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Day1

Day 01 (月) 12:30


「手塚司令官。差し支えなければ、相席させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「あら、古谷さん。もちろん構わないけれど、カフェテリアに来るなんて珍しいわね」

 私が声をかけると、手塚司令官は少し驚いた様子だった。いつもお昼は教官用宿舎の休憩室で済ませてしまうので、カフェテリアに来るのは久しぶりだった。

「ありがとうございます」

 とお礼を述べて、少し緊張しながら円卓の対面に座らせてもらう。この時間のカフェテリアはセラフ部隊の休憩時間と重なって非常に賑わっていた。私はいつも早番休憩が多いけれど、今日は司令官のいる時間を狙って遅番の士官と代わってもらったのだった。

 司令官は秋限定・サンマの塩焼き定食を頼んでいた。頭・背骨・尾が標本のように残ったまま、嘘みたいに綺麗に食べ進められており、育ちの良さが伺えた。

「サンマの塩焼き定食、美味しそうですね」

「ええ。とても美味しいわよ」

「私も頼もうか迷ったんです。結局サイコロステーキ定食にしてしまいましたが‥‥‥。よろしければ、ステーキを一欠片いかがですか?」

「そんなに気を遣わなくても大丈夫よ。それに私、お肉は食べないようにしているの」

 そうだったんだ。今まで一緒に食事したことなんて無いから、知らなかった。何かお肉を口にできない事情でもあるのだろうか。理由を尋ねようか少し迷ったけれど、変に暗い話になってもいけないなと思い、言い留まることにした。もう3年半近くも同じ基地にいるのに、私は手塚司令官のことを全然知らないままだった。でも、それでいいのかも知れない。こんな世の中だ、必要以上に仲良くなっても辛いだけである。

「近頃、あまり話せていなかったわね。元気にしているかしら」

「元気にはしていませんが、平気にはしています。相変わらずです」

「そう。また少しでも辛いと感じることがあったらいつでも声をかけてね。いつでも休暇を設けるわ」

「ありがとうございます。でも今は、働いている方が楽ですから」

「‥‥‥それもそうかもしれないわね。さて、」

 司令官はいつの間にか食事を食べ終えていた。箸を置いて、試すように私の目を見る。

「私はそろそろ指令室に戻るけれど、要件があるなら聞くわよ」

 流石は司令官、私の考えなんてお見通しだった。まあ、要件でもなければ、私が司令官と食事することなんて有り得ないし、最初からバレバレだったとも言える。

 私は周囲に目配せし、口元に手を添え、カフェテリアの喧騒に溶けるくらいの声量で、司令官に要件を伝えた。

「逢川隊員の件について教えて頂きたいんです。できればどこか、虫のいない所で」


          ◇


 第31A部隊所属、逢川めぐみ隊員。

 ヒト・ナービィ計画の秘密を知り、一度セラフ部隊を辞め、民間人になったにも関わらず、再びこの基地に戻ってきた。セラフ部隊の長い歴史においても恐らく前例のない、異質な存在である。

 彼女の除隊の日、私はヘリポートで彼女を見送った。

 逢川さんとはその日初めて喋ったけれど、精神的にかなり憔悴して、自信を喪失している様子だった。無理もない。あんな秘密を知ってしまったのだから。むしろ彼女以外の31A部隊のメンバーや、月城さんの方が異質だとも思う。

 私だってそうだった。

 仲間が目の前で全滅し、次々にナービィに変わる様子を見て、完全に心が折れてしまった。

 生きる意味も、自己の認識も曖昧になって、ふらふらと宙に浮いたような気持でずっと過ごしてきた。正直、未だにそんな感じである。だから逢川さんは悪くない。むしろ逢川さんが普通だ。こんなところ辞めて当然だ。彼女を必死に止めようとする茅森部隊長や國見隊員を横目に見ながら、私はそんなことを考えていたのである。

