表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/12

第4話 草原の大陸ノークノーカ ランツドーエ国 港町ヌイラート  テリージード=アーヴィン(17)の物語

 俺は、正直頭が悪い。


 要領も悪いし、愛想も悪い。


 ま、顔が悪いとまでは言わないけど。


 でも、力にだけは自信がある。


 この町にはでっかい武道場があって、俺は3歳ん時から其処に通ってんだ。


 だからほら、この通り筋肉ムキムキのいい体してんだろ。


 喧嘩で負けた事なんか、一度だってありゃしねぇ。


 近所じゃ年下や同い年からは勿論、年上の連中にまで恐れられるちょっとしたガキ大将的存在だったんだ。


 しかし、これがまたそう言う存在は俺だけじゃなかったんだなぁ。


 もう1人、俺にとっては憎きライバルとも言える野郎がいるんだ。


 親友とも言う、かな。


 ソルディノ=フォワードって言って、俺と同い年の男なんだけど。


 初めて出会ったのは、俺とソルディノが3歳の時。


 偶然にも、同じ日から同じ道場に通い始めたんだ。


 まだ3歳のくせに、もう初日からお互いライバル意識燃やしまくりでさ。


 まあそう言う気持ちを持っていたお陰で、お互いが向上出来たからいいんだけどな。


 毎年水の大陸サートサーチで行われている全国武道大会でも、必ず俺かソルディノが優勝していた。


 大会は年齢別に行われ、俺達が初めて出場したのは6歳の部だった。


 俺とソルディノは決勝戦まで残り、俺を破ってソルディノが優勝した。


 俺はリベンジをかけて練習に力を入れ、翌年の7歳の部ではソルディノを破って見事優勝を勝ち取った。


 8歳の部ではソルディノが、9歳の部では俺が、10歳の部ではソルディノが、11歳の部では俺が、12歳の部ではソルディノが、13歳の部では俺が、14歳の部ではソルディノが、15歳の部では俺が…。


