い瞳を持つ彼は、公王の長子でありながら、この貴族学校に通い、他の生徒と同じく宝石学を学んでいる。
「新入生諸君、ようこそエーデルシュタイン貴族学校へ」
響き渡る声に、ホールは静寂に包まれた。
「我が国は、宝石と共に歩んできた国だ。我ら貴族は宝石を学び、扱い、見極めることで、公国の礎を支えている。ここでは君たちもまた、その一員として、加工技術を磨き、鑑定眼を養い、時には原石の価値を見抜く力を試されるだろう」
アルシアは静かにその言葉を聞いていた。
——原石の価値を見抜く力。
それは、アルシア・トラクタ・ディヴァリウスには縁遠いものだった。
彼女の家、ディヴァリウス侯爵家は、公国で最も格式高い宝石商の家系だ。代々、宝石の加工・鑑定・流通を担い、国の宝飾文化を支えてきた。だが、アルシア自身は幼少時に「見る目がない」と判断した父により、家業には一切関わらせてもらえなかった。実際、両親の教育は2人の弟にだけ熱心であり、アルシアにはここ1年だけ熱意のない家庭教師があてがわれ、最低限のマナーだけ身に着けた。貴族学校への入学も、ただの体裁を整えるためのもの。
(本当に、ここでやっていけるのかしら……)
王太子の言葉は続く。
「この三年間で、君たちは自身の道を見つけることになる。家業を継ぐ者、宝石ギルドへ進む者、あるいは新たな道を切り拓く者……だが、その第一歩として、本日、君たちにそれぞれの石が授けられた」
そう、貴族学校の新入生には、入学の証として宝石が贈られる。それは星詠みの巫女の助言の下、宝石ギルドの職人が選び、加工したもの——本来ならば。
アルシアの手の中にあるものを除けば、の話だ。
彼女の手のひらに載ったそれは、未完成の宝石だった。
宝石とも呼べない、石。
(これは……どうして?)
周囲から、囁きが漏れる。
「ディヴァリウス家なのに、未加工?」
「見間違いじゃないの?」
「でも、あの子……デビュタントにも出なかったわよね」
アルシアは俯いた。事実だから、何も言い返せない。
そのとき——
「お前の石、面白いな」
不意に低い声がして、アルシアは顔を上げた。
隣に座る黒髪の少年が、じっと彼女の石を見つめている。
「え……?」
「普通、授けられる石は加工済みのものだ。けど、それは違う。まだ未完成ってことは、磨けば光るってことだろ」
アルシアの胸が、かすかに揺れた。
(磨けば……光る……?)
ずっと「見る目がない」と言われてきた。磨くことすら許されなかった。だけど、この石なら——私にも、何かできる?
じっと石を見て考え込むアルシアを、少年はちらりと見て、ふっと笑った。
彼は、フィオレン・エクサルディス・カエレスティス。原石の価値を見極める家系の、跡取りだった。
——星知らぬ鉱石は、夢を見る。
その日、アルシアは初めて、自分の石を見つめた。