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Day3

Day 03 (水) 16:30


 夕方、カフェテリア前を通ると、夕飯前にもかかわらず人でごった返していた。サイリウムを持ったちびっこ集団や、首に真っ赤なタオルをぶら下げた人も散見されて、すぐに31Aのライブだと分かった。いつもなら足を止めないけれど、どうしてだろう、今日は少し後ろ髪を引かれるようだった。聴いていこうかな、いや、聴いたって何にもならないよ。と頭の中が葛藤で揺れる。ドラムのカウントの後、テクニカルなギターの早引きから演奏が始まった。確か、ギターは逢川さんの担当だったような‥‥‥。

 私は半ば吸い込まれるようにカフェテリアに足を踏み入れた。

 階段下のフロア部分は既に大混雑だったので、カウンター席に座ってステージを見下ろす。時に熱く、時にクールに、時に嬉しそうに、時に切なそうに。様々な表情を見せながら音楽を奏でていく。

 彼女たちは全員、ヒト・ナービィ計画の秘密を知っているのに。その上で戦いを辞めることなく、あんなにも瑞々しく、今この瞬間を楽しんでいる。

 だから正直、直視できなかった。

 あの頃から変われないままの自分を真正面から否定されたみたいで、どうしようもなく惨めな気持ちになって、カウンター席で項垂れながら、彼女たちの演奏が終わるのをただただ待った。新しい風が、立ち止まった私を後ろから追い抜き去っていく。31Aだけじゃない。月城さんも、七瀬さんも、いつの間にか変わっていく。辛い過去を乗り越えて前に進んでいるのだ。

 数曲ほど演奏したところでライブは終了になった。

 夕飯時も近い。そろそろ教官用宿舎に戻ろう。そう思っていると、階下から逢川さんが駆け寄ってきた。

「来てくれたんやな。どうやった?」

「すごかったです。流石、ギターの腕前でセラフ部隊に選ばれただけありますね」

「ギター採用ちゃうねん。うちはサイキッカー採用や」

「そうでしたね。あまりに上手だったので間違えました」

 私が褒めると、逢川さんは素直に嬉しそうな表情で後頭部を掻いた。

「それで言うたら、自分は何か特技とかあるんか?」

 特技。かつての私には確かにあった。今はもうすっかり腕が鈍ってしまったけれど。

「私は、ロッククライミングが得意だったんです」

「意外や! ロッククライミングって、崖とか岩壁を素手で登っていくあれやろ?」

「そうです。だから私もかつてはロッカーだったんですよ」

「ロッカーちゃうやろ。ロッククライマーやろ」

 そんな他愛もない話をしていると、31Aのメンバーが「めぐみさん、行きますよ!」と逢川さんに声をかけた。

「ほな。今夜またナービィ広場で待っとるで」

「はい。ありがとうございます」

 逢川さんはギターケースを背負い直して、スカートを靡かせながら仲間の元へ駆けて行った。

 まるで青春の1ページみたいだった。直視できないほどに。



Day 03 (水) 19:00


 今日もナービィ広場に向かう。

 31Aは裏通りの奥のスタジオでいつもバンド練習をしているらしい。あの建物、入口には弓道場と書かれていて、恐らくここが基地になる前、学校として使われていた頃からある建物だと思われる。カフェテリアの横にも『部活棟前』と書かれた標識が立っていたりして、基地内にはちょくちょく学校だった頃の名残が見受けられる。まあこれも、昔先輩から聞いた話なんだけれど。

 ナービィ広場に到着すると、例のごとく木の下で逢川さんが瞑想をしているのが見えた。

 私と待ち合わせするのに、瞑想して待ってるんだ。隙間時間の使い方すごいなと思った。

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

 私も逢川さんに倣って、隣で目を閉じて同じポーズをしてみた。


「せやから瞑想すな!!」

「サイキック目覚めてまうやろ!!」

「自分はロッククライマー!!」

「うちはサイキッカー!!」

「それぞれの得意分野で棲み分けろや!!」


 目を瞑っていると、隣でツッコミの連鎖が始まった。なるほど、昨日は誤射していたけれど、これが本来あるべき姿だったのか。私は瞑想を止めて、ぱちぱちと盛大に拍手を贈った。

「すごい。本物だ。ありがとうございます」

「いや感動すな!!」

「‥‥‥ぷふっ」

 逢川さんのあまりの勢いに、可笑しくなってつい噴き出してしまった。しばらく笑っていなかったから頬が筋肉痛で痛くなった。ヒト・ナービィってこんな所までしっかり再現されるんだと思った。ひとしきり笑った後、私たちは昨日と同じくステージの隅に移動した。今日は私の話を聞いてもらう番である。