 とまあ、こんなんの繰り返し。


 交互に優勝を譲ってる俺達ではあったが、決してわざと譲ってる訳ではない。


 自分が勝った年には『来年も勝って、俺が先に2年連続優勝を果たしてやる!』って、必ず思うんだよ。


 でも…何故か、俺が優勝した翌年にはソルディノが、ソルディノが優勝した翌年には俺が必ず優勝しちまう。


 不思議だろうけど、これが事実。


 それから、えーと…。


 これはあんま話したくないんだけど、避けて通れないから話す。


 問題の起こった、あの年の事について。






 あれは、俺達が16歳の時。


 あの年は確か6歳の初出場の時から数えて、大会で優勝した回数がお互い5対5の引き分けだった。


 それで『今年こそ、俺が連続優勝だ!』って、いつも通り2人で練習に燃えていたのだが。


「おい、ソール」


 大会を、明日に控えた夜。


 俺は道場の更衣室で、ソルディノに声を掛けた。


 師範に頼んで特別夜中に道場を開けてもらっていたので、此処には俺とソルディノしかいない。


「何だ…」


 黙って体の汗を拭いていたソルディノが、静かに顔を上げる。


 俺は、ニヤけながら言った。


「あれあれぇ、どうした?やけに、大人しいじゃん…まさか、今更この俺にビビってんじゃねえだろうなぁ?」


「アホかっ!」


 ソルディノは、汗を拭いたタオルを俺の顔に投げて来やがった。


「プハッ…きっ、汚ねぇなぁーっ!何すんだよっ!」


「俺が、お前にビビる訳ねぇだろっ!最初に連続優勝するのは、この俺だからなっ!」


「っんだとっ!」


 俺はソルディノに飛び掛かり、床に仰向けになったソルディノの上に乗っかった。


「どうだ、反抗してみろ!」


 俺はソルディノの両腕を広げて床に押さえつけ、ジッとソルディノを見つめた。


 いつもならソルディノはもがいて俺の束縛から逃げ出し、逆に俺をねじ伏せようとするのだが。


「好きにしろよ…」


 そう言って、ソルディノは仰向けに押さえつけられたまま、ふっと顔を背けた。


「え…ど、どうしたんだよ。何か、あったのか?」


 俺がそのままの状態で訊くと、ソルディノは俺の顔を見上げた。


「俺さ…スカウト、されたんだ」


「え…」


「プロで、やってみないかって…」


 俺は、正直驚いた。


 ソルディノが、プロになるなんて。


「ま、待てよ。だって俺達、まだ16なん…」


「其処の事務所は、12歳から選手を募ってるらしい。ほら俺、この前1週間ほど道場を休んだだろ?あの時、事務所がある氷の大陸イーザイーゾへ行ってたんだ。詳しい話をしたいって、向こうの人が言うもんだからさ」


 ソルディノは、本気だろうか。


 プロになったら、きっと俺とこんなとこで遊んでる場合じゃなくなる。


 習い事の延長みたいなこの大会に出て、俺と優勝を争うのとはレベルが違って来てしまう。


 何だか、ソルディノが遠い所へ行ってしまうような気がした。


「お前…行くのか?」


 俺が訊くと、ソルディノは笑って言った。


「ま、まだ、決めてないんだ…あ、そうだ。明日の大会で、お前に勝ったら行こっかなぁ?」


 俺は、絶対に勝とうと思った。


 正直、ちょっとだけ嫉妬したんだ。


 コイツがプロになれて、どうして俺がなれないんだ!


 そう言う意味で、行かせたくないと言う気持ちが少しだけあった事は確かだった。


 でも、認めたくねぇけど…ソルディノと離れたくない、ってのが大半かも。


「俺は、容赦しないぞ!」


 俺が意気込むと、ソルディノは口を尖らせた。


「言っとくけど、毎年の順番で言ったら今年の優勝は俺なんだぞ。去年は、お前が優勝したんだからな」


「だったら、俺がそのジンクスを塗り替えてやる。最初に連続優勝するのは、この俺だ!」


「ふざけんな!俺に、決まってんだろうがっ!」


 俺達は睨み合い、同時に吹き出した。


「つーかテリー、いい加減降りろよ」


「え?」


「お前、筋肉の塊だからすっげぇ重い。これ以上上にいられると腰、イカれそう…」


「…あ」


 俺、ソルディノの腕押さえつけたまま、ずっと上に乗っかってたんだった。


「わ、悪い…ハハハ!」


「明日本番なのに、お前に乗っかられてたせいで腰痛めましたなんて…言えねぇだろーが。師範に、ぶっ飛ばされちまう。格闘家ともあろう者が、体調管理がなっとらん!ってな…」


 俺はソルディノから降りて、体を起こしてやった。


「でも…」


 ソルディノは、途端に真顔になった。


「あ、あのさ、テリー…」


「何だよ」


「た、多分、俺がプロになったら…お前には、その、2度と、会えなくなると、思うんだ」


「はぁーっ?!」


 俺は、思わず怒鳴った。


「なっ、何でだよっ!別に関係ねぇだろ、そんなのっ!お前は俺に気兼ねしてんだろうが、俺はお前に2度と会えなくなるなんて…そんなの、我慢出来ねぇよ!」


「テリー……」


 ソルディノが、俺を見つめる。


「いいかっ!俺はお前に会いたくなったら、勝手に会いに行……」


「来るなっ!」


 今度は、ソルディノが怒鳴った。


「俺がプロになったら、絶対氷の大陸へは来るなっ!」


 ど、どうしたってんだよ…。


 ソルディノは、真剣な眼差しで俺を見つめている。


「ソ、ソール…?」


「もし、お前もプロになりたいと言うのなら…此処で、プロになれ。わざわざ、他の大陸になんて行く事ない。お前は、この草原の大陸ノークノーカでプロを目指せ。それでいいじゃないか、な?」


