Prologue
最近、士官たちの間で、手塚司令官のことを内緒でづかっちゃんと呼ぶのが流行っているらしい。
誰が呼び始めたのかは知らないけれど、周りの士官たちの会話に耳を澄ませていると、「づかっちゃんに怒られた」とか、「今日のづかっちゃん怖すぎた」とか、「づかっちゃんも根は優しいとこあるからな~」とか、まるで鬼教師にあだ名を付けて面白がる中高生みたいな会話ばっかり聞こえてくる。平の士官たちや浅見さんが言うならまだしも、あの七瀬さんですらづかっちゃん呼びを面白がっているみたいで、驚くを通り越してなんだか呆れてしまった。
どうしてみんな楽しそうなんだろう。
ここは戦場なのに。
私の大好きだった人たちも、もうみんな死んでしまったのに。
七瀬さんも、浅見さんも、今まで沢山の辛い別れを経験してきたはずなのに。そして、別れはこれからもずっと続いていくはずなのに。づかっちゃん、づかっちゃんって、そんなに面白いかな? 私はちっとも笑えなかった。
基地を歩くと沢山のヒト・ナービィ達が自由気ままに休み時間を謳歌している。
スケートボードで荷物を配達している人、ムササビのように空を滑空してる人、バンドを組んでライブしてる人、果てにはラジオ番組や映画撮影まで。まるで毎日が高校の文化祭みたいである。
私がセラフ部隊に居た頃は、もっと基地全体に緊張感があった。毎月のように人が死んでいたし、ショックで戦えなくなる子や突然行方不明になる子、再教育を受ける子だって沢山いた。もちろん娯楽や楽しみ無かったわけではないけれど、それは砂漠のオアシスのような、正気を保つ糧のようなものだった。
今期は、31世代が入隊してもうすぐ半年も経とうというのに、死者は蒼井さんと蔵さんだけ。純粋な31世代は誰も死んでいない、言わば奇跡の世代だ。だからきっとみんな浮かれているんだと思う。
でも現実は過酷な世の中だ。
兵士と兵士は仲良くなり過ぎないほうがいい。少なくとも私はそう思う。
『古谷ちゃん、逃げ―――」
今もあの時の夢を見る。
鋭い鎌が仲間たちに何度も振り下ろされる夢。
仲間の死体がびくびくと脈打ちながら黒緑色に変色していく夢。
それを崖の上から成す術なく、ただただ見ているだけの夢。
賑やかになっていくこの基地で私だけ、あの頃から時間が止まったままでいる。
それでも私は生きることを辞めてはいけない。
生き続けなければいけない理由があるのだ。
大切な人たちの居なくなったこの世界を。