「もし聞いていて辛いと感じることがあれば、いつでも止めてください」

「わかった」

「では、」と前置きして、私は話を始めた。


 私の配属された28E部隊はスポーツマンばかりで、みんな明るい性格だった。私はどちらかと言えば内向的な性格なので、部隊のみんなに引っ張ってもらうことが多かったように思う。27Aや28Aほどではないけれど、同世代の中では戦闘力の高い部隊だった。レベル2のキャンサーを討伐したこともあり、積み上げた実績が自信になって、当時の私たちは本気で人類を救えるんだって信じて戦っていた。

 部隊はみんな仲が良かったけれど、私には一際仲のいい親友がいた。その子はフットサルが得意で、その俊敏な動きを後ろから援護するのが好きだった。休日は毎日のように二人で過ごした。アクセサリーが好きな子で、首元のネックレスが目立つように制服を改造して着こなしていた。奥手な私を連れ出してくれる太陽のような人だった。

 最後の日、私たちは連戦による消耗の中、山岳地帯を崖沿いに歩いて基地に戻ろうとしていた。来た道をそのまま引き返すだけで、哨戒済みのため危険も少ない道のはずだった。しかし、ヴェイル型のキャンサーの急襲に遭い、隊員一名が戦闘不可の状況になった。彼女を庇いながら撤退を図るも、後続のキャンサーにも包囲され陣形が崩壊。あんなに強かったはずの私たちは、成す術もなく次々と倒れていった。

 そして私と親友だけが残された。キャンサーに囲まれ、背後には岩壁。生存は絶望的な状況だった。そん中、親友は言った。「私が時間を稼ぐから、古谷ちゃんは壁を登って逃げて」と。確かに私なら壁を登って逃げるなんて造作もないことだった。でも、それは私が助かるだけなのだ。私のセラフは砲型だから、両手が塞がれば援護もできなくなる。急いで壁を登り切れば援護できる可能性もゼロではないけれど、それが到底無理なことも理解していた。それでも親友は、古谷ちゃんが生き残ってくれればそれでいいと、穏やかな表情でそう言ったのである。

「全滅だけは避けないといけない。だから古谷ちゃんは生き残って。そして、私たちを忘れないでね。約束だよ」

 親友は私を岩壁の方に蹴ろ飛ばし、キャンサーの群れに突っ込んでいった。私は必死の思いで岩壁を登った。早く登り切って親友を援護しようと思ったのだ。でも駄目だった。半分くらい登りきったところで後ろを振り返ると、ちょうど親友が絶命する場面だったのだ。

「古谷ちゃん、逃げ―――」

 それが親友の最期の言葉だった。私は無心になって岩壁を登り切り、崖下の惨状を力なくただ見つめていた。司令部に通信を入れて、救護班と増援を依頼した。ほんの数十分前まで、今日の夕飯が何かなんて冗談交じりに話をしていたのに、私以外全員死んでしまった。その事実で目の前が真っ暗になった。でも、地獄はそれだけでは終わらなかった。

 しばらくすると、仲間の死体が脈打ち始めた。肌色のシルエットが黒緑色に変わり、だんだんと小さくなり、最後にはナービィの姿になった。5人ともそうなったのだ。私は最初、なんでこんなことになったのか分からなかった。キャンサーに殺されると人間はナービィになってしまうのか? なんて、真実とは違う考えが頭に浮かんだりもした。でも、とにかく、私はその光景を見て完全に心がおかしくなってしまった。

 それから、どのくらい時間が経っただろうか。救助のヘリから降りてきたのは手塚司令官だった。すぐに合点がいった。理屈は分からないけれど、今目の前で起きたことは軍が秘匿する秘密で、手塚司令官はそれを隠すためにここに来たんだって。震える私を司令官は抱きしめてくれた。安心と不安が頭の中でないまぜになりながら、私は眠るように気を失い、次に目を覚ましたのは基地の病院のベッドだった。それが私たち28Eの、ごくありふれた物語である。

 私には大きな後悔が残った。最初の一人が急襲を受けた際、私はミスをしたのだ。いち早くキャンサーに気付いた私は、仲間に攻撃されるよりも先に、キャンサーに対して砲撃を行った。しかし、あまりに急だったため標準が狂い、キャンサーに命中させることができなかったのだ。あの時、私が砲撃を外していなければ、全員助かっていたかもしれない。私のミスで私以外全員死んだと言っても過言ではなかった。