 だから。

 逢川さんが戻ってきたと聞いて、衝撃を受けた。

 あり得ない。どうして? 素直にそう思ったのである。 




Day 01 (月) 20:30


 指定された通り、アリーナ前に赴くと、入口横のベンチに司令官が一人、昼白色の電灯に照らされて座っていた。

 深夜のアリーナ付近は人通りが少なく、内緒話をするのにはうってつけである。士官になる前は、よくここで司令官と二人で話したな、と少し懐かしい気持ちになった。傍から見れば開けた場所のため、何かを話していても”いかにも”と周囲に思わせない点も、この場所のいいところだ。

「温かいココアを買ってきました。近頃、夜は少し肌寒いですから」

「あら、ありがとう。遠慮なくいただくわ」

 よく振ってお飲みください、と缶に書かれていたので、二人分を両手で振ってから片方を司令官に渡した。プルタブを引くと子気味良い音が鳴って、アリーナの壁にも微かに反響して、秋の乾いた空気を揺らしていった。少し遅れて司令官も缶を開ける。それを見て、この人もプルタブをプッシュっとする瞬間に気持ちよさを感じたりするのだろうか、なんて他愛ないことを思った。ココアをぐびっと飲み干すと体の内側までしっかりと温かくなり、ナービィのコピー能力の精度の高さを感じさせられて凄く嫌な気持ちになった。

「すみません。突然のご相談なのに、早速お時間を頂いてしまって」

「いいのよ。昼間にも言ったけれど、最近あまり話せていなかったでしょう。だから私も嬉しいわ」

 嬉しい、と来たか。なんだかよくわからない。少なくとも今まで、私と司令官の間に楽しい話なんて一度もなかったはずだ。だから司令官が何を嬉しく思っているのか、私にはよく分からなかった。

「早速本題なのですが。逢川めぐみ隊員について、色々とお聞きしたいんです」

「‥‥‥そうね。あなたには、見送りをお願いした縁もあることだし、できる限り答えるわ」

「ありがとうございます。まず、私が彼女について知っている情報をお話します。先般のオペレーション・ベガにて、逢川隊員を含む31A総員と30Gの月城隊員が、同じく30G所属の蔵隊員の死亡を現認し、ヒト・ナービィ計画の秘密を知ってしまった。秘密を知った隊員たちは、各々思い悩むところはあったものの、逢川隊員を除く全員が戦いに戻る決意をした。逢川隊員も周囲に励まされながら戦いを続けたが、オペレーション・アルゴルでの失敗を苦に、セラフ部隊を辞めることを決意した。ほとんどは手塚司令官から教えていただいた情報ですが、ここまで、概ね合っているでしょうか」

「ええ。概ね合っているわ」

「ありがとうございます。そして逢川隊員の除隊の日、私は彼女を見送りました。事前にご忠告を頂いた通り、ヘリに乗る直前で茅森部隊長と國見隊員が駆け付け、セラフ部隊に戻るよう彼女を説得しました。ですが逢川隊員の決意は固いようでした。彼女は結局、そのまま軍の教育施設に向かい、しばらくの『教育期間』を経て習志野ドームの住人になった」

「そうね」

「まず、この時点で疑問があるんです。通常、ヒト・ナービィ計画の秘密を知った隊員を、記憶操作も無しに民間人に戻すなんてあり得ない。過去の文献を読みましたが、前例のないことのはずです。彼女を、全ての記憶を保持したまま民間人に戻したのは、手塚司令官のご判断でしょうか?」

「ええ。私の独断で、例外として記憶操作をせずに除隊させたの」

 例外、ときたか。司令官と逢川隊員の間にどんな関係があったのかは知らないけれど、それは例外になれなかった人間にとっては辛い答えだから、なんだかやるせない気持ちである。