 ソルディノは、何かを俺に無理矢理納得させようとしていた。


「で、でも…」


「と、とにかくさ、げ、元気で…くれぐれも、元気で、やれよ、な」


 ソルディノは、笑顔でそう言った。


 でも…目は、笑っていなかった。


 ソルディノの目は、恐怖に怯えていたんだ。


 あの目は、今も忘れる事が出来ない。


 俺はソルディノの身に何が起こっていたのか、この時はまだ知る由もなかった。






 翌日。


「えーと…来てないのは、ソルディノだけか?」


 師範は、名簿を手にしながらそう言った。


 ソルディノは、約束の集合時間に来なかった。


 毎年大会に出場する道場の門下生達は、此処港町ヌイラートの港に集合する事になっている。


 全員が集まり次第、港の地下通路を通って海底列車に乗り、会場である水の大陸サートサーチへ向かうと言うルートだ。


「おい、テリージード!お前、ソルディノから何か聞いてないか?」


 師範は、俺にそう訊いた。


 しかし、俺は何も聞いていない。


 昨日だってあれだけ自分が優勝したがってたんだ、来ない訳はないだろう。


「俺は、何も聞いてませんけど…あ、寝坊ですかねぇ?」


「ソルディノは、毎年出場してるだろう?今まで、一度だって寝坊なんかした事ないぞ」


「そ、そうですよねぇ…」


 俺は、ハハハと笑って頭をかいた。


 師範は、腕を組みながら呟いている。


「昨日最後に練習したいと言って、お前と2人で道場を借り切ってたくらいだから、まさか今日を忘れてるなんて事は、絶対にありえないだろうし…やはり、寝坊なのかなぁ」


「先生、もう列車が来ちゃいますよ!」


 門下生の1人が、時計を見ながら言う。


 他の門下生達も、徐々にざわつき始めた。


「分かった分かった!ちょっと静かにしろ!」


 師範は、皆を静めながら言った。


「ソルディノには、私が連絡する。時間もないので、取り敢えず皆は先に海底列車のホームに向かいなさい」


『はーい!』


 門下生達は揃って返事をすると、一斉に地下通路を下りて行った。


 ソルディノの奴、一体どうしたってんだ?


 妙に、気になった。


 昨日のあの態度と言い、何だか嫌な予感がする。


 俺は、師範が公衆電話に向かって歩いて行く後ろ姿を、黙ってずっと見つめていた。


「テリー、行こうぜ」


「お、おう」


 周りの連中が急かすので、仕方なく俺も地下通路を下りた。


 切符を買い、プラットホームへ向かう。


 師範は、まだ来ない。


「なあ、知ってるか?」


 列車を待ちながら、門下生達が話しているのが聞こえて来る。


「ソルディノの奴、プロにスカウトされてたんだぜ」


「マジで?いいなぁーっ!」


「俺、見たんだ。何か、知らない眼鏡掛けた背の高い男の人に呼び出されてさ、道場の裏で結構長い時間喋ってたぜ。そん時、たまたまプロにならないかって誘ってる会話が聞こえて来ちゃったんだよね」


 俺は、すぐさまそいつの胸倉を掴んで言った。


「ソ、ソールはその時、何て言ってたんだっ!」


「ゲ、ゲホッ!おい、よ、よしてくれよ、チャンピオン。苦しい、だろ…っ…ゴホゴホ…っ」


「わ、悪い…」


 慌てて手を離した俺は、もう一度訊いた。


「で、ソールは何て?」


「速攻、OKしてたよ。でも、誰にも内緒で来てくれって…両親にさえも、話すのは控えて欲しいみたいな事、言われてたぜ。なーんか怪しかったんだよなぁ、あの眼鏡の男」


「ああ、そう言うの知ってる。プロとして契約するのに、まずは初期費用として何モールも払ってくれとか言われて、かなりボッたくられるんだろ?よくある、詐欺の手口だよ」


 別の門下生は、そう言って腕を組んだ。


 つまり…ソルディノは騙されてた、って事なのだろうか。


「待たせたな。全員、いるか?」


 師範が、戻って来た。


「師範!」


 俺が駆け寄ると、師範は首を横に振った。


「駄目だ…電話しても、誰も出ない」


 一体、どうしたってんだ?