 私は精神に異常を来して三ヶ月以上も入院し続けた。司令官や七瀬さん、それから当時、秘密を知っていた27世代の先輩が定期的にお見舞いに来てくれた。特に先輩にはすごくお世話になった。夜、何度も飛び起きて暴れてしまう私を見かねて、しばらく一緒に病室に泊まってくれたこともあった。その先輩も、もういないけれど。

 退院した私はセラフが出せなくなっていた。恐らく精神的なストレスによるものと判断された。

 樋口さんに診てもらっても改善せず、手塚司令官から士官への転属を勧められ、私はそれを承諾した。本当は除隊を選びたかったけれど、その場合は再教育を行うことになると言われて断念し、今に至る。


 私が話し終えると、逢川さんは長い沈黙の後、先程とは打って変わった神妙な面持ちで話し始めた。

「うちもな、除隊しようと思った一番の理由は、仲間を危険に晒してもうたからやねん。FlatHandを止めるのがうちの仕事やったのに、失敗して途中で気ぃ失ってしもうて。たまたま誰も死なんかったけど、十分危険な状況やった。気絶から目覚めた時な、ほんまに血の気が引いたんや」

「逢川さんはご立派でした。あんな大役、他の人にはできませんでしたよ」

「結果的にはそうやけど、運が良かっただけや。セラフ部隊が全滅してもおかしない状況やった。今でも思い返すと胸のあたりが冷たくなるねん。もしあの時死人が出てたとしたら、うちはあのまま帰って来れんかったと思う」

「‥‥‥‥‥‥」

「せやから、自分のこと立派やと思う。うちやったらむしろ、記憶操作して全部忘れさしてもらうよう司令官に頼んで、除隊して、気ままに過ごしてたかもしれへん。その方が楽やから。自分みたいにはできんかったと思う」

 逢川さんの言葉が優しい。先輩の言葉を思い出して、年甲斐もなく泣きそうになっている自分が恥ずかしい。

「逢川さん。お心遣いいただき、ありがとうございます」

「そない気ぃ使わんでええで。うちらもう仲間同士やないか」

「‥‥‥仲間、ですか?」

「せや。同じ秘密を分かち合って、一緒に戦う仲間や」

 そう言って、逢川さんは左手を差し出した。それは握手の合図だった。

 ああ、眩しいな。直視できないほどに。戦えなくなった私のことを、逢川さんはそれでも仲間と呼んでくれるのか。

 私はその手を握り返そうとして、直前で何度も躊躇してしまう。逢川さんは「どないしたんや?」と不思議そうに私を見つめていた。逢川さんには申し訳ないけれど、私にはこの手を握り返す勇気がなかった。握り返したらどんなに気分がいいだろう。それでも駄目なんだ。私には無理なんだ。自分のふがいなさに、どうしようもないほど心が痛くなる。もう二度とあんな思いはしたくない。

 しばらくの葛藤の後、私はその場で目を瞑りながら天を仰いだ。

「‥‥‥‥‥‥」


「瞑想すな!!」

「サイキック目覚めてまうやろ!!」

「なんでこのタイミングで瞑想すんねん!!」

「うちを差し置いて隣で瞑想すな!!」


「ふ、あはは」

 逢川さんのツッコミが心地いい。

 この手を取ることができたらどんなに楽しいだろう。

 これからもこうやって笑い合えたら、もしかしたら私も少しは変われるのかも知れない。

 それでも私は、孤独の道を選びたい。

 私は目を開けて、逢川さんに深々とお辞儀をした。

「ごめんなさい。私、怖いんです。あなたと仲良くなることが。あなたが大切な存在になってしまうことが。あなたが死んだらどうしようって思いながら生きることが」

「せやったらしゃーないけど、既にまぁまぁ仲良うなってもうとるやろ」

「そうかも知れませんね。だから、これ以上は、すみません!! 無理なんです!!」

 私は逢川さんを尻目に、全速力でナービィ広場を飛び出して教官用宿舎にとんぼ帰りした。


          ◇


 危ない所だった。

 危うく仲良くなってしまうところだった。


 思い出せ。

 私の仲間たちも、良くしてくれた先輩も、みんな死んでしまったじゃないか。

 あんな悲しみはもう味わいたくない。

 出会ってしまった以上は、出会わなければ良かったなんて言えない。

 けれど、新し出会いから逃げることはできるはずだ。

 私はもう誰とも打ち解けたくない。

 孤独の中で、思い出だけを頼りにいつまでも生き続けたい。

 こんな私をかつての、仲間たちは笑うのだろうか?

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