「私が除隊を希望した時には、記憶を消すと脅したのに、なぜ逢川隊員には特例を出したのですか」

「別に脅したつもりはないわ。通常、ヒト・ナービィ計画の秘密を知ってしまったセラフ部隊員は、軍規により三ヶ月の検査期間に戻して再教育を行うことになっている。全ての記憶を保持したまま除隊なんてもっての外ね。だからあなたにはこう伝えたわ。『この基地で士官として働き続ける限りは、記憶操作は行わない』とね。そういう意味では、あなただって例外なのよ」

「であれば、逢川さんは、例外中の例外ということになりますよね」

「そうね」

「それは、逢川隊員は戻ってくると思っていたから例外扱いにして、私は一度辞めたら戻ってこないだろうと思っていたから例外じゃなかった。そういうことですか?」

 司令官は少し目を閉じて考え込んだ後、

「‥‥‥否定はできないわね。けれど、仮に逢川さんが戻って来なかったとしても、私が司令官の間は生活のサポートをし続けるつもりだったの。そう言った意味では、私の個人的な思い入れによる暴走、と解釈されても仕方のない行為ね。あなたを差し置いて例外の例外を作ったことについては申し訳なく思っているわ」

 澄ました顔でそう答えた。

 個人的な思い入れによる暴走。そんなこと言われたら、なんて文句言えば分からない。けど、結果的には司令官の判断は正しかったのだ。逢川さんは無事戻り、現状の最高戦力である31A部隊は維持された。私が逢川さんの立場だったらきっと戻って来なかっただろう。だから司令官の暴走の勝利なのだ。

 しばらくの沈黙のあと、もういいかしら、と司令官は席を立った。

「ま、待ってください」

 私は力なく司令官の手首を掴んだ。

「あら。まだ話があるの?」

「はい。司令官は、どうして私を逢川隊員の見送り役に選んだのでしょうか。この手の対応はいつも七瀬さんに任せていたはずです。それなのに、逢川さんの見送りだけ、どうして私なんかに任せて頂いたのでしょうか」

 それは私が一番訊きたかったことだった。

 あの日、あの場所で起きたことは、否応なしに見る人の胸を抉るものだった。司令官が一番信頼を置いている七瀬さんに任せるべきで、私なんかには私なんかには荷が重い仕事だったと思う。実際、月城さんの入院中のケアはほとんど七瀬さんが担当していたのに、どうして私だったんだろう。

「そうね。理由なら二つあるわ。まず一つ目は、七瀬を選ばなかった理由よ。あなたの報告にもあった通り、逢川さんに駆け寄ろうとした國見さんを、あなたは引き留めてくれた。もしもあの場にいたのが七瀬だったら、きっと國見さんを引き留められなかったと思う。今の七瀬には、31Aの隊員に対して中立的な判断ができない可能性が高いと危惧していたの。だから七瀬には外れてもらった」

 意外な答えだった。あの七瀬さんが、そんな理由で重役を外されるなんて。

「果たして、そうでしょうか。冷静沈着な七瀬さんなら、問題なく全う出来たように思いますが」

「かつての七瀬ならそうでしょうね。けれど、彼女も変わりつつあるわ。それは概ね良い意味での変化だけれど、だからこそ、七瀬には任せられなかったの」

 ‥‥‥。つくづく意外である。七瀬さんは変わりつつある。もしかすると、司令官自身も、或るいはそうなのかも知れない。

「二つ目は、七瀬以外の『秘密を知る士官』の中からあなたを選んだ理由。これは私の勝手な気持ちだけれど、逢川さんの姿にかつてのあなたの姿が重なって見えたのよ。だからあなたに見届けて欲しかった。こんな言い方をすると気を悪くするかもしれないけれど、少しでもあなたにとって刺激になればいいと思ったのよ」

 司令官は天を仰ぎながら、優しくも厳しくも見える表情でそう語った。

「それから、あまり自分を卑下せずにいてほしいわ。秘密を知る同志として、私はあなたを信頼しているのよ」

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