 やはり、さっきの話は本当なのか。


 やがてベルが鳴り、列車がプラットホームに入って来る。


「よーし、列車に乗り込め!」


 師範の合図で、全員が列車に乗り込む。


 俺は、階段の方をジッと見つめた。


「テリージード…行くぞ」


 師範は、静かに俺の肩に手を置いた。


 俺は仕方なく頷き、師範と共に列車に乗り込んだ。


 そして…水の大陸に着くまでの間、俺はずっとソルディノの事ばかり考えていた。


 ソルディノ、ソルディノ、ソルディノ、ソルディノ…。


 この俺にも言えないなんて、よっぽどの事があったに違いない。


 今日の16歳の部の第一試合は、ソルディノだった。


 このままでは、相手の不戦勝になってしまう。






 あっと言う間に時間は過ぎ、試合は始まってしまった。


「ソルディノ=フォワード選手、試合放棄とみなします」


 無情にもアナウンスが流れ、呆気なく相手の勝利となってしまった。


 あんなに、優勝を望んでいたのに。


 俺は、悔しくてたまらなかった。


「テ、テリージード…」


 その時、師範が目を真っ赤にしてこちらに来た。


「どっ、どうしたんですか?」


 師範は言った。


「ソルディノが…亡くなっ、た」


 俺は、頭が真っ白になった。


 師範は今、何て言ったんだ?


「よ、ようやく、電話が繋がってね、ソルディノはどうやら、昨日の夜行列車で、氷の大陸へ行ったようなんだ。其処で今朝早く、何者かに殺されたらしい。い、遺体に、大きな爪の痕が…残って、いた、そうだ」


 師範はそう言って、目を潤ませながら口を押さえた。


 お、大きな爪の痕って…何なんだよ、それ。


「師範…俺、帰ります」


 俺がそう言うと、師範は目を丸くした。


「帰るって…お前、試合は…」


「試合なんて、出てる場合じゃないでしょう!」


 俺が怒鳴ると、師範は涙を堪えるように言った。


「そ、そう…だな。他の門下生は、ともかく、お前だけは帰った方が、いい…な、何せ、3歳の時から13年もの付き合いなんだもんな。お前にとって、今は試合なんかより、ソルディノの方がずっと…ずっと、大事だ!」


 俺は涙ぐむ師範に一礼すると、走って会場を出た。


 ソルディノ、ソルディノ、ソルディノ、ソルディノっ!


 何故、俺に言ってくれなかったんだ。


 ん…待てよ。


 俺は、ふとソルディノの昨日の態度を思い出した。


 もしかして、言って…くれていた、のか?




『来るなっ!俺がプロになったら、絶対氷の大陸へは来るなっ!』




 ソルディノは、既に自分の身の危険を感じていたのかもしれない。


 そして、俺を巻き込まないようにわざとあんな事を…。


 どうして気付かなかったんだ、俺はっ!


 でも…何故、こんな事に?!


 プロの武闘家になるって話と、何か関係があるのだろうか。





「母さんっ!」


 帰ってすぐ、ソルディノの家の前に集まっていた母さん達を見つけた。


「テ、テリー…テリーじゃないか!アンタ、試合は?」


「んなもん、やってる場合かよっ!大体…ソールの出てない試合なんて、俺に取っちゃあ何の意味も持たねぇんだよっ!」


「そ、そう…そうよね…っ」


 町の人達が協力して、近所の教会で葬儀の準備を行っている。


 遺体は、明日届くらしい。


「テリー、ちょっと…」


 母さんは俺を呼ぶと、人のいないソルディノの家の庭の隅まで歩いて行った。


「アンタ、ソルディノが殺されたってのは…聞いたかい?」


 俺が黙って頷くと、母さんは小声で言った。


「どうやら、相当タチの悪いのに殺られたらしいんだよ。ほら、あの事件の…」


 あの事件…それは、あまりにも有名な事件だった。


 でも、そいつに何故ソルディノが…?


 俺はその時、心に決めた。





 それから、1年後。


 俺は、ついに旅に出た。


 勿論、ソルディノの仇を討つ為に。


 待ってろよ、ソルディノ。


 奴は必ず、このテリージード様が仕留めてみせる…必ずな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